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特集

『こっちをみてる。』伊藤潤二インタビュー【お化け友の会通信 from 怪と幽】

2011年の刊行開始から老若男女を震え上がらせてきた「怪談えほん」シリーズに新たな一冊が加わった。18年開催の「怪談えほんコンテスト」で3011もの応募作から選ばれた最恐の一作を視覚化したのはなんと伊藤潤二。絵本に初挑戦した稀代のホラー漫画家に制作秘話を聞いた。

取材・文:門賀美央子
写真:川口宗道

「怪談えほん」シリーズ最恐を更新!?
大賞受賞作にホラー漫画の鬼才が命を吹き込む


――顔がテーマの怪談なら伊藤さんの画はまさにうってつけだと思いますが、オファーが来たのはいつ頃だったのでしょうか。

伊藤:2018年です。だから6年もお待たせすることになってしまって……。ちょうど仕事が詰まっていた時期だったのでちょっと時間をくださいとお願いしてはいましたが、こんなに経ってしまいました。漫画で言うところのネームみたいなラフは、もうずいぶん前に出来上がっていたものの、本画を手掛けるまでに時間がかかってしまいまして。そして、いざ描き始めたら半年ほどはこちらにかかりきりになりました。とてもではないけれども片手間にできるようなものではありませんでした。


――ですが、作者のとなりそうしちさんも待った甲斐があったのではないでしょうか。そう思わせるほど、文章にぴったりな画でした。

伊藤:聞いたところでは、編者の東雅夫さんが、となりさんのこの作品には私がぴったりなんじゃないかと推薦してくれたそうです。私も文章を読んで、これは画にするのが面白そうだと直感しました。やりたくなるような文章でしたね。


――となりさんとはお会いになりましたか?

伊藤:いえ、お会いしていません。すべて編集者を通してやり取りしていましたので。だから感想なども伺っていないんですよ。まだ怖くて聞けない(笑)。となりさんのイメージに合っているかどうか、その辺はちょっと心配です。


――テキストからの情報が少ない中、イメージを組み立てるのは大変でしたか?

伊藤:確かに文章量は少ないですし、言葉自体もシンプルな印象を受けました。しかし、さすが大賞作だけあって、行間から怖さがにじみ出ていました。私がやったのは、その行間を埋めていくような作業で、かなり自由度が高かったのでやりがいはありましたね。

襲ってくる怖さを油絵で


―― 同じ画を描くにしても、絵本と漫画とではやはり勝手が違うものでしょうか。

伊藤:そうですね……。最初、子供が読むことを考えるとあまり怖い感じにしないほうがいいですか?と編集者に尋ねたんです。そうしたら全然手加減なしでやってくれ、とのことだったので、その点はいつも通りにできました。


―― ページが進めば進むほどトラウマ級の怖い顔が山盛りになっていくわけですが、怖さを出すコツのようなものはあるのでしょうか。

伊藤:まず、三白眼や、黒目を小さくすると怖くなります。あとは、光を下からあてるというのも漫画ではよくやるのですが、そういった作画上定番の要素は加えました。


―― 全体の配置などで気を配られた点はありますか?

伊藤:文の、街のいたるところに顔があるという設定については、私が勝手に想像するばかりではまずいなと思って、編集者を通じてとなりさんにイメージを確認しました。すると、最初は非常におぼろげなのが、だんだんはっきりしていって立体的に浮き出て見えてくるようなイメージ、というようなお返事だったので、それに沿って描いていきました。また、主人公が画面の外側にいる時は、顔の視線は読者に向いていますし、画面の中にいる場合は主人公に視線を集めています。背景に関しては、公園や体育館など、子供の世界に普遍的にある光景を意識して取り入れました。


物語の冒頭、主人公の少年の身近な世界の各所に、ぼんやりと顔が浮かんでいる。


――あの恐ろしい顔の数々さえ除けば、全体的に非常に絵本らしい画であるように感じます。カラフルで不透明な色調が、昔の絵本を思い出させるのかもしれません。

伊藤:そうですね。今回は水彩でやる自信がちょっとなかったので、油絵にしま
した。透明水彩だと失敗が許されないのですが、原画は一枚一枚結構サイズが大きいので、万が一最初から描き直しみたいなことになると大変だなと思って。水彩はにじみがうまくいかないとか、そういうことがよくあるんですが、油彩だと上に重ねちゃえばいいので。水彩でも不透明水彩ガッシュがあるんですけど、私はどうも苦手でほとんど使ったことがなくて、かといってアクリル絵の具もあんまり自分に合っていなくってですね。昔、漫画の単行本のカバーなどで油絵を描いたことがあって、色合いもアクリルよりちょっと深みがある感じでしっくりきていたので油絵にしました。ただ、そうしたせいで余計に時間がかかってしまいました。乾くのにも時間がかかりますし。


――一般的な油絵のようにキャンバスに描かれたのですか?

伊藤:今回はホームセンターなどで売っているMDFという、おがくずを固めたような建材ボードを使いました。以前、単行本のカバーを描いた時に試しに使ってみたら使いやすかったんです。キャンバスに描く場合は最初に地塗りをして、その上に色をのせていくのですが、それだとどうもうまくいかなくて。ボードの場合は直接塗っていけるんです。本当はやっちゃいけないことなんでしょうけど、それをやっていました。


――フルカラーであることは、画の怖さの質に影響するのでしょうか。

伊藤:モノクロの漫画の場合、描線によって雰囲気を出せます。たとえば古賀新一先生の漫画でしたら、あの独特のカケアミが画面になんとも恐ろしげな雰囲気を与えますよね。そんな感じで、漫画は描線でもって調整することができます。また、全体に線を多くして暗めの画にすることにより、ある種の怖さを醸し出せる。それに対し、カラーの場合ですと色によって特定の情緒を出せます。例えば青ですと落ち着いた静寂な雰囲気、赤だとアドレナリンが出るような情熱的な感じといったふうに。もちろん、それほど単純には言えないところもあるのですが、やはり怖くするには青色や緑色を多くするのは一つの手としてあるのかな、と。そういったものを組み合わせることによってカラーならではの陰影を使って、襲ってくるような怖さを出せたのではないかと思います。


母に相談したら、その向こうから顔がこっちを見た。 ぼんやりと顔が浮かんでいる。それ以降……、ぜひ本書で。

心霊写真の“顔”が原点


――ところで、本作は顔がテーマですが、伊藤さんの漫画にも「首吊り気球」をはじめ、顔がモチーフになった恐ろしい作品がいくつもあります。伊藤さんにとって、「怖い顔」の原点のようなものはありますか?

伊藤:子供の頃に見た心霊写真ですね。中岡俊哉先生の『恐怖の心霊写真集』という本があったのですが、これが原点です。あるはずのないところに無表情な顔が写っているのがもう本当に怖くて、トイレに行けなくなっちゃうぐらいでした。


――人の顔が怖く感じられるというのは決して珍しいことではないと思うのですが、その理由については、伊藤さんはどう考えられますか?

伊藤:なんなのでしょうね……。他人と対面した時、やっぱり最初は顔に目が行くのだと思うんですけど、その時同時に何か怖さのようなものも感じているのではないでしょうか。こうやって普通に対面してお話をしていると別に怖くないけれど、周囲を見渡してふと無表情で何を考えているかわからないような顔を見つけたりすると、内心びっくりする。そういう場合、特に目が怖く感じます。無表情な目の奥に、何を考えているのかわからない精神が宿っているのを感じた瞬間、そこに底知れぬ怖さを見いだすのではないかと思うんです。本作を最初に読んだ時、となりさんはもしかしたら対人恐怖症のようなものが少しあるのかなという気がしました。というのも、実は私も若い頃少々視線恐怖症気味で、街なかを歩いていると、向こうから来る人たちがみんな何だか自分を見ているような気がして、涙が出るぐらい怖く思っていたものですから。たぶん、私と同じような感性を持つ人には、本作はとても刺さることと思います。

『こっちをみてる。』
となりそうしち:作 伊藤潤二:絵 東 雅夫:編



空、校庭、教室、そして家。いろんなところに「顔」はある。ある日、そのうちのひとつに睨まれてから身の回りは顔で侵食されていく。どこに行っても顔、顔、顔。そして最後には……。岩崎書店主催「怪談えほんコンテスト」で大賞を受賞した作品、待望の書籍化。

「ダ・ヴィンチ」2024年4月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載

プロフィール



伊藤潤二(いとう・じゅんじ)
1963 年、岐阜県生まれ。漫画家。86 年、「富江」で第1 回楳図かずお賞佳作入選(第一席)し、デビュー。2019 年に『フランケンシュタイン』でアイズナー賞最優秀コミカライズ作品賞、23 年に第50 回アングレーム国際漫画祭特別栄誉賞を受賞するなど受賞歴多数。

怪と幽紹介



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『怪と幽』vol.015
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特集 怪と湯
復刻● 岡本綺堂、つげ義春
鼎談● 加門七海×南條竹則×東 雅夫
紀行● 村上健司&多田克己、宮家美樹・京極夏彦
エッセイ● 朱野帰子、有栖川有栖、黒木あるじ、今野 敏、つげ正助、内藤 了、花房観音、夢枕 獏
寄稿● 伊藤克己、菱川晶子
ブックガイド● 朝宮運河
小説● 京極夏彦、有栖川有栖、恒川光太郎、山白朝子、澤村伊智
漫画● 諸星大二郎、高橋葉介、押切蓮介

【次号予告】
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