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レビュー

不世出のアイドル・滝沢秀明が愛した「怪盗」が江戸の町を飛び回る痛快時代小説!『鼠、地獄を巡る』

 作家生活が四十年を超え、著書も六百冊を数える、ミステリ界不動のトップランナー・赤川次郎。
 人気のバロメーターのひとつが、映像化作品の多さだ。これまでたくさんの赤川作品が映画やドラマになっている。しかも一度きりではなく、たとえば一九八一年に薬師丸ひろ子主演で大ブームを巻き起こした『セーラー服と機関銃』(角川文庫)は、その翌年に原田知世主演でテレビドラマ化。そして続編『セーラー服と機関銃・その後―卒業―』(同)が二〇一六年に橋本環奈主演で映画化された。また、赤川ミステリの代表作ともいえる〈三毛猫ホームズ〉シリーズ(角川文庫、光文社文庫)は、一九七九年の石立鉄男主演版を皮切りに、連ドラ・単発を含め五度もドラマになっている。直近では二〇一二年の相葉雅紀版が記憶に新しい。いずれも原作のシリーズ一作目が出たのは七〇年代であるにもかかわらず、二〇一〇年代の今に至るまでその時代ごとの人気俳優やトップアイドルの主演で、新しい姿を見せているのだ。いかに赤川作品が普遍的な面白さを持っているかの証左に他ならない。
 そのひとつが、著者唯一の時代小説〈鼠〉シリーズである。
 江戸時代化政期に実在した怪盗の鼠小僧次郎吉じろきちをモチーフに、赤川次郎が大胆なアレンジを加えたこのシリーズは、本書『鼠、地獄を巡る』が第九作となる。泥棒の次郎吉と妹の小袖こそでを中心に、江戸の町で起きる事件をときには鮮やかに、ときにはこっそりと解決するトラブルシューターものにして、粋でカッコいい痛快娯楽時代小説だ。
 このシリーズがNHKで最初に連続ドラマ化されたのが二〇一四年。次郎吉をタッキーこと滝沢秀明が演じて好評を博し、二〇一六年には第二弾が制作された。ドラマについては脚本を担当された川﨑いづみさんが第七作『鼠、狸囃子に踊る』の巻末解説に詳しく書かれているので、そちらをご参照いただくとして。タッキーはこのドラマの後、自身が座長として演出を手掛けるジャニーズの舞台「滝沢歌舞伎」にも〈鼠〉を取り入れた。ファンの方なら、舞台どころかホールじゅうを所狭しと飛び回るタッキー次郎吉に歓声をあげたことが一度ならずあるだろう。
 この文庫が刊行される二〇一八年十二月、タッキーは芸能界の表舞台を引退する。あの〈鼠〉がもう見られないのは残念でならないが、多くのファンに、時代小説や時代劇の面白さを教えてくれたことに、心から感謝したい。
 そんなトップアイドルが自身の舞台に取り入れるほど惚れ込んだ〈鼠〉。
 多作の人気作家・赤川次郎の、たったひとつの時代小説である〈鼠〉。
 他のシリーズとは一線を画すその魅力は何なのか。それは時代小説だからこそ描ける〈正義〉と〈矜持〉にあるのでは、と私は見ている。

 主人公は〈鼠〉の異名を持つ泥棒、次郎吉。狙うのは金持ちだけで、金は盗んでも人は殺さない。もちろん秘密の稼業で、普段は通称〈甘酒屋あまざけや〉の遊び人で通っている。情に厚く、他人が困っていると自分に得がなくてもつい手助けしてしまう性格。
 この次郎吉とW主人公と言えるのが、長屋で一緒に暮らす妹の小袖だ。普段はおきゃんな娘だが、小太刀の腕は玄人はだし、細かい危険に気づく眼力も兄に匹敵する。
 他に長崎で蘭学を学んだ女医の仙田せんだ千草ちぐさと、くるわの下働きから次郎吉が引き取り、千草のもとで助手を務めるおくにが、ともに三巻から登場。以降、すっかりレギュラーとして定着した。そうそう、米原よねはら広之進ひろのしんを忘れてはいけない。ドラマから逆輸入されたキャラで、小袖と同じ道場に通う侍だが腕はイマイチ。時折コメディリリーフとして登場する。
 彼らレギュラーメンバーが事件に巻き込まれたり頼られたりして、次郎吉がその知恵と腕で解決する――というのが基本的な構成だ。
 本シリーズの人気が高い理由は多々あるが、まず驚かされるのが、バラエティに富んだ事件の数々だろう。事件が起きて次郎吉が解決する、というのはどれも同じなのに、本書収録の六作を見ただけでも、武家のお家騒動あり農民の問題あり、大店おおだなの家族の物語あり。旅先の事件もあれば、ごく近所の長屋の事件もある。しかも知恵と策略で解決するものもあれば、立ち回りで悪を退治するものもある。本格ミステリばりのトリックや意外な真相に驚かされるものもある。一作ごとに目先を変え、まったく飽きさせないのだ。
 だが目先は変わっても、その根底に流れるものは同じだ。それが前述した〈鼠〉シリーズの魅力の一つ、〈正義〉の描き方である。
 次郎吉が出会う事件は、貧乏な庶民や子ども、女性、あるいは浪人や末端の武士など、弱い立場の者が理不尽に虐げられるものが多い。まだ本編をお読みでない方のために作品名は明かさずにおくが、本書にも重い年貢に苦しめられる農民や、武家や大店の保身のために犠牲になる使用人の話がある。また、自分の利益のために他者を殺めて何とも思わない者も登場する。
 江戸時代は身分の区別が厳しく、下の者は声をあげることすら許されなかった。対抗手段を何も持てなかった時代なのだ。だから世直しものの時代劇は「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」のように、実は庶民に見せかけた権力者だったという設定が多い。権力者でなくては悪を斬ることも庶民を守ることもできないからだ。
 だが〈鼠〉は、一介の町人でありながら正義を行使する。まずそれがいい。しかもそれらは大上段の世直しではなく、苦しむ者がいたら手を貸す、間違っていることには立ち向かうという当たり前の正義だ。
 ヒーローである。正義の味方である。ところが本書所収の「鼠、今宵は月明り」のこんなセリフに、思わずどきっとした。

「どうせ誰しもいつかは死にます。手前はいずれ磔になって、首をさらされる身ですからね」

 次郎吉の痛快な活躍につい忘れかけていたことを、この一言が思い出させた。彼は当たり前の正義を行使するために、盗みや、時にはそれ以上の悪事を働いているのである。なんと奇妙な逆転の構図であることか。そして自分の行いが悪事であることを、次郎吉自身も重々承知しているのだ。これは真っ当な手段では正義が果たせない社会への抗議の物語と言っていい。
 真っ当な手段では正義が果たせない――それは江戸時代に限った話ではないことを、現代に生きる私たちは知っている。だからこそ、次郎吉の活躍に胸がすくのである。

 もうひとつ、本シリーズの人気を支えているのがキャラクターたちだ。これが二番目の魅力〈矜持〉につながる。
 本シリーズは次郎吉と小袖のW主人公と書いたが、このふたりがまったく対等のタッグであることに気づかれたい。赤川作品で男女コンビが主人公というのは複数あるが、〈三毛猫ホームズ〉シリーズの片山かたやま兄妹(あるいは片山刑事と雌猫ホームズという組み合わせでもいい)にしろ、〈夫は泥棒、妻は刑事〉シリーズ(徳間文庫)の今野こんの夫妻にしろ、〈幽霊〉シリーズ(文春文庫)の永井ながい夕子ゆうこ宇野うの警部ペアにしろ、基本は探偵とワトソン役の組み合わせだ。ユーモアミステリというジャンルのため、片方はおっちょこちょいだったり暴走気味だったりという役割を担うことも多い。
 だが本シリーズの次郎吉と小袖は違う。小袖も次郎吉同様、ひとりで悪人と対峙し小太刀で退けるなど朝飯前。不穏な空気を嗅ぎ取ったら、視線ひとつで次郎吉と連携して動ける。危ない場所に小袖ひとりで行かせるほど、次郎吉は彼女の力を信頼している。
 前述の、「どうせ誰しもいつかは死にます」という次郎吉のセリフのあと、小袖が助けに入り「まだ兄を死なせるわけにはいかないのです」と言う場面がある。兄が泥棒なのはわかっている。その上で、今果たそうとしている正義は全力でサポートする。悪事を自覚しながら信念に従う次郎吉と、自らが剣の前に立ちふさがり兄を守る小袖。ふたりの矜持が前面に出てくる場面だ。痺れる。
 それは医者の千草も同じだ。医者としての矜持が本シリーズの随所に覗く。女性が一方的に守られる立場ではなく、三人それぞれ得意分野を持ち、戦いの中で背中を預けあうチームとして描かれていることが、多くのファンを獲得している大きな理由ではないだろうか。
 他の登場人物もそうだ。お国も、「鼠、山道に迷う」のおてるも、辛い過去を抱えている。けれど彼女たちはそんな過去も呑み込んで、笑いながら元気に今日を生きている。自分の仕事と呼べるものを見つけて、そこに向かって邁進している。
 身分の上下が厳しかった時代に、彼らのように矜持を持ち、信念に従って明るく生きる姿は、現代の閉塞感の中で生きる私たちにとって、とても眩しく、力強く映る。

 今は〈正義〉も〈矜持〉も、見えにくい時代になってしまった。だからこそ赤川次郎は、それを時代小説に託して描いているのではないだろうか。
 矜持を持って、正しいことを――。〈鼠〉シリーズには、そんなメッセージが込められているように思えてならないのである。


>>赤川次郎『鼠、地獄を巡る』


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