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特集

“防犯探偵”榎本径が挑む4つの密室トリック! 貴志祐介『ミステリークロック』インタビュー

撮影:迫田 真実 構成:朝宮 運河

防犯コンサルタント榎本径(えのもとけい)と弁護士の青砥純子(あおとじゅんこ)が、密室殺人の謎を解き明かしてゆく「防犯探偵・榎本」シリーズ。待望の最新作では暴力団の事務所、美術館の展示室、人里離れた山荘、海に浮かぶボートという風変わりな四つの舞台で不可能犯罪が発生します。犯人の巧妙な密室トリックと、榎本の並外れた推理力。勝つのは果たして? 本格ミステリーの魅力を満載した四つの収録作について、著者の貴志祐介さんにお話をうかがいました。

盛りつける器を変えてバリエーションを豊かに

── : 前作『鍵のかかった部屋』から六年ぶりの榎本シリーズです。この間にはテレビドラマ化という話題もありました。

貴志: 映像化されたわたしの作品の中でも、まんべんなく周囲の評判がよかったドラマでした。大野智さんの榎本もはまり役でしたし、わたしもちょい役で出演させていただいて、楽しい思い出になりました。

── : 新作『ミステリークロック』は全四編収録ですが、「ゆるやかな自殺」と「鏡の国の殺人」はすでにドラマ化されているんですね。

貴志: お恥ずかしい。半分がすでに映像化済みというのは、遅筆にもほどがありますよ(笑)。しかも「鏡の国の殺人」では、ドラマ版を原作者が参考にするという推理作家にあるまじき方法を取っています。美術館の展示室に迷路があるという状況が、書いていてうまくイメージしにくかったんですが、セットを作っていただいたおかげで位置関係がクリアになった。映像は複雑な状況も一目で伝えられるので、羨ましいですね。

── : 冒頭の「ゆるやかな自殺」は防犯コンサルタントの榎本が、暴力団事務所の鍵を開けるよう強要される、というシチュエーションの短編です。

貴志: シリーズを長く続けているとワンパターンに陥りがちです。純子に事件を持ちこまれて、そこから榎本に連絡が入って——という。毎回それではつまらない。たまには銃を突きつけられながら榎本が推理する回があってもいいのかなと。トリックをどんな器に盛りつけるか、そのバリエーションを考えるのが毎回楽しいんです。

── : 順序としてトリックが先、物語は後なんですね。

貴志: このシリーズはすべてトリックが出発点です。「ゆるやかな自殺」は自分の好きなあるパターンをまた使ってみました。現場が純粋密室であるというのもポイント。よく本当に密室だったら人は殺せないじゃないかと言われるんですが、過去の名作にそういう例がないわけじゃない。やりようによっては可能なんですよね。

── : 事務所のドアには六つのロックがかかり、窓にはステンレスの格子がはまっている。榎本曰く「めったにないくらい完全な密室」です。

貴志: 犯人が単純に出入りしたわけではない。では違う方向のトリックだろうというところまでは推測がつくと思います。四作中ではもっとも答えにたどり着きやすい作品だと思うので、頭をひねっていただきたいですね。

── : 短い作品ながら伏線もきっちり張られていますね。

貴志: 実際答えまで到達できるかどうかは別として、伏線がちゃんと張られていることは大切です。真相を読んで「金返せ」と読者が怒り出すのはまずいですから。本格ミステリーである限り、フェアプレイ性は大事にしたいです。

── : 読者の何割くらいが正解できるのが理想ですか?

貴志: そうですねぇ、惜しかったという人も含めて三割から四割くらいじゃないですか。そのあたりが読者を広く獲得できるラインだと思います。誰一人正解できなかったという作品は、本格ミステリーとしてきっと欠陥があるんでしょうね。

史上最も難しいゲラ修正を経て誕生した王道本格ミステリー

── : 二作目「鏡の国の殺人」では夜の美術館で事件が発生。展示室にある迷路が密室を作り出します。

貴志: メイントリックは以前からストックしていたものですが、いざ使おうとすると日常的な設定では難しくて、ミラーハウスのような迷路を舞台にしました。こういうお祭りみたいな作品も、たまには風変わりでいいかなと思います。

── : ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』が重要なモチーフになっていますね。

貴志: 『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』は後のエンタメ作家にとってはネタの宝庫です。『鏡の国のアリス』は登場人物の動きがチェスの駒に対応しているとも言われていて、ゲーム好きのわたしには特に気になる作品なんです。

── : 純子がアドバイスを求める萵苣根功(ちしゃねこう)という学者も、いかにも『アリス』的な雰囲気を持った変人でした。

貴志: 奇人変人を書くのはとにかく楽しいですね。次に楽しいのは悪人。書いていて一番つらいのは善人かな(笑)。純子と萵苣根のやりとりは、言葉は通じるのにコミュニケーションが取れないという、欧米の喜劇によくあるパターンになっています。

── : 純子の口からは、毎度おなじみのトンデモ推理が次々に飛び出しますね。

貴志: ついに「トンちゃん」と呼ばれるまでになってしまいましたが(笑)、別にギャグとして入れているわけではありません。純子が推理してくれることによって犯行手段が絞られたり、事件の特性にスポットが当てられたりする。唯一の解にたどり着くために必要な手順なんですよね。

── : 表題作の「ミステリークロック」は、人里離れた山荘で起こった女性ミステリー作家殺しを扱っています。

貴志: 本格ミステリーの王道ですよね。作家が山奥の館に集って、そこで殺人事件が起こる。そうしたど真ん中の作品をまだ書いていなかったので、初めて挑戦してみることにしました。良い雰囲気の作品になったと思います。

── : カルティエのミステリークロックなど貴重なアンティーク時計も登場して、時計尽くしの作品になっていますね。

貴志: あらためて眺めると時計ってよくできているんですよね。文字盤を長針と短針が動くことで時刻を表示する。人類の生み出したひとつの文化だと思います。高価なものは家が建つくらいの値段がしますし、時計には人を惹きつける魔力があるんじゃないでしょうか。

── : 精密機械のようなトリックも堪能しました。

貴志: 当初はここまで複雑じゃなかったんですが、気になる部分をいじっているうちに現在の形になりました。原理的には変わっていないんですけどね。これは書き上げてからの改稿作業がとにかく大変で(笑)、あちらを直すとこちらがずれて、という修正のくり返し。史上最難のゲラでした。

── : 作中には「本格ミステリーのトリックは、しだいに奇術化しつつある」というある作家の台詞がありますね。

貴志: 古き良き時代はトリックを思いついたらそれで一本書けたんですが、現代ではそうもいきません。トリックには必ずと言っていいほど先例があるので、見せ方でオリジナリティを出すしかない。そこは単純なタネでも演出次第で新しさを生み出せる、奇術に通じている気がします。

── : 自作について滔々(とうとう)と語りまくる、引地三郎(ひきじさぶろう)という老作家が強烈なキャラクターでした。

貴志: モデルはいないですよ(笑)。どなたにも似ないよう名前から背格好まで、細心の注意を払って描きました。引地は自分でも結構気に入っているキャラクターですね。

成長しないキャラクターたちがまっさらな状態で事件に望む

── : 「コロッサスの鉤爪」は海上の殺人事件を扱った作品。海洋調査の世界がリアルに描かれています。

貴志: たまたま担当の編集者が大学で海洋工学を専攻していたという方で、JAMSTEC(海洋研究開発機構)や魚群探知機のメーカーに取材することができました。机上で組み立てたアイデアが実現可能かどうか、実地で確かめられたのはよかったですね。皆さん、目がきらきらしていて、海の仕事が本当に好きなんだなということが伝わってきました。

── : ボートで釣りをしていた男が海上で変死。現場は実験船から二百メートル、海底のダイバーから三百メートルという密室状況です。

貴志: 密室ミステリーの醍醐味は、不可能性にあります。実現できそうもないことを、トリックを使って実現してしまうところが面白い。榎本がこれまで扱ってきたのとは違ったタイプの密室で、不可能性はかなり高いですよね。

── : まさかこんな殺害手段があったとは。犯人の大胆さに驚愕しました。

貴志: わたしだったら絶対にこんな面倒な殺し方はしませんけどね(笑)。やってできないことはないと思います。ミステリーって百パーセント確実な犯行手段を示す必要はないんです。それだと犯罪の教科書になってしまう。可能性はゼロとは言えない、やればできるかもしれない、というところまで描けたらいいんですよ。

── : 全四作、いずれもトリックが光りますが、なかでも会心の作品はどれでしょうか。

貴志: 四作すべて種類の異なるトリックを使っています。なので一概には言えないんですが、ネタの大きさからすると「コロッサスの鉤爪」かな。一発勝負のトリックなので、書き上げるまで誰かに先を越されるんじゃないかと不安でした。

── : トリックのストックはまだお持ちですか?

貴志: ドラマをもう一シーズンやるには足りませんが、単行本を一冊半出すくらいはあります。せっかく思いついたアイデアは形にしたいので、そのうちまた再開するでしょうね。

── : 『硝子のハンマー』以来十三年にわたって書き継がれてきた榎本シリーズ。書いていて一番楽しいところは?

貴志: 長年続けているのにキャラクターが誰も成長しないところ。人間関係が発展するでも賢くなるでもなく、毎回まっさらな状態で事件に向き合える。そうした〝焼き畑農業〟的なやり方は気に入っています。それまでの話を引きずった展開だと、重くて書きにくいんですよ。このシリーズではキャラクターはあくまで狂言回しで構わないと思います。

── : では、榎本のプロフィールも謎に包まれたままでしょうか?

貴志: シリーズがある程度進んだ段階で、過去にこういうことがあった、と設定するかもしれません。いや、ここまで来たらもう書かないかな(笑)。榎本については弱点を描いてみたいですね。何事にも詳しい榎本が、ある特定の分野のことだけは何も知らない。そういうエピソードも面白いんじゃないでしょうか。


貴志 祐介

1959年大阪府生まれ。96年『十三番目の人格 ISOLA』でデビュー。2005年『硝子のハンマー』で日本推理作家協会賞、08年『新世界より』で日本SF大賞、10年『悪の教典』で山田風太郎賞を受賞。

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