2018年に作家生活10周年を迎える吉川英梨さんが新たにスタートさせたのは、警察学校を舞台とした警察ミステリ『警視庁53教場』。タイトルにも使われている「教場」とは、警察学校における「クラス」のこと。『教場』から始まるシリーズが累計46万部を超える大ヒットとなっている長岡弘樹さんとの「教場」対談が実現。警察学校という題材の魅力からお互いの執筆方法まで、語り合っていただきました。
教場を舞台にした二つの作品
──お二人は初対面だそうですね。
長岡: はい。『警視庁53教場』、面白く読ませていただきました。僕が知らない情報がたくさん出てくるので、ヤバいヤバいと、そういう意味でもドキドキしながら(笑)。警察学校小説に、強力なライバルが現れてしまいました。とてもよく取材されてますね。
吉川: 知り合いに刑事をされている方がいて、その方がたまたま中野と府中の警察学校の両方を知っていたんです。
長岡: それは羨ましい情報源ですね。「53教場」はシリーズ化されるんですよね。どんどんお書きになってください。偉そうな言い方ですけど。
吉川: いえいえ、そんな。ありがとうございます。「教場」シリーズの長岡さんと対談なんてまさかまさか、と思っていたのでお会いできて嬉しいです。受けてくださるそうです、と編集者さんから言われて、時が止まりました(笑)。長岡さんの小説は行間からにじみ出る落ち着きがすばらしいな、と思っています。私は前のめりになって書くほうなので、こういう落ち着きがほしいな、と。
長岡: 吉川さんはエネルギッシュな文体ですよね。物語に引き込まれました。『警視庁53教場』をお書きになったきっかけは?
吉川: 教場を舞台にした文庫書き下ろしシリーズを書いて欲しいという依頼を受けたのがきっかけです。これまで教場をお書きになっているのは長岡さんだけなので、早速読ませていただきました。付箋を貼りながら。
長岡: ありがとうございます。僕の場合は、たくさんの作家さんが警察小説を手がけているので、手をつけてないのはどこかなと考えたら、教場くらいしか残っていなかったというのがホンネです。正直言って反響が大きかったのは意外でした。これまで書かれていなかったからウケたのかなと思いましたけど。
吉川: 警察ものなのに日常ミステリ的な部分もあるのは珍しいですよね。堅いものと柔らかいものの奇跡のコラボ、みたいな。
長岡: 参考になる資料が少なくて苦労しました。一冊目を書いた時には警察学校を出たばかりの警察官の方から話を聞いたのと、某県の警察学校を外側から眺めた程度。あとは元警察官の方が書いた本のなかにチラッと書いてある情報が参考になったくらいで、ほとんど想像で書いたんですよ。吉川さんに刑事の方を紹介してほしいくらいです(笑)。

キャラクターの作り方
──長岡さんの「教場」シリーズには教官の風間公親という人気キャラクターがいます。吉川さんの『警視庁53教場』の主人公、五味京介にどんな印象をお持ちですか。
長岡: 五味は教場時代から成績優秀で色男。いまは捜査一課でバリバリやっている。典型的なヒーローだなと思いながら読んでいったら……意外な事実がわかって印象が変わる。驚くと同時にやられたなと思いました。新たなタイプのヒーローの誕生だなと。キャラクターのつくり方が非常にお上手ですね。
吉川: 『教場』シリーズの風間はバックグラウンドがまったく語られないじゃないですか。結婚しているかどうかさえ。それなのに顔が見える。すごいと思いました。最新刊の『教場0』も、風間の片目が見えなくなったエピソードが絶対に出てくるはずと思ってドキドキしながら読みました。
長岡: 五味はどうやって生まれたんですか。
吉川: まず主人公は事件を解決しなければならないので、捜査能力は絶対に高くないとだめですよね。とすると、完全無欠ではつまらないのでどういう欠点をつくるか考えました。それを今回、物語の最後に持ってきています。あとは思いつきかな。主人公の名前を姓名判断にかけたり、いつもけっこう考えますね。年表もつくります。世相がこうだった時にこう思ったとか、初恋は? どういう親に育てられたか? とか。プロットを何十枚も書くので、そのなかで自由にしゃべらせるうちにキャラクターが固まってきますね。いざ書く時には年代だけは確認しますけど、年表には囚われず彼らの生の声を大事にしながら書いていくようにしています。長岡さんはどうされていますか。
長岡: 僕の場合は、最後に読者を驚かせることが狙い。あくまでネタ重視で、登場人物は逆算で考えます。最後に提示される情報ができるだけ効果的になるようにキャラクターをつくっています。僕は典型的な短篇型で、最後のワンストロークで読者を驚かせたい。物語よりもアイディアが好きって言い方をよくします。アイディアをつくるのが好きなんですよ……しんどいですけど(笑)。
吉川: 長岡さんの作品を読んでいると、よくこんなにたくさんアイディアを思いつくな、と驚かされます。実は私、中短篇が苦手なんです。一つアイディアを思いついたらそれにいろいろつけてふくらませていく長篇のほうが書きやすい。登場人物それぞれに人生がありますから、遠くの誰かが転んだだけで、影響がある。波紋のように広がっていくのが人間関係だと思うので、それをぎゅっと凝縮して書く。だからついつい長くなっちゃう。上手く収められないんですよね。
長岡: ちょうど僕と真逆ですね(笑)。たしかに『警視庁53教場』を読んでいると、一人ひとりのキャラクターの裏にある事情がわかって、ハッと意表を突かれるということが何度もありました。とくに驚いたのは、広野というキャラクター。父親が殉職していることで腫れ物のように扱われている。警察は殉職者の家族に弱いというのはなるほどなあ、と思いました。
吉川: そこは私の想像です。というのは、殉職者が出ると全国の警察を募金箱が回るという話を聞いたことがあるんです。それで殉職者の息子が警察に入ったらきっとこうなんだろうなと。
長岡: 広野は殉職者の息子だということを盾に傍若無人に振る舞う。その一方で、父親を罵倒してくれた教官にありがとうという。その屈折の仕方にすごくリアリティがあって印象に残りましたね。
吉川: 広野が教官の小倉に傾倒していくというところは最初はなかったんです。書いていくうちに、広野は本当は父親のことを憎んでいるだろうなと思うようになりました。彼を倒してくれる人を待っているんだろうなと。それであのシーンが出てきたんです。

成長を描ける教場
──教場を舞台にした小説を書くことの魅力を教えてください。
吉川: ジャンルは警察ものですけど、学園青春ものっぽい雰囲気が出せるのがいちばんの魅力だと思います。若さ故の失敗とか、師弟関係とか。警察小説の場合、一つの事件を通して誰かの成長を描くというのが理想的なんですが、主人公が中年だったりするといまさら成長って? みたいな(笑)。
長岡: 『警視庁53教場』は現在と16年前を相互に描いていきますね。その構成も教場ならではだと思いました。教場を出てからそれぞれどうしているんだろう、ということは「教場」シリーズを書いていても思いますから。その一例を見せていただいているなと思いました。それに学校は読者が誰でも経験しているので、事件現場よりも親しみを持ってもらえるのかな、と思いますね。『警視庁53教場』の次回作はいよいよ現在の教場が舞台になるわけですよね。やがて五味の娘の結衣ちゃんが警察官になるのかなと予想してますけど。
吉川: えっ、そうですか? まだそこまでは考えてないですけど(笑)。登場人物って作者が予期しないことをしたりするので、私にもまだわからないです。
長岡: どんな展開になるか楽しみにしています。