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特集

第1回角川キャラクター小説大賞〈隠し玉〉の才能が描く、涙なくして読めない親子の物語。

取材・文:櫻坂 ぱいん

 角川文庫が主催する角川文庫キャラクター小説大賞。その第1回で受賞はならずも、その才能が評価されデビューを果たした新人・阿月まひる。デビュー作の『さよなら、ビー玉父さん』は、離婚で離れ離れになった親子が、親子をやり直そうと不器用に奔走する涙の物語。新人離れした人間描写とストーリーテリングが話題の新人、初インタビュー。
ちなみに装画は、『ふたつのスピカ』でおなじみの漫画家・柳沼行さん描き下ろし。そちらにも注目。

私の行動原理は、基本的に怒りと嫉妬なんです(笑)。

── 今作『さよなら、ビー玉父さん』は、第1回角川文庫キャラクター小説大賞の応募作ですね。これまで何作くらい書かれていたのですか? また初めて小説を書いたのはいつだったのですか?

阿月: 小説賞をとろうと思って書いたのは、これが3作目です。趣味として書いていたのは、小学生ぐらいからでしょうか。

── 初めて書いた作品のストーリーは覚えていますか?

阿月: 「カキちゃん物語」っていうお話でした。カキちゃんという女の子が悪いお百姓さんに直談判をするという話(笑)。小学2年生のときに、お百姓さんというものを私もよく分かってないままに書き始めて。立場の弱い人間が、強い人間……圧制する側に対して何かをするというのを書きたかったと思うんですけど。お百姓さん、どっちかと言うと、圧制される側だな、ということに後々気づいて。書けなくなっちゃったんです(笑)。その後、母と担任の先生に読んでもらって、「いいよ。これ。続きちゃんと書いた方がいいよ。完結させなよ」みたいなことを、言ってもらったんですけど。

── 人に見せるというのは、勇気のいることなので、すごいと思います。

阿月: 昔から自己顕示欲がすごく強かったので(笑)。

── いろいろ書いていこうと思われたのはいつごろからなのですか?

阿月: 大学生のときですね。変な大学で、学部の垣根なしに好きな授業を取れるという学校だったんです。私は社会学部だったんですけど、文芸の授業に行ったらそっちにいい先生がいて、その先生が最初に「この中で小説家になりたい人います?」って聞いてきて。そのとき私、手を挙げてなかったんですけど、周りでちらほら挙げてる子がいて、「お、これ凄くない?」って思ってるうちに、なんか私も書いてみたい……みたいな気持ちになって。書くことはそもそも好きだったので。もう当時から「手を挙げた学生にも、そうでない人にも、この教室にいる誰にも負けねえぞ」という……無駄な闘争心がありました(笑)。

── 本格的に小説家を目指そうと思ったきっかけは?

阿月: うちの大学は、4回生のときに、ゼミを途中で変更できるんです。3回生のときは出版のゼミやったんですけど、そのゼミの課題を3年生の時点でクリアしたので、4回生は別のゼミに移ろうってなって。それが文芸ゼミ。移ったことによって、本格的に賞を目指そうみたいな。最終目標が卒業論文ではなく、卒業制作だったんですよね。  ちなみに『さよなら、ビー玉父さん』の前身である応募作は、そのゼミで書いたものが下地になっています。当時は、本では主要キャラとして出てくるキャロンちゃんがいなかったんですが、息子の遊とダメな父親のコンとの関係とか、本作に収録されている1話のラストは最初からずっと変わらないままでした。だから長い付き合いなんですよね二人とは。考えてみれば。もう5年ぐらいになるのかな。

── 小説賞への応募は、以前から?

阿月: そうですね。角川文庫キャラクター小説大賞に応募する前に、別の出版社にも2作品ぐらい出してました。そのうちの1作品は、まったく一から考えたものでした。でもゼミの先生とかに読んでもらってたんですけど、「練りこみが足りない」とか言われて。じゃあ、今度の角川は、もともと書いていた付き合いの長い遊と狐を使って目を留めてもらえるように頑張ろうと思って、練りに練って応募しました。

── 応募してから選考経過を見たときはいかがでしたか?

阿月: そうですね。1次通過したときは嬉しかったんですけど、2次選考落ちたときは、正直もう自棄になって、無料で公開してやろうかという気持ちになりましたね。この作品にここで終わって欲しくなかったなぁみたいなのがあって。でもしなくてよかった。しなくてよかった、本当に。よかった、よかった。

── そもそもなぜ角川文庫キャラクター小説大賞に応募されようと思ったのですか?

阿月: これまた「ゼミの先生が、素晴らしい!」という話になっちゃうんですけど。先生が毎年毎年、その年の出版社別の賞の応募要項とかを簡潔にまとめた一覧表を全員にくれるんですよ。あと、大学の近くの本屋にキャラクター大賞作品募集のポップがあって。よしこれ目指すかと。めちゃめちゃ環境がよかったと思います。

── そういう意味では、小説にきちんと向き合う本格的な授業だったのですね?

阿月: そうなんですよ。そんなにいい授業なんですけど、今、文芸のゼミ、どころか授業までもが大学からなくなってしまって。ふざけんなよと、当時の文芸関係者全員思ってると思うんですけど……あの大学は何をしたいんだみたいな(笑)。

── ゼミは人数も含め、どんな雰囲気だったのですか?

阿月: ゼミは10人前後だったでしょうか。全体的に見ると、やっぱり女性の方が多かったですね。ただ男性の存在感も結構大きかったです。みんな遠慮せずにガンガン批判とかし合っていました。「そこには性差関係ねえぞ」「とりあえず俺よりお前の方が下手くそだからディスるぜ」みたいな感じの(笑)。  あと、それとは別に文芸部にも入ってたので、そっちでも部誌とかでコンスタントに小説は書いてましたね。

── 音楽や絵など、表現方法がいくつかある中で、小説を選ばれたのは?

阿月: むしろ一番好きなのは「絵」だったんです。この世でもっとも優れた芸術はマンガだと思ってて。  絵で表彰とかもされてたんですけど、どうもマンガには向いてないぞと、大学入ってから気づいてしまいまして。小説に行ったのは、一種の逃げかなとも思ってたんですけれど、ゼミ生たちとの話の中でそれは逃げじゃなくて、自分ができる武器が増えた、より鋭く貫ける武器があったからそっちを選んだだけのことだな、というふうに納得するようになりました。  それからは小説でしか伝えられないものもあるなっていうふうにも思うようになって、 小説もすごいんだぞって言えるようになりました。納得したら書くことが気持ちよくなったので、今はとても楽しいんです。

── もともと、本は読まれる方だったのですか?

阿月: めっちゃ読んでました。児童だった当時ゲームボーイの全盛期だったんですけど、親からゲーム禁止令を出されてて「みんな友達持ってるから買ってよ」って言っても「目が悪くなるからダメ」みたいな。  結果、今、目悪いんですけど(笑)。そんなことを言われ、娯楽がマンガとか絵本とかしかなくてずっとそればっかり読んでました。あの頃読んで、今も影響受けてるなと思うのは、マンガで言うと『あさりちゃん』ですし……親から買い与えられたからそうなったのかもしれませんが。

── 『あさりちゃん』は、阿月さんの親世代のマンガですものね。

阿月: そうですね。これだったら私も知ってるから、あんたも読めるやろ、みたいな感じだと思います。だから、いまだに『あさりちゃん』については、印象がすごく強く残ってます。  他には『カードキャプターさくら』とかも読んでましたし、児童書だったら、はやみねかおるさんとか、「パスワードシリーズ」の松原秀行さんとか、後はやっぱり、あさのあつこさんですかね。その辺りを読んでいたときの記憶は、いまだに鮮明です。大好きですね。

── 読書歴のスタートは、マンガ、児童文学だったのですね。

阿月: そうですね。マンガから入って、児童文学行って、中学校のときに本読みの友達がライトノベルを教えてくれて。ライトノベルから文芸に行ったみたいな。

── ライトノベルは具体的にはどのような作品を読まれていたのですか?

阿月: コバルト文庫とかを読んでいました。あと、やっぱり電撃文庫ですね。壁井ユカコさんの『キーリ』とか。あと、『ブギーポップは笑わない』とか『バッカーノ!』とか……その辺の世代だったんですけど。あの頃は楽しくてしょうがなかったですね。そのあたりも自分の作風の礎になっていると思います。

── そのままライトノベルには行かなかったのですね。

阿月: そのあたりの垣根も微妙ですが、西尾維新さんとか読み出したり、あと麻耶雄嵩さんとか、高里椎奈さんとか、講談社ノベルスにずぶずぶはまっていって。そのうちに、幻冬舎とか角川とかいろんなところにも目を向けるようになって。  今も、やっぱり人間の感情がむき出しになってぶつかっていくという作風の作品が好きなんです。好きな作家さんを挙げるとするなら、あさのあつこさん、壁井ユカコさん、『梨園の娘』の東芙美子さん。東さんの文章、私ほんと大好きです。あさのあつこさんは、『バッテリー』とか『NO.6』とか。中学時代から何度も何度も繰り返し読んでました。『バッテリー』のサイン会に行ったときも、あるキャラクターがめっちゃ好きなんですけど「そのキャラクターを生んでくれて、本当にありがとうございます」って質問コーナーで言ってしまいました。質問じゃないという。  あとは、水森サトリさんの『でかい月だな』。高校生のときに読んで、ちょっとズシッと来たというか。気持ちよかった。それ以来ずっと好きな作品で、いろんな人にお勧めしてるんですけど、できるだけ感性の若い人に読んでもらいたいですね。本当にすごくいいんです。高校生のときに出会えてよかったと思っています。

── そういうほかの人のいい作品を見たり、読んだりしたときに、同じ作家としてどういう気持ちになりますか?

阿月: 私の行動原理は、基本的に怒りと嫉妬なんです(笑)。社会や環境に対する怒りとか、そういうことをうまく言葉にしている人の作品を読んだときの嫉妬みたいなのがあって。私だって書いてみるわい! みたいに発奮して、こう……もう本当に嫉妬で生きているようなところがあるので(笑)。  嫉妬と言えば、私、キャラクター小説大賞の歴代の大賞獲った方全員に嫉妬してますから。もう、それがね、本屋に並んでいるの見るたびに、ギリギリギリギリしてましたね。負けへんからなぁっていう(笑)。

変わらないというのは難しいですよね。
書くからにはやっぱり成長させたいじゃないですか。

── この作品で一番書きたかったことはなんですか?

阿月: 一番書きたかったシーンは、1話目の最後でクズな父親の狐の父性が爆発するところなんです。私の親は幸いなことに2人とも健在だし、別れていることもないし、親としての愛情を注いでくれていました。そんなに恵まれた家庭にいながらにして、いざ自分が大人になって親になったときに、はたして自分は子供にどう接したらいいのか……という不安が、狐というキャラクターを生み出したと思うんです。もしかしたら、自分勝手に振る舞って、子供のことをないがしろにしてしまうかもしれない、暴力を振るってしまうかもしれない……狐は暴力は振るわないですけど、ネグレクトみたいなことはしてるんです。もちろん狐と私は性別の差があるから、親としての役割も違うんだろうなとは思うんですが、自分が親になったときのことを考えると、もしかしたら「何がしてあげられるのか」って思うことはすごく独善的なのかもしれない。そんなことは余計なお世話で、子供は勝手に育つかもしれないし、ひょっとしたら、子供の方が未熟な自分よりもずっとずっと大人なのかもしれない……そんな思いを、この物語で形にしてみたいなと思っていました。

── 阿月さんは女性なので、娘の方が書きやすかったのでは……とも思いますが、そのあたりはいかがですか?

阿月: 娘……ではなかったですね。娘だと、たぶん違うニュアンスになってしまったと思いますし。遊はやっぱり男の子でよかったんだと思います。

── 遊も狐も男ですが、心情的に分からない部分もあったかと思います。そのようなときはどう解決したのですか?

阿月: ネットを参考にしたり、周りに聞いたりしました。確かに遊の考えは、作者である私にも分からないことはあったんですけど、でも、狐の方は基本的にクズに書いておけばいいので、そっちは性差を超えて楽でした(笑)。

── ダメな父親として描かれる狐ですが、モデルはいるのですか?

阿月: いろんな人に「このモデルって僕?」とか「私?」とか「俺?」とか聞かれたりするんですけど。特定の誰かではなくて、いろんな人の集合体なんです。いろんな人のクズなところを寄せ集めました(笑)。

── 阿月さんは人間の心情を描くのがうまいと思いました。もともと人間観察は得意なんですか?

阿月: ありがとうございます。でも、決して得意ではないと思います。人の心の動きに疎いとか、デリカシーがないとか言われるので。でも「人」について考えることは好きですね。

── 主人公の狐はクズ人間ですが、人たらしなところもあって、彼の周りにはいい人が集まってきますよね。

阿月: そうそうそう。クズって言っても、いわゆるギャンブルやったり、借金とか、そういうクズさとはちょっと違った、人間としてのクズみたいな。何だろ、人間性がクズなだけで、金にだらしないとか、女にだらしないわけではない。

── そんな狐を不思議と気にかけているキャロンという女の子のキャラクターが印象的ですね。

阿月: そうなんですよ。ほんと、キャロンは出してよかった。ほんとによかった。キャロンは本当に狐と遊のぎこちなさというか、一種閉塞した世界に風穴を開け、開けつつも密接を強くしてくれる、大切なキャラクターだったので。今回彼女の話をちゃんと最後まで書けてよかったなと思いますね。

── 狐は成長しない、つまり変わらないキャラクターですが、逆に書くのは難しくなかったですか?

阿月: 変わらないというのは難しいですよね。書くからにはやっぱり成長させたいじゃないですか。例えば依存関係があったときに、その依存を脱却するのが「成長」「変化」であって、それが物語のセオリーだと思うんです。だからこの話の場合は、主人公の狐が成長してちょっと「クズ」じゃなくなる、少なくとも「クズ」成分が少なくなることがゴールなのかなと思ってたら、全然そんなことなくて、最後まで自分のことしか考えてないクズのままだったと……(苦笑)。

── 逆に息子の遊はどんどん成長していきますしね。

阿月: そうなんですよ。成長して大人になっても、狐への印象や接し方が変わらない遊って、ほんとすごいなって思います。

── この作品は3編構成ですが、一番好きな一編は?

阿月: シーンで言うと、先ほども申し上げました1話目の狐の父性が爆発するシーンですが、何話と言われると、好きなのは、キャロンと狐の話の2話目ですかね。

── 3話目では遊が大人になって登場しますしね。

阿月: 大人になった遊を書くのが本当に難しくて。ほんとに25、6歳でこんな考えできる子いるかなぁとか思って。私の精神年齢を超えていってしまった(笑)。周りの賢い人の意見とかも参考にしつつ、手探りで書いていきましたが、私以外の人が書いたら、遊はもっと賢いと思います。私にはあれが精一杯でした。

── もし阿月さんの父親が狐みたいな人物だったら、どうしたでしょう?

阿月: たぶん母親にベッタリになったと思いますね。できるだけ関わりたくないと思いますね、あんな父親だったら。でも分からないですね。遊は「父である狐」に憧れを持ってたわけですけど、遊ぐらいの年(8歳)の女の子ってたぶんもうちょっとツンとしてるというか。ませてるじゃないですか。だから、早々に親を見限って、あの人はあんなもんなのよねみたいに悟った感じになっていたかもしれないですね。もう最初から最後まで、眼中にないまま終わってたかもしれないですね。そうすると、物語にならない(笑)。

── 今作を書くにあたり気を付けた点は何かありますか?

阿月: そうですね。狐の女性との距離感ですかね。あんまりベタベタし過ぎると、書いててこっちも嫌になるし。

── そこはとても上手く描かれていたと思います。

阿月: ありがとうございます。出てくる女性が元妻やったり、ふるふわギャルのキャロンちゃんだったり、あと、茜音さんっていう最後年上の女性が出てくるんですけど、そのどれも、狐との一定の距離を意識して書きました。

── 装画は、『ふたつのスピカ』などで人気の漫画家・柳沼行さんが描かれていますね。柳沼さんの描かれた「遊」はいかがですか?

阿月: めっ……ちゃくちゃ可愛い……。です。こんなに可愛かったんだな、遊。と思いました。拝見した瞬間、自宅だったのですが叫びましたし、何事かと聞きつけてきた母ともども、携帯電話の待ち受けになりました。こんな、いたいけな子どもが、大汗を掻きながら訪問してきたってわかっててあんなリアクションしかとれないコンはもう正真正銘のクズだなあと思います。  遊をここまで可憐に、清らかに描いてくださって、柳沼さんには感謝しかありません。 実は拙作は周りから「二次元絵に向いてない作風」と呼ばれ続けていたのですが、この少年を見て紛れもなく遊だと感じました。  柳沼さんに描いていただけ たこと……本当に光栄です。宝物です。

── 今後はどのような話を書いていきたいですか。

阿月: 書きたいなと思うのは、高校生のときから自分の中で考えているキャラクターたちを別の方法で調理して、嫉妬やら何やらいろんなものをぐっちゃぐちゃにしたような話を書いてみたいですね。感情を爆発させる人間は書いていて楽しいですし、勉強にもなるので。

── みなさんにメッセージを。

阿月: 今、『さよなら、ビー玉父さん』を書き終えて、書き始めたころと作品に対する考えがずいぶん変わりました。これはもちろん親子の物語なんですが、「大人になるってどういうことなんだろう」って、一人の男が真面目に考える物語でもあったのかなって、今は思ってます。  頑張って時間をかけて書いたので、老若男女すべての人に読んでもらいたいです。楽しんでもらえればうれしいです。


阿月 まひる

大阪出身。第1回角川文庫キャラクター小説大賞に応募した「仙人系クズ男のA玉」が編集者の目に留まり、応募作に書き下ろしの2編を加えた『さよなら、ビー玉父さん』でデビュー。

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