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特集

ミスコンファイナリストたちの「嘘」 驚愕の殺害動機に慄く美しきイヤミス 『殺める女神の島』秋吉理香子

取材・文:河村道子
写真:迫田真実

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年4月号からの転載となります。



『殺める女神の島』秋吉理香子インタビュー

たとえば、それほど仲が良いわけでもない友人から“私、ミスコンに出るの”と告げられたら、どんな反応を取ってしまうだろう。“がんばってね”と言いつつも心中に渦巻くのは、“この人、そんなに自信があるんだ”“このモヤモヤ、嫉妬!?”……。ミスコンというワードには人の心をざわつかせる魔力がある。

「女性がいっぱい集まるシチュエーションのものを、と考えていたとき、そういえばミスコンを舞台にしたミステリーってあまりないな、ということに気付いたんです。ルッキズムをはじめ、ミスコンについては昨今、その存在や意義についていろいろと議論されてきていますよね。審査基準もルックスだけではなく、社会貢献が必要など、ひと昔前とは変わってきている。そうした変化や時代性も物語に反映できたら面白いなと」

華やかな舞台の裏側で熾烈な女の戦いが繰り広げられているのだろう、という妄想も興味を刺激する。『暗黒女子』『絶対正義』をはじめ、人が集まるところで発酵していく昏いもの、そこで炙り出される人の本質を描いてきた秋吉さんが舞台として用意したのは、楽園の孤島というクローズドサークル。外見と内面の美を競い合うコンテスト『ミューズ・オブ・ジャパン』のファイナリストたちが互いを知り、高め合い、助け合いながら最終選考の準備を行う2週間のビューティーキャンプへと豪華クルーザーで向かうところからストーリーは“走っていく”。

「ミスコンに興味がある方、多いですよね。関心が高いから議論だって起こるわけで。私もその世界を覗いてみたくて、構想を得た2019年から、海外で開催されているものも含め、ミスコンのリサーチを続けてきました。受賞された方のエッセイにも数多触れ、そこで蓄積した知識をキャラクターたちに反映させていきました」

いくつものミスコンで優勝しているタイトルホルダーの舞香、現役女子高生モデルの姫羅、SNSのチャンネルで百万人のフォロワーを持つ美人ヨガインストラクターのまりあ、アメリカ育ちのクールビューティー・医師のエレナ、京都生まれの京都育ち、和風美人シェフの京子、日本でも人気の高いコスメ会社を経営する韓国から参加したユアン、そして視点人物となるミステリー作家の美咲。まるで少女マンガの世界から現れてきたようなキラキラした7人のファイナリストがストーリーを彩る。

「キャラが被らないように、登場人物はそれぞれ緻密に組み立てていきました。バラエティを持たせながら、クローズドサークルのなかで化学反応が起こるように、個性と職業を考えて。皆、華やかな生い立ちを持っていますが、そのなかでひとりだけ、実はすごく生活が苦しい人がいるという設定も」

学生の頃、ミステリー文学賞を射止めたデビュー作が大ヒットした美咲。だがその後、小説は売れなくなり、今では派遣の仕事をしながらギリギリの生活をしている。彼女がこのミスコンに参加したのは、作家として復活するためのネタ探し。だが美咲のミステリー作家としての知識や思考は思わぬところで発揮されることに……。なんと、彼女たちと島に滞在し、その様子を見てグランプリを決めるはずだった主催者が2日目の朝、瀕死の状態で見つかっのだ。

時代性を組み込んだ
新しいトリックと動機

「謎解きのプロではないけれど、謎解きに詳しい美咲は、ストーリーテラーのような存在。彼女は自分と同じ職業ということもあって、私の考えていることが滲み出てしまった部分もある。そしてストーリーにメタ的な構造も作り出していきました」

医師・エレナの処置で一命を取り留めた主催者だが、意識は戻らず、7人の意識は犯人探しへと向かっていく。第一発見者であるシェフの京子に疑いの目が向けられたのを皮切りに、当初は互いをリスペクトし、穏やかに交わされていた彼女たちの会話には棘のようなものが現れてくる。そんななかファイナリストのうちの一人が密室のなかで……。さらにその部屋は……。そして犠牲者は次々と増えていく。

「私はあまりトリックを重視していないのですが、今回は殺害理由、なぜそのシチュエーションなのか?という必然性にこだわりました。本作で仕掛けたトリックから見えてくる犯人の動機は、“もしかしたらこれは初めてのものかもしれない”という内容になっているのではないかと」

そこにもミスコンをモチーフにしたことと同様、時代性が絡まってくる。今だからこその驚嘆のなか、共感できる新しいトリック、動機。さらにストーリーのなかに時おり挟まれていく時間を飛ばした“現在”の場面が脳を揺さぶる。孤島から脱出し、海上で救助されたある者にスポットが当たるその場面で語られていく内容は、さらなる謎を深めていく。
「ことにはじめの方では、7人がリゾートアイランドでキャッキャとしているのに、“現在”はこんなことになっているの? 二人しか生存できないの?というギャップを、差し込んだ場面では楽しんでいただきたくて。本作で強く意識をしたのは、スピーディーな展開と、そのなかで体感していただくギャップでした」

ひとり、またひとり、と殺されていくファイナリストたち。いったい殺人犯は誰なのか? もう誰も信じられないと恐怖に怯えるなか、彼女たちそれぞれが巧妙に隠している嘘が、刺々しさを増していく会話のなか、姿を現してくる。

“イヤミス”は自分の
嫌なところを映す鏡

「嘘を突き詰めていく場面、そして意地悪な展開も、あれだけ女性がいると、スルスルと出てきました。それは私自身が女子校育ちということも影響していると思います。ネガティブな面はもちろん、女性同士特有の結束感みたいなものも」

そんな結束感に触れ、ほっこり読んでいると突如、空気は一変する。そんな緩急も本作の醍醐味。ミステリー作家ゆえに事件の推理を頼まれ、頼りにされていた美咲だったが、その推理も自分が犯人であることを隠すためではないのかと攻撃されたり、ネガティブな感情を持つ皆を元気づけていた舞香は態度が胡散臭くて怪しいと指摘されたり……。そんななかついに連続殺人事件の犯人と、そして驚愕の動機が示されていく。

「アイデアが浮かぶときって、それらがいくつも点在しているような感じなのですが、それが突如として繋がっていく瞬間があって。数年前に私自身が体験したこと、そこで得た知識が、今回の作品と繋がったときは自分でも驚きました」

あえて言うのならば“静的な殺害動機”。それを知ったとき、自分のなかに湧き出してくる黒いザワザワが止められなくなる。秋吉理香子のイヤミス真骨頂とも言える、美しき新たな作品が誕生した。

「書きあがった作品はイヤな気持ちになる小説にはなっているのですが、私自身はイヤなものを書こうとは思っていないんです。私はただ、人の裏側が見たいだけ。どんな良い人でも、ちょっぴり意地悪な気持ちとか、ジェラシーのような感情は絶対に持っていると思うんですね。それがたとえ小さなものだったとしても、それをつついて、刺激して、自分にもこういうところがあるかも?という鏡となるのが、イヤミスというものなのかなと思います。ゆえに本作で描いた美しい楽園でのミスコンを通じて、描いた人間、人間関係の裏側に、“あぁ、この感情、イヤだなぁ”と思いながらも楽しかったなと感じてくださったなら、作者としてとても嬉しいです」

プロフィール



秋吉理香子(あきよし・りかこ)
兵庫県生まれ。2008年「雪の花」でYahoo! JAPAN文学賞を受賞。翌年、『雪の花』でデビュー。受賞後第1作『暗黒女子』は映画化もされ、イヤミスの新旗手として注目を集める。著作に『聖母』『灼熱』『監禁』『無人島ロワイヤル』、新境地を拓いたホームコメディ『息子のボーイフレンド』など多数。

作品紹介



殺める女神の島
著者 秋吉 理香子
発売日:2024年03月04日

全員、悪女。この中で最も嘘つきな殺人犯は誰?
リゾートアイランドに集められた、外見と内面の美を競い合うコンテストの最終候補者。メンバーは女子高生モデル、経営者、小説家、医師、シェフ、インフルエンサー、大学院生の七人。これから二週間、互いを知りながら、高め合いながら、助け合いながら、最終選考の準備を行う。その日々を見守ってグランプリを決めるはずだった主催者が、二日目の朝、瀕死で見つかった。次々と殺人が起きるなか、巧妙に隠された参加者たちの「嘘」も明らかになっていく――。この中で、一番嘘つきの殺人鬼は誰? 最高に後味の悪いイヤミス長編!

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322308001041/
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