対談 「本の旅人」2017年11月号より

【『西郷どん!』刊行記念対談 林真理子×中園ミホ】2018年大河ドラマ原作がいよいよ書籍化。著者と脚本家によるスペシャル対談!
撮影:ホンゴ ユウジ 取材・文:阿部 久美子
「本の旅人」に連載されていた林真理子さんの小説『西郷どん!』が刊行されます。本作は二〇一八年の大河ドラマ原作に決まり、その脚本を手がけられるのが中園ミホさん。西郷隆盛と彼の生きた時代に、おふたりはどう向き合われたのでしょう。秘話満載の対談になりました。
高潔なだけでなく「人間くさい」西郷像を描きたい
中園: 『西郷どん!』は連載中から読ませていただいていて、終盤に近づくにつれ、「林さんは一体どういう着地をされるんだろう?」と興味が尽きませんでした。最後はもう涙がこぼれて仕方なかったです。
林: ありがとうございます。私も最後は泣きながら書いていました。作家人生で、こんなことは初めてです。西郷さんや前途有望な若者たちが命を散らしていくさまが切なくて……。同時に、一年八カ月の連載の間にあった辛さが思い返されて涙がポロポロ。幕末は本当に複雑で難しい。
中園: 私は林さんの原作があるから書けるんですが、この時代は大河でも何度も描かれてきているので、ドラマとしてどう新しい切り口にしていくか苦闘しています。
林: 自分の小説が、中園さんの手で素敵なドラマとして羽ばたいていくのを何度も見せていただいているので、今回もすごく楽しみです。原作はあくまで原作として、中園ミホ流に、自由に、思いきり飛び跳ねたドラマを書いてください。
中園: 頑張ります。私の両親は九州出身で、九州の人にとって西郷さんは神様みたいな存在です。私もそんなに詳しく知っていたわけではありませんが、立派な人、高潔な人格者というイメージがありました。林さんが描かれた西郷さんには、それだけではない人間味が感じられて、そこがとても魅力的です。
林: 日本人は、「清貧」と「悲劇」という二大要素が大好きです。どんなに偉くなっても、質素な家に住んで粗食を続けているような人が好き。みんなから尊敬され、慕われているその人物が、悲劇的な最期を遂げたとなると、なお情が湧く。西郷さんはまさにそういう人です。だからこそ、今も多くの人から愛されているのだと思いますが、私は立派で高潔なだけではない西郷さんの「生身の人間の部分」を浮き彫りにしたかったんです。
中園: わかります。人間って、綻びがあるから、弱さを抱えているから、面白くて魅力的なんですよね。この前に、林さんが『正妻』(講談社)で徳川慶喜と妻の美賀子を書かれましたが、私はあの人間くさい慶喜がとても好きです。トップに立つリーダーとしては困った人ですが、どこか憎めないところがある。
林: そう、ひどいなあと思うところがあるんだけど、そういう素の部分が見えることで、「この人がなぜ、ああいう行動をしたのか」が理解しやすくなると思うんです。 西郷さんは慶喜公と違って、昔も今も愛され慕われている人物ですが、「人間くさい」部分を描くことで、より愛おしい人物として感じられるようになるんじゃないか。書く前からそんなことを思っていました。

奄美の恋
中園: その生身の部分の一つが、奄美大島での恋物語ですね。連載を始められる前に、奄美大島にご一緒しました。そのとき林さんが、「西郷さんが熱烈に愛した女性が奄美にいた」という話をしてくださった。
林: 愛加那さん。西郷さんはベタ惚れだったらしいです。人と会うときにも愛加那さんを膝に乗せていたとか、そういう西郷さんの姿って、あまり知られていないんじゃないかと思ったんです。
中園: 奄美大島に送られた西郷さんは、当初、荒れていたんですよね、月照事件で自分だけ死に損なった後で。「大和のフリムン(本土から来た狂人)」と言われていたのが、愛加那さんとの出会いで変わっていった。そういう話を聞いて、私は「こういう西郷さんの姿をぜひ林さんに書いてほしい」と思いました。
林: 奄美というと、『死の棘』に描かれた島尾敏雄とミホの激しい愛の物語があります。特攻隊の隊長として奄美の加計呂麻島にやってきて、終戦を迎えたため生き残った男と島娘の恋愛。西郷さんも生き残ってしまったことに屈託を抱える中で、愛加那さんと出会う。恋の成り行きはまったく違いますが、二つの「奄美の恋」が私の中で重なったということもあったんです。ちなみに島尾ミホは、愛加那さんの一族です。
中園: その愛加那さんとのあいだに生まれた息子・菊次郎さんが、この小説の語り部。
林: ええ。菊次郎さんは鹿児島に引き取られ、その後アメリカに留学しています。西郷さんが息子を留学させていたのも、私には意外でした。十七歳で西南戦争に従軍した彼は、負傷して右脚を失う。でも、だからこそ生き残った。そういうことを知って、「息子が語る西郷さんの物語」というアイディアが湧いたんです。
史料が豊富な幕末を描く、「苦労」と「発見」
中園: 林さんが、「思い返して涙が出てきた」とおっしゃった幕末史の複雑さ、難しさを、私は今痛感しています。幕末は、ほとんど毎日、何か事件が起きています。記録がしっかり残っています。史料があるのは史実を知るうえではとてもありがたいんですが、それゆえに縛りも多くなります。大河ドラマでは歴史監修の先生が三人ついてくださっているんですが、「この人物とこの人物は、この日にここにはいられません」みたいなことを言われます。
林: そうなんですよね。私も、歴史学の先生をお招きして、編集者と一緒に勉強会を重ねていました。 『正妻』を書いたときから、幕末の大変さは味わっていたんです。でも、今思うと慶喜公はまだ楽でした。彼と関係ないところで起きている事件が多いから。だけど、西郷さんは本当にいろいろなことに関わっています。今日は越前藩邸に行き、翌日は土佐藩邸、江戸にいたかと思うと京に上っている。そうした行動がまたのちの出来事に絡んでくるので、省略できない。
中園: 実によく動きまわっていますよね。
林: 本当にそう思う。いるべきところにちゃんといる(笑)。すごい行動範囲の広さ。またそういうことがまるで日記のように記録として残っている。史料から教えられることは確かに多いんですが、さらに、最近になって新たに見つかったものも出てくる。それによって「今まではこうだと言われていたけれど、違うようだ」と新しい解釈も生まれる。何を信じてどう書いたらいいのか、困惑することもけっこうありました。史料が豊富すぎて、自由に書けない。そのあたり、ドラマではどうしているの?

中園: 大河では、監修の先生のうちのどなたかが、「まあこういうこともあったかもしれない」と言ってくださったら、よしとしようということでやらせてもらっています。もし、どなたか一人にでも「ありえない」と言われたらその案はダメだ、ということになったら、もう絶対書けません。また、史料の見極めも難しいですよね。
林: そう、何が正しいのかという信憑性の問題。私は村田新八をけっこうフィーチャーして書いたんですが、「パリで毎日オペラ座に行っていた」といくつかの史料に書いてあった。でも、念のため調べてもらったら、当時、オペラ座は普仏戦争の余波で開いていなかったことがわかった。また情報の出所がどこなのか、誰かの創作なのかというあたりもよくわからない。そういう苦労が山ほどありました。
中園: 私も、これを書き終えたら林さん同様、感無量で泣けてくる気がします。
林: 私が歴史小説を書くときの心の支えにしているのが、塩野七生さんの言葉です。「学者さんは、自分の知っていることを書く。私たち作家は、書きたいことを書く」とおっしゃっていて、この言葉に自分を奮い立たせて書いています。
中園: 私がこの作品の切り口としてすごくいいなと思ったのは、最後に「農業の国を作る」という理想に向かっていこうとするところです。
林: 西郷さんは農業立国ということを考えていた。ヨーロッパを見てきた村田新八が、そこに共鳴したと考えたんです。岩倉使節団のメンバーは、欧米の産業革命のあり方を見て、「日本もこういう国にしていかなくては」という思いを強くする。でも、村田新八はロンドンやパリで貧困層の暮らしぶりを見て、「これは人々を幸せにする国のあり方ではない」と感じた。彼が将来を嘱望されながら明治政府を去り、西郷さんについていくのは、ただ恩義を感じていたからではなく、日本がこれから目指すべき国のあり方は、「鉄の国」よりも「土の国」だと肌で感じていたからだと捉えたんです。
中園: あそこは説得力があって、グイグイ引き込まれました。その理想のために、武力で闘わないといけないところが、とても切ない。

林: 国が生まれ変わるためには、必ず犠牲が伴う。それを西郷さんだけでなく、村田新八も覚悟して西南戦争に臨んだ、というのが私の解釈です。

明治維新から百五十年
林: たまたま私のサイン会に来てくれたのがきっかけで、西郷従道さんの玄孫というきれいなお嬢さんと知り合い、中園さんにも紹介しました。
中園: 彼女、山県有朋の玄孫でもあるという血筋、「まさに生ける薩長同盟だね」と話しましたね(笑)。
林: 彼女もそうなんですが、東京に住んでいるセレブの方にお話を聞くと、親族に必ずといっていいほど、明治の元勲の名前が出てきます。そういうところで、「明治というのはけっして過去の歴史じゃない、脈々と今に生きているんだ」ということを私は強く感じます。
中園: そうですね。でも東京だけではないです。鹿児島で西郷さんの曾孫さんともお会いしてお話ししましたが、すごく現実味のあるお話がいろいろ伝わっているんですよね。
林: そうね、私も曾孫さんから「西郷家の男たちは、手が小さいんですよ。ほら、私の手も見てください」と言われて、「ああ、西郷さんはこうしてご子孫の中に生きているんだな」と思いました。 うちの母親は今年、百一歳で亡くなりましたが、大正四年の生まれでしたから、生まれるほんのちょっと前まで明治。そうやって考えると、来年で「明治維新百五十周年」といっても、けっして大昔のことではないんですよね。だから、自分のおじいちゃんが、ひいおじいちゃん、あるいはひいひいおばあちゃんの話をしているという感覚で『西郷どん!』も読んでもらえると、明治のことをより身近に感じてもらえるんじゃないかと思います。
中園: ええ、歴史ものは苦手、幕末は難しくてよくわからないと思っている方にこそお薦めしたいと思います。
林: そして来年一月から、ぜひドラマも見てください。
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