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特集

荻原浩『金魚姫』刊行記念インタビュー 美女に変身した琉金と青年の感動の物語

撮影:ホンゴ ユウジ 取材・文:瀧井 朝世

縄文人からサラリーマンまで、多種多様なキャラクターに寄り添い 「生きる」ことを書き続ける荻原浩さんが​、本作で​ヒロインに選んだのは、なんと金魚。​その歴史とサラリーマンの情けない日常をどうつなげていったのか、うかがいました。​
〈このインタビューは、「本の旅人」2015年8月号に掲載された記事を再録したものです〉

── 荻原さんの新作『金魚姫』は、ブラック企業に勤める青年、じゅんが金魚の琉金りゅうきんを飼い始めたところ、いきなり美女に変身して彼を驚かせます。魚に戻ったり人間になったりする彼女との奇妙な同居生活が始まる……という話ですが、金魚はもともとお好きだったのですか。

荻原: 前からすごく興味はありました。でも金魚そのものよりも、「金魚」という字や「琉金」「らんちゅう」といった品種の名前、人間が品種改良を重ねていろんな姿かたちを作りだしたというところに惹かれていました。以前それこそ「金魚」という短篇も書いたことがあるんです。  それで、また金魚の話を書こうと思い、金魚に魅せられて品種改良を重ねておかしくなっていく男の話や、遊郭に置かれた金魚鉢の金魚に遊女の姿を重ねる話など、いろんなバリエーションを考えていたのですが、この際それらをまとめてひとつの話にしてみよう、と。金魚が人間となって、いろんなことを語ることで、金魚の歴史や因縁が解明できる内容にしようと思いました。

── 潤によって琉金だから「リュウ」と名付けられた金魚姫は、実はかつて中国で恋人との仲を引き裂かれ沼に身を投げた女性の生まれ変わり。現代にいたるまで転生を繰り返してきた彼女のさまざまな前世のエピソードが挿入されますが、それらはその時考えたものなんですね。

荻原: そうです。1700年前に生まれた赤いフナに始まり、脈々と続いてきた金魚の歴史を追っていくことと、その時々の人間のおろかな欲望や妙な執着が絡み合っていく様子をコツコツと書こうと思いました。永遠の存在ともいえるリュウさんの歴史と人間のろくでもない歴史を縦軸にして、その中の一瞬にすぎないかもしれない、主人公の潤くんとリュウさんの出会いが書けたらいいな、と。過去のパートは読む人にしつこく思われないように気をつけながら、リュウさんの物語がだんだん現代に近づいてくる感じを出しました。

サラリーマンと金魚のお姫様

── 主人公の江沢えざわ潤に関しては、どんな人物像を考えていましたか。

荻原: どこにでもいる普通の男の子だけれど、ブラック企業に勤めているうえ、同棲していた恋人も出て行ってしまい、辛くて死にたいと思っている人です。潤くんほどでなくても、会社に行きたくなくて、日曜日の夕方には気が重くなる人はいますよね。僕もサラリーマン時代はそうでしたし、今もそうかもしれない(笑)。潤くんの場合は深刻で、自己診断では鬱状態にある。そういう状態になるくらい駄目な会社ということで、ああしたブラック企業の設定にしたんですけれども。

── その勤め先が仏壇仏具の会社であるところがユニークです。

荻原: いちばん清らかで人の道を説きそうな会社なのに実はブラックということで、仏壇仏具の販売店ということにしました(笑)。店舗をもたないので電話のセールスか訪問販売をするしかなく、そのために仕事がきつくなっている。実際にちゃんと経営している仏壇会社には申し訳ないんですけれど……。  それに、潤くんはリュウさんと暮らし始めてから死んだ人が見えるようになるのですが、仏壇の会社なら、死者が見えたら営業成績が上がるだろう、という考えもありました。

── 確かに、死者に導かれるようにして訪問販売をしたりと、潤の営業成績がどんどん上がっていきますね。リュウも死者といえば死者ですが、なぜ幽霊が見えるという設定にしたのですか。

荻原: 潤くんは辛くて、もう死にたいと思っている。そういう人間に、本当に死んでいる人間を見せてやろうじゃないか、それでも本当に死んでいいのか、という思いがあって、死者が見えるようになる、ということにしました。

── 死んだ人たちを介して出会うお客さんたちとのエピソードも心に残りますね。仏壇の知識も「へえ」と思うことが多かったです。

荻原: それぞれのサイドストーリーは、メインストーリーをきちんと成り立たせるために考えたものです。特別いい話を入れよう、などと考えたわけではないんです。最初は潤くん自身に自分は死者が見えるようになったと気付かせるために、死者からその人しか知らない情報が彼に伝えられる、といった内容にしました。

── 一方、リュウは前世の記憶をなくしていて、自分がなぜ現代によみがえったのかが分からずにいる。読者は歴史のパートがあるので、ある程度推測できますが、この謎でも読ませますね。

荻原: 歴史の中でのリュウさんは、実はとても怖い人。彼女の過去のエピソードは少しずつ現代に近づく順番で書いてあるので、現代にいる彼女の記憶が戻った時にどうなるのか、ということも盛り上げる要素になるかなと思いました。

── 現代のリュウは無邪気で可愛い人です。気が強くて、潤の部屋でテレビを見ては知識を吸収して知ったかぶりをする。どういう人物像をイメージしましたか。人物像といっていいのか分かりませんが(笑)。

荻原: 魚物像でしょうか(笑)。終戦の年にもちょっと生まれ変わっていますが、長期にわたって目覚めるのが明治時代以来という存在が、いきなり現代の日本に放り込まれたらどうなるかを考えました。もちろん知らないことばかりですが、もともと上流階級出身なので高飛車でプライドが高い。それでテレビを見て同世代の女の人の言葉やしぐさを一生懸命真似して、知ったかぶりをする。自分は魚ではなくて人間だと、必死でアピールするんです。

── でてくる商品名は架空のものですが、リュウが真似をする「新麦」や「もうにんぐしょっく」のCMは明らかにどれのことだか読者には想像がつく。ただ、こうした固有名詞はたとえば10年後には通じないかもしれません。創作の上で、そこはどう思われますか。

荻原: CMの台詞やしぐさに関しては、読者が読んで「あれか!」と分かるように選んでいきました。「新麦」は明らかに「金麦」だし、「もうにんぐしょっく」は缶コーヒーの「モーニングショット」ですよね(笑)。それがまったくの架空のものでは面白くなくなってしまう。現時点で読んでくれる人に楽しんでほしいので、10年後には通じるかどうか、ということは考えません。どんなに普遍性を持たせようとしても、携帯電話などは1年サイクルで古くなってしまいますから。ただ、以前書いた別の作品でいえば、文庫化の際に「チョッパー」を「妖怪ウォッチ」に変えたことがありますよ(笑)。

── リュウの大好物のえびせんは10年後もありそうですね。

荻原: 魚でも人間でも食べられて好きそうなものを考えて、えびせんを思いつきました。でも、この連載を始める時に飼い始めた金魚にあげてみたら、食べなかったです(笑)。

ラブコメから胸が熱くなる展開に

── これはラブコメとしても楽しいですね。ただ、リュウは死者であり魚でありますから、そう簡単に2人の恋がうまくいかないことは読者にも予想がつく。

荻原: 2人の気持ちがどの時点からどうなるかは、潤くんだけでなく、心理描写のないリュウさんのほうも段階を踏んで考えていました。リュウさんがCMの真似をして「ただいま増量中」と言う場面がありますが、あれは潤くんへの気持ちのことを、ギャグでごまかして言っているんです。潤くんのほうは出て行った恋人の亜結あゆさんのことが忘れられないようでいて、少しずつ心はリュウさんに傾いていっていますよね。

── 途中で、潤が自分を捨てた恋人、亜結と久々に会う場面もあります。ここでは意外なことが分かって、非常に印象的でした。

荻原: 潤くんはずっと亜結さんのことを引きずっているので、決着をつけさせるためにももう1回ちゃんと会う必要があるだろうと思っていました。でも書いているうちに、開始当初とは違った意味合いを持つ場面になりました。

── 金魚博士の長坂ながさかも強烈な印象を残しますよね。

荻原: 頂天眼ちょうてんがんをイメージして、芥川龍之介のような髪型で、眼がギョロギョロとしていて、身体が小さくて、でも尊大な奴、という人物像はすぐ出来上がりました。潤くんやリュウさんよりも先にキャラクターが固まっていたかもしれない。

── 金魚についての知識もたくさん盛り込まれていますが、改めていろいろ調べられたのですか。

荻原: ある程度は知っているつもりでしたが、調べてみると、知らないことばかりで。頂天眼という種類は知っていたんですが、水泡眼すいほうがんという、眼の左右にあぶくみたいなものがついている品種には驚きました。作中でも描写していますが、百聞は一見にしかずということで、ぜひネットで検索して見てもらいたいくらい。人間は品種を操作してこんなことまでするのか、と改めて思いました。こういう姿が可愛いとか面白いとかいう意見もあるし、希少性があるからペットとして成り立っているんでしょうけれど。

── 後半はリュウがなぜ転生を繰り返すのかという謎にも迫るうえ、二転三転の展開があって圧巻で、目頭が熱くなりました。こうした構成は当初から頭にあったのですか。

荻原: この小説に限らず、僕はあまりプロットというものを決めずに書くんです。ラストはだいたい決まっているので、そこに向かって書いていく。時々予定とは違うところに着地することもありますが、今回はほぼ、予定通りにまとまりました。

生きなくちゃ、という思い

── 荻原さんの過去の作品のエッセンスを感じる部分もありました。私が思い出したのは短篇の「押入れのちよ」と長篇『神様からひと言』です。

荻原: 確かにこれを書く時、僕も「押入れのちよ」を思い出しました。あれは引っ越したアパートの押入れに女の子の幽霊がいた、という話ですが、実は連作短篇にして最後にもう1回ちよを出し、成仏させるつもりでいたんです。ところが当時の自分は駆け出しだったので、連作短篇の話がなくなってしまった。『金魚姫』を書く時、じゃあまた違う形で、死んだ女性のことを書こうと思いました。『神様からひと言』は思い出しはしませんでしたが……。

── 『神様からひと言』はお仕事小説としても今回の作品と重なる部分がありますが、あの小説には仕事が辛くても死んだりするな、という思いがこめられていますよね。その部分が死にたがっていた潤の変化と重なったんです。

荻原: そうですね、生きているんだから寿命がつきるまで生きなきゃ、ということはことあるごとに書いている気がします。本って別に社会的な責任を背負っているわけではないし啓蒙するものでもないですよね。でも1人か2人くらいは「死にたかったけれどこの本を読んで死ぬのがバカバカしくなった」と思ってくれたら、出す価値はあるのかな、と。1冊の本で人生が変わった、と言われると、それはちょっと怖いんですけれど(笑)。たった1冊で変わるのはまずいから、もっといろいろ読みなさいと言いたくなります。

── 荻原さんの長篇は、読む人を絶望の底に突き落とすようなことはしませんね。そこが魅力でもある。

荻原: 自分自身は救いのないラストの小説を読んだり映画を観たりするのも好きですし、短篇ではそうした結末を書くこともあります。でも、自分が長篇を書く場合、長々と書いてきた主人公たちや、読んでくださった人たちを、何もすがりつくものなく放り出していいのかという思いがあります。だから決してハッピーエンドでなくても、何かしら残す感じにはなってしまうんですね。……と言いつつ、今後は分かりませんよ。人間ここまでむごくなれるのか、というものを書くかもしれません(笑)。

 
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荻原 浩

1956年埼玉県生まれ。広告制作会社、コピーライターを経て、97年『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。

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