みたらし団子にかぶりついた途端、とれた差し歯を見て思い出したのは、「私」を殴って前歯を折った、ひどく愛しい男のことだった——。R-18文学賞大賞受賞作を収録した連作短編集を刊行された町田そのこさんにお話をうかがいました。
── : 作家を目指すきっかけとして、氷室冴子さんのお名前を挙げていらっしゃいますね。どんな存在だったのでしょうか。
町田: 小学校三年生の時、母の本棚から貰って読み始めたのが『クララ白書』でした。当時、『なんて素敵にジャパネスク』が刊行中で、発売の前月からお小遣いを貯めて買いに行きましたね。田舎なのでなかなか売っていなくて、書店を何軒も回りました。
── : 何が魅力だったのでしょう。
町田: 私は引っ込み思案だったので、対照的な性格をしている主人公の瑠璃姫に憧れました。学校で嫌なことがあったりすると、トイレでも読んでいましたね。私が言えないことを代わりに言ってほしかったんだと思います。
── : R-18文学賞受賞作が収録された『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』にも、苦しい状況に置かれた登場人物が物語を経て少し強くなるようなお話が多いですね。
町田: そうですね、最後はいい方向に向かってほしいと思って書きました。
── : 今回刊行された作品は、受賞作「カメルーンの青い魚」と舞台を同じくする連作短編集です。閉塞感のある田舎町で生きる人々が描かれますが、モデルとなる場所はありますか?
町田: 特定の町はありませんが、自分が田舎にずっと住んでいることと、川上弘美さんの『どこから行っても遠い町』が好きで、意識したことは関係しているかもしれません。全編を通して水槽をイメージしたので、どうしても閉じた印象になりますね。
── : どの作品にも、特殊な生態をもった魚が登場します。
町田: 受賞作と関連する短編を書いて刊行しようというお話をいただいた時、何か共通するテーマを入れたいと思って魚を選びました。最終話の「海になる」に流れ込むように、書きたい話に合った魚を調べて探しました。
── : 受賞作は、幼い頃から大切な存在だった男性との思い出に浸る女性が主人公です。切ないラブストーリーでありながら、最後には驚くような仕掛けもありました。ミステリを読んで参考にしたのですか?
町田: いえ、それが全く。驚かせようと考えて書いた訳ではないんです。最初は普通に書いていたのですが、自分で面白くないと感じたので、少し工夫したくらいの気持ちでした。それを「仕掛け」と評価され、受賞後に「ミステリを書いてみては」と言って頂いたのがむしろ意外でした。
── : いずれの収録作にもひと工夫があって、サービス精神に溢れていると感じました。
町田: 楽しく読んでほしいという気持ちが強いのは、受賞前の練習が効いているのかもしれません。以前、日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞に応募したんですが、かすりもせず。しばらく練習しようと思い、ケータイ小説のサイトに投稿したんです。
── : どんなことがモチベーションになっていたんですか?
町田: とにかく感想を貰えることですね。若い読者が多いので、最初は「行が詰まっていると読みづらい」「漢字が多い」という感想も多かった。「教科書みたいな文章」だと言われたこともあります。どうしたら読みやすくなるのかと試行錯誤していくうちに「面白かったです」と言われることが増えてきて、嬉しかったですね。読み手のことを初めて意識したかもしれません。
── : その経験が受賞作に活かされたのですね。
町田: そもそも応募の動機からして、「感想が欲しい」ということなんです。R-18は、二次選考まで残れば編集の方のコメントがつくので、第15回に応募した三作のうち、二作も二次に残った時点で思い残すことはないくらいの気持ちでした。最終選考に残ったと電話が掛かってきた時は、本当に驚きましたね。今でも少し夢見心地なんです。三浦しをんさん、辻村深月さんの推薦文が載っている帯を見ると、特に。本当に私の本に、これが……? と思ってしまいます。
── : 今後はどのような作品を書きたいですか?
町田: 今は何にでも挑戦したいですね。ミステリはこれまで、「きっと難しいだろう」と敬遠していましたが、受賞作にミステリ的な面白みがあると言って頂けたので、今になって勉強しています。自分が思っていないところに才能があるかもしれませんから、勧められればまずはトライしていきたい。それが一番成長していけると思いますし、自分でも楽しみです。