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特集

映画「楽園」公開記念特別対談 『犯罪小説集』原作者・吉田修一×俳優・綾野剛 【第3回】人間にとって真の“楽園”とは

撮影:小嶋 淑子 聞き手:大内 弓子  構成:アンチェイン 

さまざまな犯罪にまつわる人間模様を、実際に起きた事件をモチーフに描いた短編ミステリー『犯罪小説集』(角川文庫)。そして、本書を原作とした映画「楽園」が10月18日に公開決定。特別対談3回目は、吉田修一さんと綾野剛さんが、映画のネタバレギリギリまで語り尽くす白熱の対談。映画のタイトルである「楽園」が指すものとは? 一文字も目が離せない濃密なトークをお楽しみください。
 ▷【第1回】どんなことがあっても、人は生きていかなくてはいけない
 ▷【第2回】犯罪の舞台となる土地に宿る“におい”

◆ギリギリの人生を描いているけれど、タイトルは「楽園」

吉田: 僕ね、瀬々さんが書いた脚本のラストシーンを読んだときに、本当にちょっと震えたんですよ! でも完成した作品を見たら、それを超えていた。一言で言って圧倒されました。

綾野: 僕もあのシーン好きです。

吉田: とくにラストの、Y字路で登場人物たちが交差する一瞬のシーン。あの一瞬が、すべての始まりだと思うんです。犯罪がいいとはもちろん思いませんけど、人間が起こしうるひとつの事実を見せられた気がします。

綾野: いろんな人間のいろんな人生のギリギリの部分が描かれていますよね。

吉田: ギリギリの人生を描いているけれど、タイトルは「楽園」なんだよね。でも、このタイトルが、僕としてもいちばんしっくりきています。

綾野: 今回、修一さんが書いた『犯罪小説集』の中の2編をもとに、瀬々さんが映画化して、「楽園」というタイトルになりました。実は瀬々さんがタイトルを考える場に同席していて。みんなでお酒を飲みながら、「タイトル、何がいいかな」みたいな話をしていたんです。僕が「『悪』とかはどうですか」って冗談めかして言っていたら、その後も「悪罪」とか「悪手」など、みんなが出すタイトル候補にはだいたい“悪”が付いていた。

吉田: (笑)。きっと、その後だと思うんだけど、実は僕も「タイトル決定会議に来てください」って言われて行ったんですよ。

綾野: そうだったんですか。

吉田: 伺ったときには、候補が100くらいありましたかね……。で、これは長い会議になるんだろうなって思った(笑)。でも監督が、わりと早い段階で「タイトルは『楽園』でいきたいんだよね」とおっしゃって。僕もそれを聞いてこれしかないなと思ったし、すとんと落ちてきた。“ああ、監督は「楽園」を撮りたいんだ”って思ったら、とても腑に落ちました。あの長いリストは何だったんだっていう……(笑)。

綾野: 僕も「楽園」っていうタイトルを聞いたとき、目の前が開けた感じがありました。タイトルの力って本当にすごくて。豪士を演じながら、常に目線のその先に目指していたものは「楽園」でした。それを失ってしまうと、ほんとうにただの容疑者にしか見えなくなってしまうので、「楽園」を探すことだけは諦めなかったです。

吉田: タイトルって大切ですよ。本当にいいタイトルだと思います。

綾野: 豪士を生きながら、豪士の求めた「楽園」って、何なんだろうって考えていました。

吉田: 見つかりましたか?

綾野: 彼を生きて思ったのは、豪士は抱きしめられたかったんだなということです。人のぬくもり、人の体温が欲しかった。誰かに……母親に……かもしれないし、そうでないかもしれないけど、抱きしめられたかったんだと思います。ただ、不思議と生きていて辛いという感覚はなかったです。彼は「わかっている」んです。海外から母親とともに日本へ移り住んで、周囲に友人もいなくて、いじめられて育った豪士は、自分の置かれた状況をよくわかってる。そういう理解力もある彼が、どうしようもなく自分の呼吸が熱くなってしまうときっていうのはあって。そういうとき、自分なりの冷却装置を働かせて、こみ上げてくるマグマを抑えて生きている。

吉田: 「彼はわかっている」という綾野くんの言葉、本当にその通りだと思う。もしも豪士が少女失踪事件の犯人だとしたら、その時点で自分と違うと思ってしまうし、犯罪者じゃなくとも、彼はああせざるを得なかった……という悲しみですよね。いまの話を聞いて僕が思い出すのは、豪士が部屋で一人でコンビニ弁当を食べているところです。あそこは、彼の孤独や幸福など、いろんなことを象徴しているシーンだなと思いました。

綾野: テレビのお笑いの番組を観ながらクスクス笑って。

吉田: ああいう時間を過ごせることが「幸せだ」と言いきってしまえば、それはきっと幸せな瞬間になるんですよね。いまどきのコンビニ弁当はおいしいわけだし、お笑い番組を観て笑える。でも、自分がこの瞬間が「幸せだ」と言いきれないこともわかっている。

綾野: 生活のために偽ブランド品を売りさばく日々、男グセの悪い母親との関係、コミュニケーション能力の問題、人種差別、地域になじめない疎外感がありますから。

吉田: そう。豪士は孤独を経て、いろいろわかりすぎているっていうのかな。監督がタイトルを「『楽園』でいきたい」と言ったときに腑に落ちたのは、「どんなことがあっても、人は生きていかなきゃいけない」っていう、希望への第一歩を踏み出す力みたいなものを、「楽園」っていう言葉で表しているんじゃないかなと思ったからです。

綾野: そうですね。そして、豪士にとっての「楽園」っていうのは……端的に言うと「朝が来る」ってことだと感じました。

吉田: ああ、なるほどね。

綾野: 「それでも朝が来てくれる」ってこと。本当に、それだけでした。

吉田: 逆に、愛華ちゃんは“明日”が奪われちゃったってことなんですよね。

綾野: 普通の人なら当たり前のように明日に向かって生きていけるわけですが、この映画に出てくる人たちは、自分からなかなか明日を迎えにいけないんですよね。「ああ、今日も朝が来てくれた」っていう、この感覚は大事だと思います。

吉田: そういえば、杉咲花さんが演じる紡の物語は瀬々さんのオリジナルで、紡は愛華が誘拐される直前まで一緒にいた“事件の当事者”であり愛華の親友。彼女も辛いものを背負っているわけだけど、彼女は、この作品の要のような役割を果たしてくれていましたね。だから余計に、瀬々敬久ワールドがぐっと入ってきている感じがして、僕の原作というより、瀬々さんの映画になっているな、と、思ったんです。

綾野: 原作小説と映画において言えるのは、やっぱり最良の共犯者になれる関係ってことですよね。

吉田: 「青田Y字路」と「万屋善次郎」の物語が、映画となって、深いメッセージ性を持ってくれた。原作小説と映画ってあまり比較したことがなかったけど、瀬々ワールドによって、エンターテインメントとしての映画が持つ力をあらためて実感させられましたね。「悪人」という作品のときは、李相日監督と一緒に脚本を書かせてもらったんです。そうすると、自分は「脚本家」として参加しているので、その時点では「原作者」という意識じゃないんですよ。そうやって脚本を書いていると、途中、みんなから「原作のほうがいい」って言われることがあるんです。そう言われちゃうとやっぱり悔しくなって(笑)。綾野くんがお守りみたいに持っていたって言ってくれたけど、僕自身、全く一緒なんです。自分が書いたものなんだけど、原作に戻ればなにか答えがあるはずっていう、唯一頼れるところだったんですよね。

綾野: 小説の力ってすごいですよね。

吉田: あらためて、今後も皆さんの心に届くような小説を書いていかなきゃいけないなって思いました。

綾野: 楽しみに待ってます。

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吉田 修一
1997年『最後の息子』でデビュー。2002年『パレード』で第15回山本周五郎賞受賞、同年『パーク・ライフ』で第127回芥川賞を受賞。19年『国宝』で第69回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

綾野 剛
2003年俳優デビュー。14年、主演映画「そこのみにて光輝く」などにて第88回キネマ旬報ベスト・テンなど数々の主演男優賞を受賞。17年、主演映画「日本で一番悪い奴ら」で第40回日本アカデミー賞主演男優賞を受賞。今後の公開待機作に、映画「閉鎖病棟−それぞれの朝−」(11/1公開)が控える。
スタイリング:申谷 弘美 / ヘアメイク:石邑 麻由
(衣装:パンツ…HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE/¥28,000+税 スニーカー…UNDERCOVER/¥22,000+税)

「楽園」
10月18日(金)公開
監督・脚本/瀬々敬久
原作/吉田修一
出演/綾野剛、杉咲花、佐藤浩市ほか
https://rakuen-movie.jp/
©2019「楽園」製作委員会

(あらすじ)
ある夏の日、地方都市のY字路で少女失踪事件が起こる。12年後、同じ場所でふたたび悲劇が起こり、町営住宅に住む豪士が容疑者として浮上する。一方、近くの集落で愛犬と暮らす男が村八分に遭い、孤立していく。ふたつの事件と当事者たちの運命が交差する緊迫のミステリー。吉田修一の小説『犯罪小説集』(角川文庫)より「青田Y字路」と「万屋善次郎」を映画化。


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