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レビュー

これからの“作家・加藤シゲアキ”がここにある!青年期の焦燥を鮮やかに描いた『傘をもたない蟻たちは』

「なぜ小説を書きたいと思ったのか?」という問いは、小説家になると案外よく聞かれる。
 最近は「離婚後、子供を大学に行かせるためのお金が欲しかったから」と紋切り型に(取材がスムーズに終わるように)答えてはみるものの、正直なところ、それだけじゃないよな、という、ざらりとしたものが心に残る。
 私は三十五歳くらいの頃、小説を書いておかないと死ぬときに後悔するかも、と思った。どんなに仕事をしてもたいしてお金をもらえないライターの仕事、どんどんと亀裂が大きくなっていく夫との関係、たくさんの言葉をつくしても心が通じたとは一度も思えなかった母への思い……そういうものをひっくるめて雑に言ってしまうと、私は激しく苛立っていた。この気持ちをなんとか言葉にしたい。それが高じて、小説を書くという衝動を抑えきれなかった。そのとき私のなかには、「アイワナビーアナ~~キ~~」と叫ぶステレオタイプのパンクロッカーが確かにいたのだ。
 加藤シゲアキさんが、なぜ小説を書き始めたのか、私は知らない。
 加藤さんが活躍されている芸能界のこともアイドルの世界のことも詳しくはない。けれど、加藤さんが小説を書こうと思ったいちばん最初の動機には、何かに対する激しい苛立ちが含まれていたはずだ。デビュー作はもちろん、その後の作品、そして、今作の『傘をもたない蟻たちは』を拝読して、同じことをまた強く思った。
 この本に収められた七つの短編は、その作品の立ち位置も、登場人物も、物語の運びもそれぞれ異なる。いわば、いろいろな味が楽しめるアソートチョコレートのようなもので、さまざまな切り口の加藤シゲアキ的世界を楽しむことができる。拝読して改めて思ったことだが、加藤さんの文章力の高さ、物語の運びのうまさ、というのは、もっと多くの人に評価されなくてはならない。
 そして、どの作品も読んだあとに、さわやかな余韻が心に広がる……という作品ではない。心にあたたかな火が灯るようなものでもない。
「登場人物に共感できたからこれは良い本!」「読んだあとにほっこりした気持ちになりました!」という、昨今ありがちな感想や風潮に同調することを、最初からきっぱりと否定している。
 私は後味が悪い作品が好きなのでむしろ大歓迎なのだが、書き手がこういう作品を好んで書くとき、やはり、何かに対する(それは具体的な誰かとか、何かではなく、目には見えないけれど、今の時代にかすかに漂う不穏な空気だったりもする)苛立ちや反抗のようなものが多く含まれているのではないか、という気がするのだ。
 どの作品にも共通しているのは、青年(人間の成長過程における一時期。広く社会のなかで自立していく時期)の苛立ちや困惑、狼狽ろうばい、動揺……である。それを加藤さんは正確な筆致で描いている。正確に、とは、登場人物の感情の動きや、立ち居振る舞いに不自然さがない、という意味だ。
 そして、どの作品も視覚的である。これは加藤さんの作品の大きな魅力のひとつだと思っている。どれを読んでも、容易に映像が目に浮かぶ。小説を書くことは、たった一人で映画を作ることではないか、と思うことがある。監督、カメラマン、脚本家、それをぜんぶ自分一人で、やる。加藤さんの小説を読んでいると、加藤さんのカメラはステディカムのように思える。つまり、レールの上の台車やクレーンに載せて撮影しているのではなく、カメラマン自身である加藤さんがカメラを持って撮影しているような(描写しているような)、ほかの小説にはあまり見ることのできない臨場感が加藤さんの作品にはあるのだ。
 以前に対談をさせていただいたときにもお話ししたが、作品のなかで使われるモチーフの使い方も相変わらずうまい。『Undress』で登場した「エンジェルナンバー」という言葉を目にしたときは、「そこに目をつけるなんてずるい!」と思わずにいられなかった。こういうアイテムが登場人物に奥行きを与えることを加藤さんは作家として本能的に理解している。
 若い男性が登場する『染色』や『Undress』、まさに小説家が主人公の『恋愛小説(仮)』などの作品は、主人公を加藤さんの姿と重ねて読む方も多いかもしれない。加藤さんご自身のお気持ちはわからないが、私は小説にそういう読み方があっても良いと思う。加藤さんの小説世界では、加藤さんが監督であり、カメラマンであり、脚本家なのだから、主演であっても、もちろんいいのだ。
 加藤さんが「アイドルでもあり小説家」ということが、小説を書くうえで、どういうデメリットがあるのか、その本当のところは私にはわからない。けれど、本が売れないこの時代、自分の本をたくさんの方に読んでもらうためには、どんな武器でも使いましょうよ、と素直に思う。アイドルである加藤さんの本だから、と加藤さんの本を読む人も多いだろう。けれど、そうやって本を手にとった方たちをがっかりさせるような作品を、加藤さんはこれまで一冊も書いていないからだ。
 余計なことだと百も承知であえて書くけれど、加藤さんは、書き手としての自分の力をもっと信じるべきだ。心からそう思う。
 どの作品も甲乙つけがたいが、次に加藤さんが書く世界が垣間見られたかな、と感じたのは、最後の一編『にべもなく、よるべもなく』だった。根津じいや純の兄のキャラが最高にすばらしい。え、加藤さん、こんな風景や人物の内面までも書けるの、と空恐ろしい気持ちにすらなった。
『にべもなく、よるべもなく』に限らず、この本には加藤さんがいつか書くであろう作品の種がそこかしこにかれている。それを見つけることができただけで、私はうれしかった。
 書くことをやめる、とは絶対におっしゃらない方だと思っているが、アイドルと小説家を両立されることの底知れぬ大変さに、もしかしたら、心がくじけることがあるかもしれない。それでも、これからもどうか書き続けてほしいと思う。
 加藤さんの新しい作品を待っている方は、加藤さんご自身が考えている以上に、この世のなかにはたくさんいるのだから。


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