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レビュー

文学史に残る二字熟語をタイトルに掲げた物語が描く 誰かには正しくなくても、私にとっては正しい選択

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。
物語を愛するすべての読者へ
ブレイク必至の要チェック作をご紹介する、
熱烈応援レビュー!

朝井リョウ『正欲』(新潮社)



 日本文学には、新しい二字熟語の発見、という歴史的側面がある。それはすなわち、新しい概念の発明だ。朝井リョウが「作家生活十周年記念の書き下ろし作品」として発表した長編のタイトルは、間違いなく後世まで記録されるだろう。「正欲」。
 目にしただけで、イメージが溢れ出す。日本社会には「正しい」とされる「性欲」と、そうではない(とされている)ものがある。多数派は自身の持ち得たものが当たり前すぎて、「正しさ」を疑うことが(でき)ない。本作は、少数派の視点に立つ。
 まず現れるのは、謎めいた話者の語りだ。〈たとえば、街を歩くとします。/すると、いろんな情報が視界に飛び込んできます〉。まるでVRゴーグルを装着したかのように、話者にとってはこう見える、こう感じられるという世界の有り様を追体験していく。〈私はずっと、この星に留学しているような感覚なんです〉。その理由は明示されないまま章が変わり、二〇一九年七月に発覚した事件のネット記事が五ページに亘って引用される。記事のキャッチは〈児童ポルノ摘発、小学校の非常勤講師や大企業の社員、大学で有名な準ミスターイケメンも 自然豊かな公園で開催されていた小児性愛者たちの“パーティ”〉。
 以降は章が変わるごとに視点人物が変わる、多視点群像形式で進む。検察官、寝具販売員、大学生……。誰が事件を起こしたのかは、冒頭の記事に記されている。この物語の関心は、事件によって本質があぶり出された、彼らの人生そのものにある。
 著者はデビュー作『桐島、部活やめるってよ』において、身長が高い方が圧倒的に有利なバレーボールを題材に取り入れ、どのような身体や才能を持っているか、どのような家族の元に生まれ、生まれながらにどのような「籤」(一昨年刊行『どうしても生きてる』最終話のタイトル)を引き当てたかが、人生を決定付ける、という悲しみを物語の中に盛り込んだ。その悲しみは、本作にも引き継がれている。個人の性的指向は、少なくない割合で後天的なものではなく、生まれながらのものであることは現代医学が伝える事実だ。「私はなぜ〝この自分〟として生まれたのか?」。根幹にあるのは、古今東西の物語が書き継いできたアイデンティティを巡る問いかけなのだ。しかし、本作の凄みはラスト一〇〇ページにある。登場人物たちが、アイデンティティを自認するところでは終わらない。自認したアイデンティティを、行使する。
 吉田修一はデビュー十周年で『悪人』(二〇〇七年)を発表し、作家としての新境地を開拓した。『正欲』も『悪人』同様、刑事事件を真ん中に置いた多視点群像形式のミステリーであり、実はラブストーリーであるという点においてもシンクロしている。ところが、ラストで噴出する世間VS.個人の戦いにおいては、逆を向いた。その瞬間、世間へと広まるうちに急速に意味が薄まり、むしろ人々の分断を促すようになった「多様性」の一語が、真の意味を取り戻す。自分の幸せは、自分で決める。幸せの種類は、個人の数だけ存在する。読み始めの尖った印象とは裏腹に、最後に手渡されるものは、圧倒的な普遍。
 朝井リョウが、新次元に突入した。

あわせて読みたい

凪良ゆう『神さまのビオトープ』(講談社タイガ)

男性が男性を愛する社会的マイノリティの恋愛=ボーイズラブの分野で最前線を走ってきた著者が、初めて一般文芸で発表した小説。第3編「植物性ロミオ」の登場人物が抱くマイノリティ性は、『正欲』の想像力とダイレクトに呼応する。本屋大賞受賞作『流浪の月』も併せて読みたい。


書影

『神さまのビオトープ』凪良ゆう(講談社タイガ)定価792円(税込)


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