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特集

『東遊記』刊行記念 武内涼インタビュー 気鋭の時代作家が挑む、壮大な冒険ファンタジー

取材・文:櫻坂 ぱいん 

 市井の普通の少女が、世界を救う運命を突然背負わされ、過酷な冒険に旅立つ――冒険小説好きなら思わず心が躍る、唐を舞台にした壮大な冒険ファンタジー『東遊記』を上梓じょうしした時代小説界の気鋭・武内涼。時代小説家が描く、冒険、そして妖怪とは――? 日本の小説の枠を超えた壮大なスケールで描かれる『東遊記』。その誕生の秘密と自身のことを、武内涼本人が熱く語る。

妖怪のシーンで大切なこと――
それは、そこでうごめいているような質感。

── : 忍者、歴史上の実在の人物、妖怪、鬼など、いろいろなモチーフの時代小説、歴史小説を書かれてきましたが、今回なぜ、唐の時代の中国を舞台にしたファンタジーを書こうと思われたのですか?

武内: 私は、歴史好き、特に忍者好きです。だから、時代小説、忍者小説を書いています。  そして歴史好きになったきっかけは、小学生の頃にはまっていた横山光輝よこやまみつてるさんの漫画『三国志』なんです。この『三国志』を全て読み終えたときの飢餓感、三国志ロスの中、出会ったのが、司馬遼太郎しばりょうたろうさんの忍者小説でした。  なので自分の歴史好き、忍者好きを掘り下げてゆくと……三国志に突き当たるんです。  同じころ、『西遊記』とヨーロッパのファンタジーも好きでした。中国物ファンタジーを書くのは、ある意味、必然だったのかもしれません。

── : 壮大なファンタジーである本作を書きあげて、率直なご感想を教えてください。

武内: わくわくするファンタジーを書けたと思います。  私がファンタジーと妖怪大好き人間ですから、この『東遊記』はいろいろな中国の妖怪と主人公たちが血湧き肉躍るアクションをくり広げます。  一方で、歴史好きでもありますから、唐の都、長安を主人公たちと歩いているような気がするように書きたかったし、ある史実上の反乱も大きくからめて書きました。  ファンタジー好き、歴史好き、妖怪好き、みなさんに楽しんでもらえる小説に仕上がった気がしています。

── : 『東遊記』を書くにあたり、難しかった点と、面白かった点を教えてください。

武内: たとえば、中華料理というと、油っこいイメージがありますよね? 私はこの本を執筆する際の資料で知ったのですが、宋以前の中国では野菜のお浸しのような、とてもさっぱりしたものも食べられていたんです。また現代の中国では箸は縦向きに置きますが、唐より前は、日本と同じで横向きに置いていたようです。  こういう今の中国と唐で習慣が違う所を描くことは難しかったですし、逆にそうした所を知ることができたことが楽しかったですね。

── : 本作は、『西遊記』に通じる妖怪やスケールの大きさ、『指輪物語』に通じる使命があり、またRPGのような旅と友情もあります。執筆にあたり、武内さんが一番大切にされたことはなんですか?

武内: 『指輪物語』から影響を受けましたが、架空世界物ではありません。『西遊記』のような中国の歴史を根とするファンタジーです。  その根をしっかりとさせつつも、ファンタジーはダイナミックでなければならない。リアルさと幻想、両極の狭間を疾走する物語なので、バランス感覚が大切だと思いました。中国の歴史、地理をしっかり描きつつ、そこでくり広げられるファンタジーが飛びすぎず、かといって縮こまらないように心して書きました。

── : 世界観だけでなく、そこで活躍する人物も多様で魅力的です。運命を背負う人物を非力な少女に据え、脇を固める主要人物を空海と橘逸勢たちばなはやなりに設定した意図と、一番お気に入りの登場人物を教えていただけますか?

武内: 少女にしろ少年にしろ、限りない可能性を持っていて、大きな理想に燃えていることも多い。一方、私を含めて大人は、現実や組織の論理と折り合いをつける中で、そのような理想を忘れてしまったり縮小させている場合が多いです。それではこの物語に出てくる最も強い魔物に負けてしまいます。そこで非力ではありますが、真っ直ぐな理想を持つ海燕を、いろいろな能力を持つ仲間が守ってゆく形になりました。  好きなキャラクターは、やはり主人公・海燕ともう一人の主人公というべき橘逸勢でしょうか。逸勢は、中国語が苦手だから日本に帰りたいなどと朝廷に泣きついているのですが、そういう所が人間臭くて好きですね。

── : 日本人にはなじみのない不気味な妖怪がたくさん出てきます。その描写も人間的で新鮮です。そのように描かれた意図はどこにあるのでしょうか?

武内: 登場する妖怪の多くは、『山海経せんがいきょう』などの中国の神話世界にルーツがあるもの、あるいは中国の昔話に出てくる化物などです。  人間に似た部分を持っている妖怪は、その心の動きを、何かの動物に似ている妖怪は、その動物をもとにした細かい動きを意識して書きました。  妖怪が現れるシーンについては、いつもそれがそこで蠢いているような質感を大切にしています。

── : 長安の町や、そのほかの当時の自然や風俗の描写も緻密で、あたかもそこに行ってみてきたかのようなリアリティがあります。どのように情報を集めたのでしょうか? また、情景を描くにあたり一番気を配っていることは何でしょうか?

武内: 私は大学三年のころ、三週間くらい中国を旅したことがあります。この小説に出てくる長安(現在の西安)から蜀(現在の四川省)の地を、その時訪ねたのですが、その時自分で撮った写真がとても役に立ちました。  あとは佐藤武敏さとうたけとしさんの『長安』など様々な資料ですね。唐を生きた豊かな感受性の持ち主、詩人たちの漢詩にも、当時の情景を描写する時、大いに助けられました。

── : 武内さんの作品はどのようなテーマであれ、「視覚的」で「映像的」だと思います。映像的という意味で、本作のシーンの中でご自身が一番うまく描けたという場面は、どこと思われますか?

武内: これは主人公がいろいろな場所に行く小説です。こういう物語で、最も大切なのは途中に出てくる町でも、最後に出てくる場所でもなく、「始まりの場所」だと、私は考えています。  この小説の「始まりの場所」は長安です。  もちろん全てのシーンに力を入れているのですが、特に視覚的、映像的な描写を心がけたのは、物語が始まる長安のシーンです。

── : 武内さんご自身が考える、この作品の読みどころを教えていただけますか。

武内: 主人公たちが多くの危難を通して成長してゆく様、一人では非力だけど幾人かの人間が集まって大きな力を発揮するシーンが読みどころだと思います。  あとは、様々な姿の、いろいろな力を発揮する妖魔との戦い。  そして、中国の歴史の大きなうねりを感じられる物語に仕上げたかったので、そうした部分も読みどころの一つではないかと思っています。

『東遊記』には魅力的な人物や妖怪がたくさん出てくる。イラスト/遠藤拓人

今でも歴史家や植物学者に、
強いあこがれを抱いています。

── : 小さいころはどのような子供でしたか?

武内: かなり変わった子供だったような気がします。みんながはまっている大ヒット作の漫画よりは、自分が好きなものを極めるのに没頭していたと思います。かといって大ヒット作が嫌いという訳ではなく、好きと思えばまっしぐらです。マイペースで凝り性なのかもしれません。  子供時代にはまっていたものは、いくつかの本、歴史、忍者、妖怪、植物で、それらは今好きなものと重なっていますね。

── : 作家になろうと思ったきっかけは?

武内: 中学の時、映画にはまり、映画監督になりたいという夢に燃え、大学卒業後、映画製作の現場に制作進行のスタッフとして飛び込みました。ところが、自分は監督にはなれないという大きな挫折感を味わい、映画の仕事を辞めました。そんな、どん底の状態の時に、日本ホラー小説大賞に応募し、作家になるという僥倖ぎょうこうを得ました。  挫折や苦しみの末……何とか作家になることが出来たというのが、正直な所です。

── : 作家にならなければ、どういう仕事をしていたでしょう?

武内: それは中学の時、映画という魔物に魅入られる前か後かによって全く変わります。  映画にのめり込む前の私は、好きな歴史か植物の知識を深めたい、と思っていました。今でも歴史家や植物学者に、強いあこがれを抱いています。  そして、中学から三十代前半くらいの私の視点から考えると、やはり映画にまつわる仕事に就いていたと思います。

── : 初めて自分の意思で読んだ本を教えていただけますか?

武内: ル・グウィンの壮大なファンタジー『ゲド戦記』を小学生の時に読んだのが、最初の気がします。  私は面白いファンタジーには、表紙をめくった所に、味わい深い地図が在る、と思っています。それを教えてくれたのが『ゲド戦記』です。  なので『東遊記』も、まず本を開いた始めに、ゲド戦記のような地図がほしいと、編集者さんにお願いしました。

── : 一番影響を受けた作家、作品、またどういう作品が好きですか?

武内: 司馬遼太郎さんの時代のうねりを感じさせるような文章は、歴史小説を書く時、時代小説の中の歴史小説的な所を書く時、とても参考になります。また山田風太郎やまだふうたろうさんの化物じみた忍者たちが活躍する作品群からも、大いにインスピレーションを得ています。  あとは森鷗外の重さ、夢枕獏ゆめまくらばくさんの小説の妖美さ、誉田哲也ほんだてつやさんの『武士道シックスティーン』などに見られる爽やかさが好きですね。  好きな映画監督は、黒澤明くろさわあきら監督、深作欣二ふかさくきんじ監督、増村保造ますむらやすぞう監督、ブライアン・デ・パルマ監督です。

── : 表現方法として、小説と映画の違い、また同じ部分はどういうところだととらえていますか?

武内: 小説も映画も、物語によって人の心を揺さぶるものですが、文章を読んでその情景を思い浮かべるというのは、ある程度の経験が必要と思います。一方、映画は、そのような経験の有無にかかわらず、人を物語に引きずり込むことが出来ます。ただ小説にも、強みがあり、それは人の心をどこまでも丁寧に描けることです。映画で心の声を聞かされると……私は引いてしまいます。俳優の表情、光の差し具合、音楽などでそれを表現してほしいのです。

── : 今一番興味あることは何でしょうか?

武内: 酒飲みなので、酒に合う旨い料理を自分で作るという趣味を幾年か前から持っています。最近、八百善やおぜんさんの献立、レシピが詰まった『江戸料理大全』という本を買い、読みふけっています。  旬の素材をシンプルに味付けする江戸料理。とても興味深いです。先日、冬瓜とうがんの梅わさびえを作り……頬が落ちそうになりました。

── : 今後はどのような作品を書いていきたいですか?

武内: 今まで史実を追う歴史小説、架空の人物や事件が動く時代小説、さらに伝奇小説(魔法が介在する時代小説)を書いてきました。ただそれらは全て、日本が舞台でした。  この『東遊記』をきっかけに、中国物というフィールドも書いていければいいなと思っています。そして、中国物も今、日本の素材で書いているような幅の広さで書いていきたいと考えています。

── : 最後に読者の方にメッセージをお願いします。

武内: 最初の方のコメントとかぶりますが、『東遊記』はファンタジー好きの読者の皆さんにも、歴史好きの皆さんにも楽しんでいただける小説になったと思っています。  魔物との戦い、この世の行く末がかかった使命、恋、中国大陸を横断して日本へ、という大スケールの冒険、いろいろな要素が詰まったこのエンターテイメントを、どうぞお読みになって下さい。


武内 涼

1978年群馬県生まれ。早稲田大学卒。2011年第17回日本ホラー小説大賞最終候補となった『青と妖』でデビュー。主な著作に『暗殺者、野風』『敗れども負けず』「妖草師」シリーズなど。

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