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レビュー

令嬢から下働きへ転落。それでも強く生きる少女の姿を描く、世界的な名著!――『小公女』文庫訳者あとがき

文庫巻末に収録されている「訳者あとがき」を特別公開!
本選びにお役立てください。

小公女』訳者あとがき

訳者あとがき

 フランシス・ホジソン・バーネットが一九〇五年に発表した『小公女』をお届けする。これでバーネットの代表作である『小公子』(一八八六年)と『秘密の花園』(一九一一年)を含めた三作すべてが拙訳で角川文庫に入ったわけで、大人にとっては懐かしいバーネット作品をぜひとも現代的な完訳で読み直し、感動を新たにしていただければと願っている。もともとは児童文学として書かれた作品でもあるし、古めかしい難解な言葉は使わずに読みやすく訳すことを心がけたので、小学校高学年以上のお子さんにも楽しんでいただけると思う。

【小公女というタイトルについて】

『小公女』の原題は A Little Princess で、直訳すると「小さな王女さま」だが、『小公子』のあとがきで経緯を説明したように、日本では『小公子』『小公女』というタイトルが定着しているので、それを採用した。同時に、本文中でも、「公女」という言葉を使うことにした。「公女」は辞書では「貴族の家の女の子」と説明されている。セーラは貴族ではないが、苦難に耐えてりんとして誇り高く生きる姿勢に、「王女」や「プリンセス」などの甘い響きのある言葉よりも、「公女」という気品と風格のある言葉の方がふさわしいと考えたからだ。ふだん聞き慣れない言葉ではあるが、この作品世界では「公女」とセーラを結びつけて考えていただければと思う。そして最後まで読んだときに、やはりセーラは「公女さま」だと納得していただければ幸いだ。

【バーネットの経歴と『小公女』の成り立ち】

 バーネットの経歴については『秘密の花園』でご紹介したので、詳しくはそちらを見ていただくことにして、ここでは本書に関連した部分だけ簡単に触れたいと思う。一八四九年に生まれたバーネットは一八七三年にスワン・バーネットと結婚して、一八七四年に長男ライオネル、一八七六年に次男ヴィヴィアンを授かった。『小公子』はこの次男をモデルにしたのではないかと言われている。
 そして一八九〇年、長男ライオネルが結核でこの世を去った。さらに一八九八年には離婚、一九〇〇年に十歳年下のスティーヴン・タウンゼンドと再婚するものの、二年足らずで破局した。したがって、ライオネルが闘病していた頃から、二度の結婚のたんまでの十数年間は、バーネットにとって苦しい時期だったのではないかと想像する。そうしたらん万丈の時代の後に書かれたのが、『小公女』だった。
 そもそも、『小公女』は、一八八七年から一八八八年にかけて〈セント・ニコラス〉誌に連載された『セーラ・クルー』という作品を下敷きにしたものだ。『セーラ・クルー』はロンドンやニューヨークの舞台で公演されて好評を博し、そのおかげで『セーラ・クルー』を手直しして長くし、『小公女』として出版することになったという。
 本書のあらすじについては、おそらく説明するまでもないと思うが、セーラ・クルーという少女を主人公としたロンドンの女子寄宿学校が舞台の作品だ。最初は華やかな学校生活が描かれるが、数年後に父が亡くなってセーラが貧しくなってからは、使用人としてこき使われるつらい日々がつづられている。裕福なときもおごることなく弱者への気遣いを忘れなかったセーラは、一転して貧しくなり、つらく悲しい目にあっても、決して卑屈にならず、やさしさと品位と誇りを失わずに生きていく。その姿はまさに公女さまで、読む者の胸を揺さぶられることだろう。


小公女
著 バーネット 訳 羽田 詩津子
定価: 836円(本体760円+税)


【セーラを支えた想像力】

 一八九三年に原著が出版された『バーネット自伝 わたしの一番よく知っている子ども』(かんりん書房 まつしたひろやけおき編・訳)には、『小公女』で登場するエピソードがいくつも見られるので、本書の主人公セーラには、バーネット自身の姿が色濃く投影されているようだ。連載から脚本へ、さらに長編へと作り変えられる過程で、主人公のセーラはバーネット自身の幼少期の記憶によって肉づけされ、より魅力的な少女になっていったのだと思う。
 とりわけ、バーネット自身の幼少期の経験がそのまま生かされている人形の描き方は興味深い。『バーネット自伝 わたしの一番よく知っている子ども』ではこんなふうに書かれている。「その子」というのはバーネット自身のことだ。

 物語やロマンス、悲劇、冒険などのかたちで、文学がその子の想像力を刺激するようになってから、人形は、夢中になれるおもしろいものとして姿をあらわしました。そして、いったん登場すると、退場することはありませんでした。その子が大きくなって、人形がいつもヒロインを演じていたわくわくする場面に幕が下ろされるまでは、ずっと活躍し続けたのです。
 ここが、肝心なところでした。人形ではなくて、ヒロインだったのです。
 人形をヒロインにするには、想像力が必要でした。

 同じように、『小公女』でも、セーラは人形が歩いたりしゃべったりできると信じている。

 お人形っていうのはね、こちらに知られないようにしているけど、実はいろいろなことができるんだと思うの。もしかしたらエミリーは本当に本が読めて、しゃべれて、歩けるけど、部屋に誰もいないときにしか、そういうことをしないのよ。それはエミリーの秘密なの。だって、お人形がいろんなことができるってわかったら、人間に働かせられるでしょ。そのせいで、お人形たちはお互いに秘密にしようって約束しているのよ。(p24)
 アーメンガードがもっとも心を奪われたのは、人形についてのセーラの空想だった。人形は人が部屋にいないときは歩いたりしゃべったり、やりたいことが何でもできるけれど、その力を秘密にしておかねばならないので、人が部屋に戻ってくると、「稲妻みたいに」素早く元の場所に戻るのだという。(p39)

 なお、人形が人間の見ていないときにふつうにしゃべったり歩いたりするという設定は、Racketty-Packetty House, as Told by Queen Crosspatch(一九〇六年)という子ども向けの作品でも使っている。この作品では新旧ふたつのドールハウスの住人たち、すなわち人形たちの生活が描かれていて、舞台でも上演されるほどの人気を博した。
 ここであきらかなように、人形が人間と同じようにふるまえるとセーラが信じたのは、「想像力」のおかげだった。さらに、自伝の「その子」が想像力でお話を作り、「ひとりきりではないときは、いつも、ささやき声か小声でしゃべりました。誰にも聞かれたくなかったからです」と書かれているように、セーラもまた、「遊ぶときに、わたし、自分でお話を作って、それを一人で話すのよ。ただ、それを人に聞かれたくないの。人に聞かれていると思うと、だいなしになっちゃうから」(p36~37)と語っている。
「その子」は人形と演じたドラマをやがて書き留めるようになり、学校のしゆうの時間に友人たちにお話をしてとせがまれると、自分の作ったお話をするようになる。

 聞き手はとりこになってしまいました。夢中になっているその表情を目の当たりにして、歓びや恐怖の叫び声を聴くのは、物語を作り始めたばかりのその子にとって大いに励みになりました(以下、略)

 同じように『小公女』のセーラもまた教室でお話を披露する。

 物語の世界にすっかり入りこみ、語っている物語の中で登場人物たちとともに冒険をしていたのだ。語り終えたときには、興奮のあまりすっかり息を切らしていることもあり、ドキドキしているやせた胸に片手をのせ、照れたようにそんな自分をそっと笑った。(p56)

 セーラにとって、幼い頃から物語は喜びを与えてくれるものだった。やがて、セーラは父親を亡くし、一文無しになるという不幸に見舞われる。つらく悲しい目にあっても、心を癒やし、生きる力を与えてくれたのもまた物語だった。

 わたし、空想が大好きなの。空想ほどすてきなことはないわ。空想していると、ようせいになったみたいな気分になれる。一生懸命に空想していれば、まるでそれが現実みたいに感じられるのよ。(p93)
 お父さまはわたしのことを変わっていると思っていたけど、わたしが作るいろいろなお話が好きだったの。わたし、お話を作らずにはいられないのよ。もし作らなかったら、生きていけそうにないわ。(p144)

 寒く雨が降るひどい天候の中、お使いに出され、耐えがたい空腹を抱え、ぬかるんだ泥の中を穴があいて水が浸みてくる靴で歩いているときにも、セーラがものいの女の子にパンを分け与えられるほど強くいられたのは、こういう物語を紡ぐ想像力があったおかげだったのだと思う。想像力こそ、人が人らしく苦難に立ち向かい、強く生きていくための力だ、そんなふうにバーネットはわたしたちに語りかけているような気がする。
 ただし、セーラの想像力はたんにつらいことから逃避するための道具ではなく、人生をより豊かにしてくれる存在だった。そもそも、何不自由のない幸せな日々を送っていたときから、セーラは想像力を駆使して物語を作り、空想の世界で楽しんできたのだ。
 終盤に〝魔法〟がふるわれたとき、不思議がりながらも、セーラはそれを素直に受けとることができた。それは想像力によってセーラの心に栄養がたっぷり与えられていたからではないだろうか。もしも同じことがミンチン先生に起きたらどうだっただろう。これは何かの陰謀では? と疑ってかかり、損得勘定をしたにちがいない。

【セーラのやさしさ】

 もうひとつ、セーラが苦難を乗り越えて幸福を手にできた要因は、想像力に加え、人に対するやさしさを持っていたからだと思う。バーネットはそれをこんなふうに説明している。

〝与える人〟として生まれついた者は手も開いているし、心も開いているものだ。そして、手は空っぽのときがあるかもしれないが、心は常に満たされているので、そこからさまざまなものを人に与えることができる。温かい思いやり、親切な行動、やさしさ、助力、慰め、笑い。とりわけ心の底からの陽気な笑いは、何よりも大きな力になるものだ。(p81)

 セーラはアーメンガードやロッティや下働きのベッキーを、いつもやさしく気遣ったし、見知らぬ物乞いの少女にも思いやりを示した。なによりも、インドの紳士に対してはやさしさと同時に、大きな許しも与えたと言えるのではないだろうか。わずか十一歳の少女が、いわばかんじよの心を持つというのはなかなかできることではない。その意味でも、セーラは「公女」と呼ばれるにふさわしい人間として描かれていると思う。ラストで、「公女であり続けようと努力していたんです」ときっぱりとミンチン先生に言うセーラの誇り高い姿は感動的だ。

 ここで白状すると、訳者もセーラのように空想と想像の世界に浸って少女時代を過ごした。それだけにセーラには特別な親近感を覚え、魅力的な物語世界をお届けするために心を砕いた。読者のみなさんにもはつらつとしたセーラを感じていただくことができれば、これ以上の喜びはない。
『小公子』で人の心のやさしさと純粋さが持つ力を、『小公女』で想像力と誇りの大切さを、『秘密の花園』で自然の力と再生について、バーネットは描いた。いずれも現代に通じるテーマで、悩み多き現代人にこそ必要な素養であり、苦難の時代を乗り越えていく武器にもなりうるものだと強く感じる。バーネットの作品は百年以上前に書かれたものだが、そこに生きる人間の本質は昔も今も変わらない。名作とは、まさにそういう人間の普遍の姿を描いたものなのだ、と本書を訳し終えてしみじみと感じている。

作品紹介



小公女
著 バーネット 訳 羽田 詩津子
定価: 836円(本体760円+税)

令嬢から下働きへ転落。それでも強く生きる少女の姿を描く、世界的な名著!
裕福な家庭に生まれ、最愛の父のもと公女のように育てられたセーラ。7歳でロンドンの寄宿学校にあずけられると、持ち前の知性とやさしさでたちまち人気者に。ところが、11歳の誕生日に父の死と破産の知らせが届くと、セーラの境遇は一変。酷薄な校長は、セーラを屋根裏部屋に追いやり、食事や衣類も満足に与えず下働きとしてこき使う。だがセーラは、過酷ないじめに耐えながらも、心だけは「公女のように」と振る舞う。そんなセーラに、ある日魔法のようなできごとが起こり……!
『秘密の花園』『小公子』とともに、いまなお世界中で読みつがれるバーネットの最高傑作を、読みやすい新訳で!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000038/
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