KADOKAWA Group
menu
menu

特集

「へぼ侍やともう言わせへん!」――第26回松本清長賞受賞作『へぼ侍』著者・坂上泉さんインタビュー

取材・文:小説 野性時代編集部 

この本に注目!

「へぼ侍やともう言わせへん!」威勢よく声を上げ、西南戦争へと斬り込んだ若き一人の大阪商人がいた!
落ちこぼれ武士たちの成長譚を活き活きと描き、松本清張賞でデビューされた坂上さかがみいずみさんにお話を伺いました。


坂上泉『へぼ侍』(文藝春秋)


――本作は西南戦争の際、かつてお役御免にしたはずの士族たちが官軍として徴兵されていた、という史実に題材をとられています。

坂上:この話自体は、大学三年生の時の講義で聞いたものです。西南戦争といえば徴兵された官軍と士族から成る薩摩軍というイメージだったんですが、当時の軍の編制表を見ていると徴兵だけでは足りなくて、最後の方には大阪の道場の剣客たちを募ったという話もあり、これは面白いぞ、と。


――それを知ってすぐ書き始められたんですか?

坂上:実はもともと小説家になろうとしていたわけではないので、その時は面白い話だな、ぐらいだったんです。社会人になって、京都の天狼院てんろういん書店で小説を書く講座にたまたま参加して、せっかく大阪にいるんだし大阪をテーマにプロットを書いてみよう、と思った際にこの話を思い出しました。


――この小説が初めて書かれたものということでしょうか?

坂上:実はこの前に 1972 年ごろの沖縄の琉球警察を舞台にしたプロットを一本書いています。沖縄の警察は非常に特殊な組織で、それを題材に書いてみたかったのですがなかなかうまくいかず、次に思い付いたのがこのプロットでした。


――琉球警察もですが、今回の題材も軍隊という組織を舞台にしていますね。

坂上:組織ものといえば松本清張賞を受賞された横山よこやま秀夫ひでおさんの警察ものなどが思い浮かびますが、組織の中の倫理と個人の正義感との葛藤というのは非常に魅力的な題材です。ほとんどの人が家族や学校、会社といった組織に所属しますし、平安時代の貴族だって官僚的側面があったということを考えれば組織というのは古今普遍的に通じるテーマですよね。


――今作では、武家の出で、大阪で商人をしていた「へぼ侍」こと志方しかた錬一郎れんいちろうが、西南戦争当時の官軍で成長を遂げていく様が非常に魅力的に描かれます。どうして彼を主人公にされたのでしょうか?

坂上:実はもともと書こうとしていた話はまったく違っていて、『東海道中膝栗毛』の弥次やじさん喜多きたさんのようなおじさんたちが、うだうだ戦争に行ってうだうだ戦争しないで帰ってくるようなものだったんです。しかし、まだ 20 代の私が、それにリアリティをもたせられる自信がありませんでしたし、おじさんよりも若者の成長譚にした方が読んでいる方も面白いんじゃないかと思い、今のような話にしたんです。


――今回は舞台となった大阪、そして薩摩の方言も魅力的でした。

坂上:関西育ちなので、大阪・京都・神戸・和歌山と言ったところの微妙なニュアンスを活かして、関西弁らしさを活字で殺さずに出せるようにしたいと思って書きました。一方九州弁に関しては、九州に親戚も誰もいないので、やはり自分の血肉になっていない言葉を書くのは難しかったです。他の作家さんでも自身のルーツを活かして書かれているものは、頭の中ではなく、内側から出て来る言葉なんだろうなと読んでいてもわかります。そんな言葉を自分も書いていきたいと思っています。


――次回作の構想は?

坂上:次は戦後の大阪を舞台として、大阪府警の前身組織である大阪警視庁を書こうと思っています。大阪は戦後色々な事件・歴史の舞台になっていますが、当時の大阪について書かれた作品は少ないように感じます。ヤン石日ソギルさんや開高かいこうたけしさんのような経験者の目線ではなく、歴史の傍観者として、その視点でしか書けない新しいものを書いていきたいです。


――作家としての今後の展望を教えてください。

坂上:この先も時代ものには挑戦していきたいです。終わった時代だからこそ、舞台設定さえ整っていれば現代よりも自由に書けます。40 年前くらいだと、水戸黄門や清水しみずの次郎長じろちょう、三国志といった題材に親しみがあったり、また自宅でお祖母さんが普段和服で過ごしていたりと時代ものに通じる素地が日常の中にありましたが、今はそれが遠のいてしまいました。しかし、まだ時代ものにできることはあると思うんです。戦争が終わってから 70 年以上たっていても、戦後は時代ものの枠で扱われていませんが、これからは江戸時代といったメジャーな時代設定だけではなく、より今に近い時代もどんどん掘り起こしていきたいという気持ちがあります。

坂上 泉(さかがみ・いずみ)
1990年兵庫県生まれ。東京大学文学部日本史学研究室で近代史を専攻。2019年、『へぼ侍』(「明治大阪へぼ侍西南戦役遊撃壮兵実記」を改題)で第26回松本清張賞を受賞。同作がデビュー作となる。


紹介した書籍

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2024年5月号

4月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2024年6月号

5月7日 発売

怪と幽

最新号
Vol.016

4月23日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

気になってる人が男じゃなかった VOL.2

著者 新井すみこ

2

気になってる人が男じゃなかった VOL.1

著者 新井すみこ

3

ニンゲンの飼い方

著者 ぴえ太

4

人間標本

著者 湊かなえ

5

怪と幽 vol.016 2024年5月

著者 京極夏彦 著者 小野不由美 著者 有栖川有栖 著者 岩井志麻子 著者 澤村伊智 著者 諸星大二郎 著者 高橋葉介 著者 押切蓮介 著者 荒俣宏 著者 小松和彦 著者 東雅夫

6

家族解散まで千キロメートル

著者 浅倉秋成

2024年5月6日 - 2024年5月12日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

アクセスランキング

TOP