父親に抑圧され優等生を演じる女子高生の願いは、東京の大学に進学してホラー映画を撮ること――。
女による女のためのR-18文学賞で十一年ぶりに大賞と読者賞をダブル受賞し、受賞作に連なる連作短編集を刊行された白尾悠さんにお話をうかがいました。
── : 映画関連会社にお勤めになっていたとお聞きしました。なぜ小説を書き始められたのでしょう。
白尾: 仕事をする中で、自分は何か作品が作りたいのだと強く自覚した瞬間があり、執筆を始めました。小説を選んだのは、特別な道具がなくても創作できるということが大きかったですね。当初は思い浮かんだ場面を短い文章にしていましたが、通信の小説講座などを受ける中で、難しさと同時に奥深さを知っていって、段々と長いものを書くようになりました。
── : 昨年「アクロス・ザ・ユニバース」でR-18文学賞を受賞されましたが、二〇一五年には三次選考に、十六年には最終選考に残るなど、ご縁が深い賞でデビューされましたね。
白尾: 応募する前に最終候補の作品をネットで読んで、面白かったのが印象に残っていました。歴代の受賞者である豊島ミホさんや窪美澄さん、宮木あや子さんの作品も面白く拝読していたので、勝手に親近感を抱いていたのかもしれません。官能は書けないと思いましたが、別のアプローチでもいいのであればと挑戦しました。
── : 受賞作では、芸術大学に通いたいと願う優等生・智佳と、同級生のギャル・優亜が東京行きの長距離バスに乗り合わせたことで生じた事件を描かれていました。どこから着想を得られたのでしょう。
白尾: あまり仲の良くない友達同士が一緒に長距離を移動するという状況が最初に浮かんだんです。実は主人公の智佳ではなく、年上の男の子に酷いことをされて葛藤を抱えている優亜の人物造形が先にありました。お互いが何かに抑圧されている中で、化学反応を起こせたらいいなと思いました。
── : 今回は連作短編として、大学四年生と社会人五年目の智佳がそれぞれ描かれます。智佳は結局父に従って地元・山梨の国立大学に通いますね。
白尾: 実はもっと先まで描く構想もあったのですが、私が責任を持って彼女の人生を書けるのは十年後くらいまでかなと。現実的に考えて、十八歳の子が芸術系の大学の学費を払って東京で自活をするのは厳しいですし、智佳も全てをとんとん拍子に進められる性格ではないと思ったので、準備期間を作りました。
── : 彼女の性格や置かれた状況に、ご自身や知り合いの方を反映させた面はありますか?
白尾: それはないですね。家庭環境も全く違います。受賞作が発表されたことで父親との関係を心配してくれる友人もいましたが、当の父からは冗談交じりの手紙を貰いました。逆に、この作品で受賞したことで、「私の家も父が厳しくて」と、悩みを話してくれた人もいました。
── : 作中では智佳の父が最後まで恐ろしい存在であり続けますが、一方でどこかで誰かの支えになっているかもしれないという予感もありました。
白尾: 人間の多面性は描きたいと思いました。父にも高圧的になってしまった理由があるはずですし。父的存在の青柳についても悪人でもなく、かといって聖人でもない人間像を表現できていたら嬉しいです。
── : 男性不信を抱えながらも葛藤し続ける優亜の姿も描かれますね。
白尾: 身近に性暴力のサバイバーが数人いるので、そういう怒りはありますね。優亜の内面は必ず書きたいと思った部分です。
── : 多くの女性に共感を持って読まれる作品だと思うのですが、男性読者からの反響はありましたか。
白尾: 子供のいる友人が「自分からしてもこの父は許せない」「父殺しのテーマが自然に受け入れられた」と言ってくれて、とても嬉しかったです。
── : 特に好きな作家さんはいらっしゃいますか。
白尾: 選考委員の三浦しをんさん、辻村深月さんの作品は、夜を徹して読んでしまいます。江國香織さん、山田詠美さん、多和田葉子さんなど、若い頃から好きな方を挙げていくときりがないです。あとは、目標というのとも少し違いますが、アゴタ・クリストフの『悪童日記』がとても好きです。文体と物語が不可分に呼応しあっている作品をいつか書きたいです。
── : 最後に、今後の展望を教えてください。
白尾: まずは第二作となる長編に取り組んでいます。今度は少し自分に引き寄せて、留学をテーマに書こうと思っています。引き寄せすぎると客観性がなくなってしまうので、どう距離をとるかが課題ですね。