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特集

【インタビュー】『他人屋のゆうれい』発売記念 王谷 晶インタビュー【お化け友の会通信 from 怪と幽】

ハードボイルドでバイオレンス満載の『ババヤガの夜』をはじめ、女性同士の恋や友情をさまざまなかたちで描いてきた王谷晶さん。新作の『他人屋のゆうれい』は、これまでといっぷう変わった、ミステリー仕立ての幽霊譚だ。しかも「他人屋」ってなに? 
新境地にたどりついたその想いをうかがった。

取材・文:立花もも 写真:下林彩子

「ダ・ヴィンチ」2025年4月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載

『他人屋のゆうれい』発売記念インタビュー



 無口で変わり者、親戚中から厄介者扱いされていた伯父が急死して、片付けを押しつけられた派遣社員の大夢ひろむ 。なりゆきで、部屋だけでなく、「他人屋たにんや 」という謎の仕事と、長い髪の幽霊という不本意な同居人まで引き継ぐことになる――。
「他人屋の設定も幽霊という存在も後から思いついたもので、最初はただマイノリティにとっての〈生活〉を描きたいと思ったんです。文学やマンガを含めて、日本のさまざまな業界でマイノリティを扱う作品が増えてきたのは喜ばしいことだけど、当事者から見ればそんなに主張して生活してねえぞと思う部分もありまして。もちろん、そういう流れが生まれてバックラッシュも起きている過渡期である今、あえて強めに打ちだしたほうがいい場合もあると理解はしています。けれど、例えば朝起きたときから『おはようございます、私はレズビアンです』と思いながら一日を過ごしているわけじゃない。むしろ、自分の属性を意識せずに過ごしている時間のほうが多いこともある。その自然体の姿を今作では描いてみたいなと」
 伯父が自宅で開業していた「他人屋」は、言ってみればなんでも屋。近所に住むさまざまな他人から、片付けを手伝ってくれだの、ぎっくり腰になった姉を運んでくれだの、頼まれて手伝うことになる大夢は、その出会いを通じて日常のそこかしこにマイノリティと呼ばれる存在が根づいていること、意識して想像しなければ見過ごしてしまうことに気がついていく。
「落語が好きなので、長屋ながやばなしの現代版をやれたらおもしろいんじゃないか、と思いました。とはいえ、私自身、古いマンションに住んでいるものの隣近所との付き合いは一切していないですし、ただ暮らしているだけでは誰とも関わらずに話が終わってしまう。特別な技能や免許が必要なお店では、簡単に引き継ぐこともできない。もちろん便利屋さんだって突然やれと言われてできる仕事ではないけれど、伯父さんを頼って来た人たちになんとなく巻き込まれて引き継ぐことになっちゃった……という設定の説得力は持たせやすいかな、と。とはいえ、便利屋という名称は手垢がつきすぎているので、他人屋。この思いつき自体は前々からあって、赤の他人にお金を払うからこそ気軽に頼めることってあるよなあ、他人だからこそ踏み込みすぎず、適度な距離感で気軽に助けあえるんじゃないのかな、と思っていたことが、今作にはマッチした気がします」
 大夢が体調を崩したとき、向かいの部屋で書店を営む小石川が善意で差し入れをする。もともと小石川のことが気に食わなかった大夢は、その善意に助けられながらも煩わしく思うように、ときに見返りを求めない厚意のほうが気持ちの負担になることはある。
「貸し借りなしの気楽さって、ありますよね。私は、コミュニティにしっかり属したことがないし、連帯したほうがいい場面が多々あるのはわかっているけど、そうするべきだ、という考え方には息苦しくなってしまう。それよりは、ちょっと割り切った人間関係の中で、連帯というほど密ではなくても、なんとなくお互いの存在を気にかけあう。なんなら、相手のことが気に食わなくても、一生仲良くなんてできなくても、近所づきあいは続けていける。そういう暮らしが理想だよな、という想いもありました」
 もう一人(?)、体調不良の大夢を気遣う人物がいる。長い髪で、顔のみえない、正体不明の「幽霊」だ。鍵をかけたはずの部屋に突然姿を現した。筆談で言葉を交わすことができるらしい幽霊から最初に投げかけられた言葉――丸めた紙に書かれていたのは「死にそう?」。絶対呪い殺される!と大夢が怯えるのも当然なのだが。
「なぜ幽霊が恐怖の対象になるのか、私自身はあまりピンときていないんですよね。ビビりだからびっくりさせられると弱いけど、犬猫の霊が部屋に現れてもそんなに怖くないじゃないですか。人間の霊だけが、害をなしてくる存在としておそれられている。それはやっぱり、幽霊という存在に、死してなお残留する強い思念を想像させられるからなんだと思います。世界中で心霊的な存在が文化として確立しているのは、誰もがその〈残り続ける心〉というものを想像し、求めているからなのだと思うと、興味深いですよね」
 はたして、部屋に住みつく幽霊が残し続ける心とは、なんなのか。探るうちに大夢は「生きた幽霊」であった伯父の心にも触れていく。

想いを残し続ける幽霊は怖いけど、
生きている人間にも「幽霊的」な心はある――

「伯父さんなりに幸せな人生を送っていたとは思うけど、閉じている人であったことは間違いがなくて、家族の誰にも認められない、心だけが漂っているような彼のたたずまいは、まさに幽霊のようでもあった。そしてそういう幽霊的な部分は、多かれ少なかれ誰もが持っているんじゃないでしょうか。昨今は、作家稼業でさえコミュニケーション能力が求められて、人と人とが連帯し、つながることが善とされているけれど、私のように、社会生活をつつがなく送るために頑張って人と関わっているだけで、必要がなければ誰とも会わず話さなくてもかまわないという人もいるだろうと思うんです。そういう、自分の中の閉じた部分を、そのままにしても生きていける世の中であったほうがいいな、とも」
 その時の気分や環境に左右される好き嫌いで相手を判断せず、どんな属性を持つ相手だろうと、決して人権を侵害しないこと。それがあるべき「正しさ」だと、小石川は大夢に言う。けれど相手を思いやる気持ちもまた、失ってはいけないのだと。
「思いやりや人の情を重視しすぎて人権を無視する人もいれば、人権を守ろうとしすぎて情をないがしろにする人もいる。最近は、その二極化が進んでいるな、と自戒をこめて思うんですよ。強い言葉で言わなきゃ伝わらないことも確かにあるけれど、相手に受け取ってもらえなかったら意味がないのだし、そのためのテクニックを磨く必要もあるよなあ、と。幽霊的な自分を抱えながらも、なんとなく近所づきあいを続けていた伯父さんと、その痕跡をたどる大夢を通じて、社会で人と関わりあうことの理想を描けたらいいな、とも思っていました」
 その理想は、通じあえないようで通じる瞬間のある、幽霊との奇妙な交流の中にも映し出されていく。
「落語にも幽霊の出てくる噺はたくさんありますし、現代版長屋噺として、多くの人におもしろがってもらいやすい小説になったんじゃないかなと思います。新聞連載だったこともあって、次々と事件が起きる飽きのこない展開を意識的につくれたのもよかったですし、デビューしたてのころは尖ったことをやろうとしてガチガチに入っていた力を、いい塩梅で抜くこともできた。それでも、なんとなくハッピーエンドの雰囲気をかもしながら、大夢のように不安定な人の生活を、不安定なままちゃんと終わらせることができたのも、よかったなあと思いますね。一念発起して自己改革するようなことはなく、ふらふらとしたままなんとか生きていくという、今この社会にもある現実は、そのまま描きたかったから。性格が明るくなくても、ひねくれていても、生活が安定しなくても、クソ野郎にならずに生きていくことはできる。私はそう信じているんです」
 ちなみに今後も、幽霊譚を執筆するご予定は?
「バイオレンスな描写を含め、本格的に怖い小説はいずれ書いてみたい。ホラーの中にしかない演出のテクニックも、学んでいきたいですね」

プロフィール



王谷 晶(おうたに・あきら)
1981年、東京都生まれ。2021年、『ババヤガの夜』が日本推理作家協会賞・長編部門の最終候補に。ほか小説に『完璧じゃない、あたしたち』『君の六月は凍る』、エッセイに『カラダは私の何なんだ?』『40歳だけど大人になりたい』など。

作品紹介



書名:他人屋のゆうれい(朝日新聞出版)
著者:王谷 晶

ほとんど付き合いのなかった伯父が急死し、なりゆきで伯父の部屋に住むことになった大夢。誰とも関わらず、淡々と日々を過ごしていたのに、「他人屋」だった伯父の助けを求めて押し寄せる客の相手をするはめに。さらに部屋には、正体不明の幽霊が現れて!?

怪と幽紹介



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書名:『怪と幽』vol.018(KADOKAWA)

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ルポ&エッセイ:有栖川有栖/新作怪談:一穂ミチ/ルポ:澤村伊智×田辺青蛙/インタビュー:三上 延/寄稿:伊藤龍平/駅ガイド:村上健司/対談:竹本勝紀×登龍亭獅鉃/ブックガイド:千街晶之/名作怪談:江戸川乱歩
小説 京極夏彦、有栖川有栖、澤村伊智、堀井拓馬
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