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レビュー

天地創造から6000年、天国と地獄との間に最終戦争が勃発し――抱腹絶倒コメディ『グッド・オーメンズ』

 待てば海路の日和あり。いやむしろ、捨てる神あれば拾う神ありと言うべきか。ニール・ゲイマンの単独長編『墓場の少年 ノーボディ・オーエンズの奇妙な生活』が二〇一九年二月に文庫化されたのにつづき、プラチェットとゲイマンの最強タッグが放つ爆笑ハルマゲドン大作『グッド・オーメンズ』が、単行本刊行から十二年を経て、こうしてめでたく角川文庫におさめられることになった。その原動力は、全六話の連続ドラマ版がアマゾン・プライム・ビデオで配信されること(詳細は後述)。テリー・ギリアムによる『グッド・オーメンズ』映画化プロジェクトは暗礁に乗り上げたが、ようやく映像化が実現したことを心から喜びたい。ぱちぱちぱち。
 もっとも、著者の片割れ、ニール・ゲイマンの代表作『アメリカン・ゴッズ』は、同じアマゾンで二〇一七年からドラマ版が配信されているのにいまだ文庫化されていないし、短編「パーティで女の子に話しかけるには」が映画化されても、収録短編集『壊れやすいもの』が復活する気配は一ミリもなかったわけで、そこから考えると、今回の『グッド・オーメンズ』文庫化は大英断。今度こそ、世界的に有名な二人のクリエーターによる唯一無二のこの長編が、日本でもそれにふさわしい人気を得ることを祈りたい。

 先に書誌的なことを書いておくと、Good Omens: The Nice and Accurate Prophecies of Agnes Nutter, Witch(『グッド・オーメンズ 魔女アグネス・ナッターの精緻かつ的確なる予言の書』)は、ともにイギリスの人気作家であるテリー・プラチェットとニール・ゲイマンの合作長編として、一九九〇年五月一日、英国ゴランツ社から(アメリカではワークマン社から)ハードカバーの単行本で刊行された。
 その当時、ニール・ゲイマンはまだ二十代の若手コミックライター。一九八九年一月にDCコミックスでスタートした人気アメリカンコミック『サンドマン』シリーズのライターとして華々しい成功をおさめ、世界に名を馳せていた時期だが、長編小説を書くのはこれが初めて。しかし、大先輩であるプラチェットから合作を打診されたゲイマンは二つ返事で引き受けた。いわく、「ミケランジェロから、天井画を描くけどいっしょにやってみないかと声をかけられた見習い小僧みたいな気分だったよ」。
 禿頭に丸メガネと顎髭がトレードマーク(当時)のテリー・プラチェットは、ハチャメチャ異世界ファンタジー〈ディスク・ワールド〉シリーズなどで知られるベテラン。『銀河ヒッチハイク・ガイド』のダグラス・アダムス亡きあと、英国一のコメディ作家と言っても過言ではない巨匠だが、二〇一五年三月、六十六歳の若さで惜しまれつつ世を去った。
 ともあれ、本書の原書刊行時点では、コミック界の革命児が、人気ナンバーワンの巨匠との合作で小説デビューを果たしたわけで、日本で言えば、若き日の松尾スズキが筒井康隆と合作したようなもんですね。これで面白くならないわけがない。
 インタビューその他によれば、合作中、二人は毎日のように長電話でプロットを相談し、それぞれ原稿を書き進めるスタイルをとった。インターネットが一般化する前の時代とあって、原稿はフロッピーディスク(という薄型記録メディアがあったのです)を郵便でやりとりし、担当キャラクターを交換したり、相手パートに加筆したりで、最終的にはどっちがどこを書いたのかよくわからない状態にまで溶け合って、小説が完成したらしい。『サンドマン』の締切を抱えて、ゲイマンのほうに時間の余裕がなかったため、実際にキーボードを叩いた分量はプラチェットのほうが多かったが、内容に関しては五分五分の合作だとか。
 この合作で小説に開眼したのか、ゲイマンはその後、次々に単独長編を発表。『ネバーウェア』(96年)を皮切りに、みずからプロデューサーをつとめて映画化した『スターダスト』(99年)、ヒューゴー賞、ブラム・ストーカー賞などに輝く前述の『アメリカン・ゴッズ』(01年)と、話題作をたてつづけに刊行する。ヒューゴー賞、イギリスSF協会賞などに輝く『コララインとボタンの魔女』(02年)は、ヘンリー・セリック監督がストップモーションアニメとして映画化。他に『アナンシの血脈』(05年)、ニューベリー賞、カーネギー賞、ヒューゴー賞などを受賞した児童文学『墓場の少年 ノーボディ・オーエンズの奇妙な生活』(08年)、短編集『壊れやすいもの』(06年)、The Ocean at the End of the Lane(13年)、『物語北欧神話』(17年)など多数。『サンドマン』の外伝にあたる『夢の狩人』で天野喜孝とコラボレートしたり、『もののけ姫』の英語吹き替え版の脚本を書いたり、日本との縁も深い。そのゲイマンにとって、小説家としてのキャリアのスタートとなったのが本書。『グッド・オーメンズ』は、いろんな意味で非常に重要な作品なのである。
 内容についても、あらためて少し触れておくと、タイトルのgood omensは「良い兆し」「吉兆」の意味だが、元ネタは、日本でも大ヒットしたリチャード・ドナー監督の名作ホラー映画『オーメン』(76年)。グレゴリー・ペック演じるアメリカの外交官ロバート・ソーンが、ローマに赴任中、生まれてすぐ死んだ我が子の身代わりに、同日同時刻に誕生した別の赤ん坊を神父から託される。が、ダミアンと名付けられたその子は、666(獣の数字)を刻まれた悪魔の子──世界に終末をもたらすべく地上に送り出された反キリストだった……。製作費二八〇万ドルの低予算映画ながら、数々のショッキングなシーンが話題を呼び、アメリカ国内だけで興収六千万ドルを超える大ヒット。その後、『オーメン2/ダミアン』(78年)、『オーメン/最後の闘争』(81年)、『オーメン4』(91年)とシリーズ化されたほか、リメイク版『オーメン』(06年)やTVシリーズ版(16年)もつくられるほど、いまだに人気が高い。
 この映画『オーメン』の出だしをそっくりドタバタ喜劇として語り直したのが本書の冒頭部分。外交官の赤ん坊を反キリストと入れ替える完璧な計画が成功したと思ったら、赤ん坊は取り違えられ、英国の片田舎タッドフィールドのごく平凡な家庭でだれにも監視されないまますくすくと成長していくことになる。
 物語の主役は、エデンの園の東門を守る天使アジラフェールと、イヴにリンゴを食わせたヘビ(悪魔)のクロウリー。対立陣営に属しているのに、なにしろつきあいが長いのでけっこう仲がいい。人間界の気楽な暮らしにすっかりなじんだこの二人が(しゃべくり漫才の合間に)ハルマゲドンによる人類絶滅をなんとか食い止めようと右往左往する話が、まあ一応はメインストーリーになる。もっとも、P・G・ウッドハウスやダグラス・アダムスの諸作と同じく、物語の九割は英国流ユーモアでできているので、ギャグまたギャグの連続。ぱっと開いて二、三ページ読んでみてくすりとも笑えなかった人は、適性がないとあきらめたほうがいいかもしれない。
 たとえば、開巻劈頭へきとうは天地創造ネタ。地球は紀元前四〇〇四年十月二十一日の午前九時前後に創造された。この結果わかるのは、地球はてんびん座生まれだということ。この物語が始まった日、タッドフィールドの無料広告紙の星占いによれば、てんびん座の運勢は、「……サラダを食べるのは避けましょう。救いは思わぬ方向からもたらされるかもしれません」というものだった……などなど。
 クルマの中に二週間以上放置された音楽媒体はすべてクイーン化するとか(フレディ・マーキュリーが歌うバッハのロ短調ミサ曲など)、何度もくりかえされるギャグも。これなんか、映画『ボヘミアン・ラプソディ』大ヒット後のいま読み返すとさらに含蓄が深い……かも。
 細かいくすぐりや短いコントがつながって、なんとなくひとつの物語になっているわけで、大人計画の舞台を小説化したような感じと言えば、当たらずといえども遠からずか。ジェローム・K・ジェロームやP・G・ウッドハウスのユーモア小説の愛読者はもちろん、松尾スズキやケラリーノ・サンドロヴィッチの芝居が好きな人、漫才やコントに目がない人など、お笑い好きのみなさん全般に広くおすすめしたい。
 最後に、ドラマについても少し。脚本はニール・ゲイマン自身が担当、『シャーロック』や『ドクター・フー』を手がけたダグラス・マッキノンが監督し、二〇一九年五月三十一日からアマゾン・プライム・ビデオで全六話が配信される。クロウリー役は、『ドクター・フー』で十代目のドクターを演じたデヴィッド・テナント。アジラフェール役は、『クィーン』『フロスト×ニクソン』『アンダーワールド』などで知られるマイケル・シーン。さらに、ゲイマンが直接交渉して、ベネディクト・カンバーバッチがサタンの声の役で出演するという。ちなみに、同じゲイマンの代表作『アメリカン・ゴッズ』は、前述したとおりひと足早くドラマ化され、同じくアマゾン・プライム・ビデオで、二〇一七年に第一シーズン全八話、二〇一九年に第二シーズン全八話が配信され(予定含む)、第三シーズンの製作も決定している。こちらの文庫化にも期待したい。

ご購入&試し読みはこちら▶『グッド・オーメンズ 上』
・電子版では、「上下 合本版」も発売中。

◎俳優・池内万作さんによるレビューでは、冒頭の朗読もお楽しみいただけます→天使と悪魔、魔女にUFO。あらゆる「兆し」が終末に向けて暴れ回る痛快コメディ


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