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特集

呪いがかかったから、私は今、本を書いている 『この本を盗む者は』深緑野分インタビュー

撮影:疋田 千里  取材・文:吉田 大助 

直木賞候補となった『戦場のコックたち』『ベルリンは晴れているか』において、「歴史」と「ミステリー」のかつてない融合に成功した、深緑野分。2年ぶりとなる待望の新刊『この本を盗む者は』では、これまでと全く異なる作風に挑戦している。古今東西の文学作品を参照しつつ、スタジオジブリなど日本のアニメーションの息吹を思いきり吹き込んだ、エンターテインメント大作なのだ。ただし、苦味のスパイスもきっちり効いている。


書影

深緑野分『この本を盗む者は』(KADOKAWA)


どこかのタイミングで呪いがかかったから、
私は今、本を書いているんだと思うんです。


――オビは本文からの引用で、「ああ、読まなければよかった! これだから本は嫌いなのに!」。推薦文は、森見登美彦さん。「呪われて、読む。そして書く——私たちは!」。表紙のメインカラーはダークな青で……危険な本だぞ、という香りがプンプン漂っています(笑)。題名からも明らかなように今作は「本」を題材にした物語ですが、着想のきっかけは?


深緑:読む前と読んだ後で世界が変わって見えるような本を書きたい、という気持ちは以前からありました。今回は「本」というもの、そのものの魔術的な怖さをテーマにしてみたいと思ったんです。

 私が本にハマったきっかけは、確か小学校1年生の時に母親が買ってきてくれた、ロアルド・ダールの『ぼくのつくった魔法のくすり』という児童書でした。主人公が家中のあらゆるものを鍋に入れると、青い煙が立ち上る。その時私も、本当に青い煙が出てくるのを見たように感じたんです。母に「夕飯だよ」って呼ばれても、その世界から出て行きたくなくて、本を読み終わるまで動けませんでした。読み終わってご飯を食べている最中も、ずうっと本のことを考えている。本ってちっちゃいものですけど、その中に閉じ込められているものの大きさは、途方もない。そこに魅せられたんですよね。一方で、こんなにも自分が囚われてしまうことに対して、怖さも感じました。

 どこかのタイミングで呪いがかかったから、私は今、本を書いているんだと思うんです。自分が書いているというよりは、本に書かされているというか……。「本って、なんなんだろう?」という思いは、本にハマった頃から今に至るまでずっと胸にあります。それを一度、物語のかたちにして出してみよう、と思ったんです。


深緑野分さん


――本の街として全国的に名を知られる読長町には、地上二階地下二階からなる「御倉館」という巨大な書庫がある。そのオーナー一家の娘である高校生の御倉深冬がある日、御倉館に足を踏み入れると、紙の御札を見つけるんですね。そこに記されていたのは、「この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる」。すると、髪が雪のように真っ白い少女——真白が突然現れて、自分たちは書庫から盗難があったせいで本の世界に入ってしまった、今から泥棒を捜し出して捕まえなければいけないと言う。外へ出てみると、街全体の造形や街の人々が、本の世界のそれにガラッと一変している。まず現実があり、本の内容がテキストとして出てきて、やがて現実が本の世界に乗っ取られ……と、ページをめくるたびにリアリティがスライドしていく感触、快感でした。


深緑:もともと私は中世ヨーロッパの「写本」が好きで、国内外の資料を手当たり次第に集めていました。印刷機がない時代は、修道士たちが手で一文字一文字、聖書を紙に書き写していたんですね。ものすごく労力がかかるものだからこそ、盗まれてしまったらものすごく困るんです。だから、「ブック・カース」——この本を盗む者には呪いがかかる——のお札を本に貼って、盗難防止をしていた。このお札を、小説で使えないかなぁと考えていきました。

 本の世界に入っちゃうという設定は、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』からの影響ももちろんあるんですが、直接的には『映画ドラえもん のび太のパラレル西遊記』(※1988年に公開された「大長編ドラえもん」第9作)のイメージが大きいんです。

 のび太くんたちがひみつ道具を使って、『西遊記』を題材にしたゲームの世界で遊んでいたら、魔物とか妖怪たちがゲームの中から出てきてしまう。それまでの世界が、妖怪たちが生きている世界に変わってしまって、のび太くんのお母さんに角が生えてきたりするんです。いつもの自分たちのおうちのはずなのに、お母さんがお母さんじゃないし、お父さんがお父さんじゃない。自分は変わらないまま、みんながおかしくなっちゃった……となるあの物語の怖さは、原体験として私の中にずっとありました。

 ヒロインを「本嫌い」に設定したのは、本が好きだったりすると、そういう現象も普通に受け入れちゃうかもしれないし、なんなら盛り上がっちゃうと思ったから(笑)。「だから嫌なんだよ」とかブツブツ言いながら、なんだかんだで問題解決に向けて頑張っちゃう主人公像が好きなんですよ。やさぐれたオッサン刑事、とか。だから、やさぐれ女子高生ですね。



――「ブック・カース」の発動とともに現れる少女・真白とのコンビ芸も、面白かったです。日本のアニメーションでよく描かれる、ヒロインと一緒に行動する小動物みたいなイメージもありませんか?


深緑:あります(笑)。私は小説も好きなんですが、映画もアニメも、物語全般が好き。そういう趣味が、一番色濃く出た作品だと思います。

 深冬と真白に関しては、もともとこの話の内容を決める前から、編集さんに「深緑さんが書く、女の子二人の話が読みたい」と言われていたんです。それを思い出して、勝気で頭がいい女の子と、犬属性の忠誠心が強い女の子はどうかな、と。真白は最初、もっと忠誠心が強い女の子をイメージしていたんですが、書いてみたら意外とはっきり意見したりする子になって良かった。



本が嫌いであることは否定したくない。
否定したかったのは、好きになることを強制される辛さです。


――各話ごとに全くカラーが異なる、二人が冒険する本の世界が魅力的です。ちょっとだけネタバレさせていただくならば……小説が歴史の中で培ってきたジャンルが意識されていますよね。マジックリアリズム、ハードボイルド、スチームパンク、奇妙な味。この4つのジャンルで作中作を書こうと思った理由とは?


深緑:例えばラブストーリーとかミステリーって、ジャンルとしてはメジャーなので、親しみがある。もうちょっとマイナーな、今はあまり親しまれていないジャンルを取り上げて、こういうものもあるよって伝えられたらなと思ったんです。最近はアニメや翻訳小説でしかなかなか触れられなくなっていますが、スチームパンクのレトロフューチャーなSF感、大好きなんですよ。なので、この4つのジャンルは単に自分が好きで、自分でも書いてみたかったからという理由も正直大きいです(笑)。

 連載中ちょっと不安になって、編集さんに「私、やりたい放題やりすぎじゃないですか? 大丈夫ですか?」と勇気を出して聞いたことがあるんですが、「ぜんぜん大丈夫です、やっちゃってください」と返事をいただいて、吹っ切れました。



――各話ごとの泥棒捜しという「謎と解決」もありつつ、最終話ではこの世界の成立にまつわるミステリーも勃発しますね。


深緑:私が今まで書いてきた小説は、「ミステリーが邪魔」と言われることが多かったんです。今回は本の泥棒捜しをする……というミステリーっぽさはありつつ、私自身は今回あまりミステリーというジャンル自体は意識しないで書いていきました。だから、オチも一切決めていませんでした(苦笑)。

 あと、歴史ものを書く時って、間違えて伝えてしまってはいけない部分が多いんです。だから、とにかく史料にたくさん当たらなければいけないし、「どう読まれるか?」っていうことをとても意識するんですね。でも今回の作品に関しては、空想でいいや、読者の方がどう読んでもいいや、みたいな(笑)。歴史ものとミステリーという2つの要素が、今まで縛りになっていたところもあったと思うんです。そこを今回、解放したというか。頭を使うというよりも、運動神経で書いていった感じです。

 だからきっと、私自身の原体験のようなものも自然と出てきたんですよね。調べたものを頼りにするのではなくて、運動神経で書いていったぶん、私自身の人生であるとか、今まで摂取してきた栄養がそのまま出てきたんだと思います。



――楽しんで書いている雰囲気、文章から伝わってきました。その一方で、冒頭の話に舞い戻ってしまうんですが、この小説のすみずみに本というものの怖さが宿っている。〈物語は魔力だ〉というフレーズも出てきますが、本最高、物語最高、とは話が進まないんですよね。主人公の存在を通して、本が嫌いだとか、怖い、苦手だという感情も書き込まれているところが、フェアだなと感じました。


深緑:私自身、本が嫌いだとか、そもそもこれは趣味が合わないという感覚を、あまり否定したいとは思いません。この話の中でちゃんと否定したいと思ったのは、好きになることを強制される辛さです。深冬は祖母のたまきから「お前は御倉館を継ぐ人間なんだから」と強制されたことで、本が嫌いになってしまった。血の呪いと、強制の呪いを否定したうえで、深冬自身が何を選んでいくのかは絶対に書きたかったんです。



――ラストシーンはハッピーエンドと言えるものなんですが、読み終えてちょっと時間が経つと、そうは言い切れないかもって気持ちになってくる。本を読むということは、本を読んだ後の時間も含んでいるんだなと痛感させられました。


深緑:強制や呪いからの解放の物語ではあるんだけれども、本には呪いがあるっていう物語でもありますからね。読者の方が、いい意味で混乱してくれると作家冥利に尽きますね。

 ただ、読んでいる間だけでも現実逃避してもらえたら、一番いいのかなと思っているんです。コロナのせいで社会がピリピリしている中で、少しでも緊張が緩むというか、不安とか心配を一瞬でも手放す機会があるというのは、大事なことなんじゃないかなって……。「絶対読んでください!」と言うのは、この本のメッセージとずれるので、オススメの仕方が難しいんですよ(笑)。「こういうものもありますよ?」とそっと差し出す、みたいな感じですかね。そこでなんとなく本を開いたら、あら、あらあら……となってもらえたら嬉しいです。


特設サイトリンク

▲深緑野分『この本を盗む者は』特設サイト

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深緑 野分

1983年神奈川県生まれ。2010年「オーブランの少女」が第7回ミステリーズ!新人賞佳作に入選。13年、入選作を表題作とした短編集でデビュー。15年に刊行した長編小説『戦場のコックたち』で第154回直木賞候補、16年本屋大賞7位、第18回大藪春彦賞候補。18年刊行の『ベルリンは晴れているか』では第9回Twitter文学賞国内編第1位、19年本屋大賞第3位、第160回直木賞候補、第21回大藪春彦賞候補になる。

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