インタビュー
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『ハイエナの微睡』刊行記念 椙本孝思インタビュー 警察小説への挑戦状~リアリティの追求と破壊
取材・文:櫻坂 ぱいん
数ある警察小説の中で、『ハイエナの微睡刑事部特別調査係』は、セオリーを破った異色の作品だ。著者はミステリ、ホラー、青春、純文学と様々なジャンルを手掛けてきた奇才・椙本孝思氏。とある宗教都市で起こる警察官猟奇連続殺人事件を追う刑事の姿を、スリリングかつエモーショナルに描いている。
必ずどんでん返しや驚きのアイデアが投じられてきた椙本作品。今作も、作品世界が一瞬で反転する、切れ味抜群の大仕掛けがほどこされ、過去最高の逸品に仕上がっている。警察小説読みならずとも、そのミステリアスな展開にグイグイ引き込まれ、そしてラスト40ページで驚愕させられるカタルシス満点の意欲作に、夏の終わりの一夜、どっぷり身を委ねてみては?
面白いのは、ありえないけど、ありえそうな形に見せるさじ加減
── : 今まで様々なテーマの小説を書かれてきましたが、今回、なぜ警察を書こうと思われたのですか?
椙本: これまで警察をテーマにミステリを書いたことはありませんでしたが、ミステリを書く上で警察の存在はたえず意識していました。たとえば『魔神館事件』や『天空高事件』では作中に警察はほとんど登場しませんが、見えないところで警察もしっかりと捜査をしていたはずです。今回はその警察側にスポットを当てたということで、特に思い切って挑戦したというつもりはないんです。
── : 本作を書きあげて、率直なご感想を教えてください。
椙本: うまく書き上げられたという達成感と、もっと深く掘り下げたかったという不足感を抱いています。しかしこの不足感は蛇足に繋がる場合も多いものです。割り切って余韻を残したという考えもあるかなと。総じて、よくまとめられたと思っています。
── : 本作を書くにあたり、難しかった点と、面白かった点を教えてください。
椙本: リアリティを追求する難しさと、それを壊すことの面白さですね。今回は特に警察という実在の組織を扱いましたので、その構造と業務を丹念に調べる必要がありました。どのような指示系統で動いているのか、どういう仕事を行い、どんな問題に直面するのか。ありえない設定にすると興醒めしてしまうので、綻びがないよう作品に落とし込む部分に苦労しました。 一方でこれはフィクションの小説作品なので、登場人物たちが自由に動き回れるように、ある程度は現実から逸脱する部分も設けなければなりません。その、ありえないけど、ありえそうな形に見せるさじ加減を考えるところが面白かったです。
── : ラストで明かされる真相が、本当に驚愕します。このどんでん返しのアイデアは、どのタイミングで思いついたものなのですか?
椙本: ある程度の展開が見え始めた時に思いつきました。警察ものを書こうと思い、舞台と登場人物と事件を組み立てていく中で、はたと気づいた感じです。その後はそのアイデアを活かすために、遡って登場人物や事件を作り変えることにしました。
── : 構造や仕掛けだけでなく、人間模様も綿密に描かれていますね。殺伐とした事件が続く中、何かを諦めているような主人公・佐築が、街で偶然助けた少女・都とかかわることで人間的な感情を取り戻していきます。都との関係も含め、佐築を描くことで心がけた点は?
椙本: 組織に属する男の現実感を意識して描きました。警察を扱った作品には、よく型破りで攻撃的でワンマンな男が主人公として登場しますが、そんな男が規律遵守の組織に勤務している状況にはいつも違和感を抱いていました。いくらやり手の刑事や、何かしら特別な存在であったとしても、それを許してしまうと組織が成り立たなくなってしまう。あるいは主人公のための組織に成り下がってしまうことに不満を感じていたんです。 それで佐築勝道は組織に埋もれた主人公として、割り切りと諦念の中で生きる男からスタートさせました。そして都と出会うことで本来の自分を取り戻すという、目覚めの要素を盛り込みました。しかし目覚めてしまったからには、もう組織では生きられなくなってしまう。その成長、あるいは迷いを見せられるように描きました。
── : 「おさまりようさん」という不気味な挨拶をはじめ、深石という宗教の街の描写が作品の雰囲気を盛り上げています。この世界観を書く上で特に気を配ったポイントはなんでしょうか?
椙本: 深石市、あるいは登場する宗教を悪の組織にはしないことです。悪の組織には悪人しか集まらないので、制度を保てずに自壊してしまいます。悪ではなく、異なる善を信奉する組織であれば、結束力は強まり、実益をもたらし、巨大化する可能性があります。もしかすると正しいかもしれないという印象から、私たちの善が脅かされる不安を描きました。
── : この作品に限らず、椙本さんの作品には、必ず驚きのアイデアが仕込まれているように思います。アイデアがあってそれが有効に使える設定を考えるのか、設定、ストーリーができているうえでアイデアを考えるのか、どちらが先なのでしょうか?
椙本: 基本的には話の流れでアイデアを思いついています。私の場合、取っかかりは極めて単純な四コマ漫画のように、起承転結や5W1Hの発想から組み立てていきます。いつ、どこで、だれが、何を、なぜ、どのようにと設定してから、その上で一番驚く展開は何だろうか、どう解決するだろうかと考えます。 今回の作品では、現代を舞台に、宗教都市で、刑事が、殺人事件を、仕事と使命感で、組織を逸脱して解決に乗り出すと設定してから、できるだけ遠くに飛躍できる展開を考えました。アイデアを先に考えることはあまりないですね。ある程度の設定やストーリーを作り上げてから、最も効果的なトリックを仕掛けます。
── : なるほど……話の流れの中から考えつくとは驚きです。今作『ハイエナの微睡』ですが、読みどころを教えていただけますか?
椙本: 陰惨な殺人現場やラストの展開はインパクトがありますが、組織から逸脱していく主人公の心境の変化にも注目してもらえたらと思います。この作品は裏のテーマに主人公、佐築勝道自身に起きる事件とその解決を盛り込みました。この点はストーリーを通じてひとつの答えを示しましたが、それが正解であったかどうかは分かりません。自分ならどういう行動に出ただろうかと想像してもらえたら嬉しいです。
作家・椙本孝思ができるまで
── : 小さいころはどのような子供でしたか?
椙本: 運動が苦手で漫画とテレビゲームばかりしているインドアな子供だったと思います。でも負けるのも嫌なので話術と知識でカバーしていました。もっと積極的に行けば良かったと今も後悔しています。
── : 作家になろうと思ったきっかけは?
椙本: 漫画をたくさん読んでいたので漫画家になりたかったのですが、絵が下手だったので諦めました(笑)。諦められる程度の情熱だったのだろうと思います。それから小説をたくさん読むようになって、自分ならこういう展開にするのになあと不満を抱くようになって、自分でも書くようになりました。まず空想を作品にしたいという思いがあって、それに向いていたのが作家だったような気がします。
── : 作家にならなければ、どういう仕事をしていたと想像されますか?
椙本: 実際に仕事でやっていた宣伝広告のライターか、映像編集やWEBデザイナーを目指していたかと思います。結局デスクワークのクリエイターという点では同じかもしれませんね。
── : 初めて自分の意思で読んだ本は?
椙本: ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』とアガサ・クリスティの『アクロイド殺し』でしょうか。私の小説の主人公に迷いが多いのはヘッセの影響があるかもしれません。『アクロイド殺し』はミステリを読み慣れていなかったので「あの」どんでん返しの妙に気づかなかった思い出があります。
── : 小説に限らず、一番影響を受けた作家、作品は?
椙本: これはもう山ほどありますが。一つずつ挙げるとすれば、小説なら安部公房、漫画なら大友克洋、映画ならスタンリー・キューブリック、ゲームなら女神転生、音楽ならキング・クリムゾン、絵画ならルネ・マグリット、アニメならジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日、あたりですね。
── : 表現ジャンルにかかわらず、面白そうなことならコミットしてみるのですね。ちなみに、今一番興味あることは何でしょうか?
椙本: AIやロボットなどの最先端分野は常に関心を持っています。とはいえ技術的な側面ではなく、それが社会と人の暮らしに与える影響に興味があります。AIやロボットがより身近な存在になれば、当然そこで事件も起きるだろうなと。そこから小説のストーリーなどを考えて遊んでいます。
── : 様々なジャンルの作品を書かれていますが、本来一番好きなジャンルは何なのでしょう?
椙本: やっぱりミステリですね。私の作品はどのジャンルでもベースにミステリの要素が含まれています。警察や探偵がいなくても、誰かが殺されなくても、主人公の身に事件が起きて解決するという展開はどんな小説にも当て嵌まるものだと思っています。 ちなみに、どんなジャンルを書くにも、中学生が読んで楽しめる小説を意識しています。これは子供向けという意味ではなく、中学生が読んで面白いと思える小説なら、大人が読んでも面白いと思えるからです。舞台が大人の社会でも、専門的な分野であっても同じです。読者には小説の世界にすっと入り込んで欲しいと思っています。分かりやすさが大切です。
── : なるほど、確かに椙本さんの作品には、世代を超えて面白いと思える要素が必ず仕込まれているような気がします。今後はどのような作品を書いていきたいですか?
椙本: これからもジャンルにとらわれず、自分にしか書けない小説を目指していきたいですね。私の小説の主人公は常に私自身であり、読者ご自身でもあります。それがどぎついホラーに巻き込まれるか、本格ミステリの扉を開けるか、あるいは他の世界に入り込むか。小説という世界を一緒に楽しめる作品にしたいと思っています。書きたいテーマはいくつもありますが、それはまだ内緒にしておきます(笑)。
── : 最後に読者の方にメッセージをお願いします。
椙本: 『ハイエナの微睡』は私の中でもまた新たな試みとなる作品です。お馴染みのジャンルでどんな新しい展開を持ち込めるか、良い意味で読者の期待を裏切れるかを考え続けて書き上げました。そんなのアリかよと叱られるかもしれませんが、それも狙い通りです。警察小説が好きな方もそうでない方も、ぜひご一読ください。