『大名行列』で小学館児童出版文化賞を受賞した絵本作家シゲリカツヒコさんの受賞第一作となる新刊『だれのパンツ?』が出版されました。団地の前の公園で遊んでいたら、空からパンツが落ちてきた!? 持ち主に届けようと団地に入ると、住んでいたのはカメレオンにおばけ……。奇妙な世界に迷い込んだ主人公タロウの壮大な冒険のお話を、シゲリさんならではの巧緻な筆致で描き込んだ一冊です。刊行を記念して、絵本作家になるまでのことや新刊の制作エピソードなどを伺いました。
緻密な描写のルーツは、子ども時代に読んだ人体図鑑
―― 絵を描くのは子どもの頃から好きだったのですか。
シゲリ:そうですね。友達と遊ぶよりも家で絵を描いている方が圧倒的に好きでした。小さい頃よく描いていたのは、ウルトラマンの怪獣。当時は録画もできないから、テレビで一回見ただけなんですが、それを思い出しながら描いていました。
小学校高学年の頃には、漫画の模写もしていましたね。週刊少年ジャンプで連載していた『荒野の少年イサム』が大好きで、ひたすら描き写していました。他にも模写している同級生はいたんですが、みんなサインペンを使っていたんですよ。でも僕は、家にあった製図用のつけペンを使って描いていました。つけペンで描くと線に強弱がついて、ぐっとプロっぽい仕上がりになるからです。友達からも描いて描いてとリクエストされるようになって、それがまたうれしくて、たくさん模写しましたね。
当時の夢は漫画家で、自分でも何度もストーリー漫画を描こうとしたんですが、たいてい扉絵だけで終わってしまって(苦笑)。めげずにストーリーを作り続けた人だけが漫画家になるんでしょうね。
――絵本を読んだ記憶はありますか。
シゲリ:子どもの頃は、ストーリーのある絵本は全然読んでいなくて、とにかく図鑑ばかり見ていました。図鑑は家に何冊かあったんですが、特に夢中になったのが人体図鑑です。人体の機能を機械の絵で解説している部分があって、それが面白くてね。いつも見ていたので、その図鑑だけボロボロになっていました。
その流れで、石ノ森章太郎さんの『人造人間キカイダー』も大好きでしたね。キカイダーは体が右と左の半分に分かれていて、左側の頭や体からは中の機械が透けて見えてるんですが、その機械部分がとにかく好きで。自分でもそれを真似て、人間のアウトラインを描いた中に鉛筆でぎっしりと機械を描いていました。目のところにレンズを入れてみたり、関節にはスプリングを描いてみたり、自分なりに細かく描き込んでいくのが楽しかったんです。
――シゲリさんの緻密な絵のルーツはそのあたりにありそうですね。
シゲリ:そうですね。人間の体を機械っぽく見せるというのは『ガスこうじょう ききいっぱつ』という絵本のアイデアにもなっています。
――絵本作家としてデビューされるまでは、どんなお仕事をされていたのですか。
シゲリ:僕は絵の専門学校を出ているんですけど、学生の頃は写実画ばかり描いていたんですね。自分の技術を見せつけたい、というような思いもあって、とにかくリアルな絵ばかり描いていたんです。でも、あまり仕事がなくて……学校を出てすぐはバイトをしながら、医学書の解剖図やゲームの背景などを描いて暮らしていました。
そのうち装丁の仕事もするようになったんですが、懇意にしていた方が1988年に創刊された週刊誌「AERA」のアートディレクターになって、僕にもイラストの仕事をたくさんくれるようになったんです。月曜に依頼を受けて金曜には納品するような流れだったので、そこで納期に合わせて短期間で仕上げる方法を勉強させてもらいました。仕事の内容としては、ただリアルに描くのではなくて、風刺というか、何かしらひねりを加えて描いてほしいというリクエストが多かったので、ただ写実的に描くのではなく、自分なりのアイデアを込めて描く面白さも知りました。
好きな妖怪を仕事として描く喜び
――絵本の世界に足を踏み入れたきっかけは?
シゲリ:妻(たかすかずみさん)が絵本の仕事をしていたので、以前から興味はあったんです。『きつねのでんわボックス』という絵本で読者の方々からたくさん感想をもらっていたのを間近で見て、すごくいいなと。イラストの仕事では、見た人の感想を聞くチャンスはほとんどありませんからね。
実際には、たかしよいちさんの「妖怪伝」シリーズの絵を担当させてもらったのが、絵本の仕事を始めるきっかけになりました。妖怪は昔から好きで、仕事とは別にオリジナルでずっと描き続けていたんです。何度か個展を開催したら、それを見た編集者さんが「妖怪伝」の仕事を持ちかけてくださって。それまでまるで仕事に結びつかなかった妖怪の絵が、初めて仕事になったんです。自分の好きな妖怪を描いて仕事になるんですから、こんなにうれしいことはないですよね。
――絵本作家としてのデビューは、2010年の『カミナリこぞうがふってきた』ですね。
シゲリ:初めての絵本だったので、何度も打ち合わせを重ねました。僕の場合、描きたい絵が先にあって、そこから話を広げていくことが多いんです。『カミナリこぞうがふってきた』では、カミナリこぞうが太鼓を叩いたせいで、教室にいる子どもたちが全員アフロヘアになってしまう場面が最初に浮かびました。『8時だョ!全員集合』みたいなノリですね。
絵本なので、めくったときの驚きや楽しさを意識して、ページごとに様々な構図で描きました。でも毎回そのパターンだと一辺倒で面白くないので、『大名行列』では逆に、同じ構図で進んでいくようにしたんです。
――『大名行列』は昨年、小学館児童出版文化賞を受賞された絵本ですね。表紙だけだと一見、大名行列について紹介する歴史漫画のようですが、ページをめくると奇想天外な展開で、シゲリさんならではの魅力がぎゅっと詰まった作品です。
シゲリ:実はこの絵本、打ち合わせの直前までアイデアが浮かばなかったんですよ。どうしようかとコーヒーを飲みながら考えていたとき、行列がいっぱい続いている様子を描いたら面白いかなと、ふと思い立って。ただ、行列の絵本って他にもいくつかあるそうですね。僕はあまり知らなかったんですが。
――確かに行列を描いた絵本は他にもありますが、『大名行列』にはまた別の新しさとインパクトがあって、それが賞につながったのだと思います。
シゲリ:徹底的に描き込めば面白いものになるかな、とは思っていました。あと、オチですね。僕は昔、星新一さんにすごくハマったときがあったんです。星さんのショートショートって、きちんとオチがあるんですよ。だから自分も、ちゃんとオチがある作品を作りたいなと思っていて。アホみたいなオチを壮大なスケールで描くと、そのギャップが面白いじゃないですか。読者の方々には、そのあたりを笑っていただければなと。新作『だれのパンツ?』もまさにアホみたいなオチの話なんですよ。
自分が描きたいものを存分に盛り込んだ新作『だれのパンツ?』
――シゲリさんの絵本は異世界へのつながりを描いたものが多いですが、新作『だれのパンツ?』でも、主人公のタロウくんが異世界に迷い込んで冒険します。このお話も、描きたい絵から広げていったのでしょうか。
シゲリ:妖怪とかお化けとか牛とか、自分の描きたいものを盛り込むっていうのは当初から考えていました。舞台を団地にしたのも、僕自身が団地を描きたかったから。建物の構造としても好きだし、外からベランダの様子なんかを見ていると、どんな人がどんな生活をしているのかなと、想像を掻き立てられるんですよね。
ストーリーは、編集者さんとあれこれアイデアを出して、いろんな案が上がっていたんです。ラフも何回も描き直して、ブラッシュアップを重ねました。上から落ちてきたものは、柄からしていかにも鬼のパンツなので、当初のラフでは早い段階から鬼を登場させていたんです。鬼が「こっちこっちー!」と手招きしている感じで。でもいろいろと考えた結果、鬼は最後に登場させることにしました。
――鬼のところにたどり着くまでにも、いくつものインパクトある出会いが待ってますが、特に思い入れのあるのはどのページですか。
シゲリ:前半に登場する画家さんのページですね。画家さんの描いた絵の中にいろいろと伏線を張っているので、じっくり見て楽しんでもらえたらと。
――これは絵をよく見ていないと気づかないかもしれませんね。
シゲリ:気づかなくてもいいんですよ(笑)。何が描かれているのかわからないのもあると思うんですが、わからなくてもいいんです。でも、わかるとさらに面白みが増すかもしれませんね。
鬼のパンツのような布の柄の中にも、次の登場人物のヒントを潜ませました。これも、わからなくても楽しめるけど、見つけられたらうれしいんじゃないかなと。ちょっとした遊び心で描きました。
くだらない話を時間をかけて真面目に描く
――ゴリラの体毛やカメレオンの質感などのリアリティはさすがシゲリさん、とうならされます。やはりかなり時間をかけて描かれるんでしょうか。筆はどんなものをお使いですか。
シゲリ:面相筆で描いています。もちろん時間はかかるんですが、こう描けばいいんだな、というのを自分なりにつかんでからは、結構早いと思います。
基本的に、筆で絵の具をとって紙に乗っけるという作業が本当に好きなんですよ。放っておかれたら、際限なく描き込みたくなってしまうんです。だから締め切りがあるというのは、すごくありがたいことで。まぁ締め切りがあっても、「もう少しかかります!」と延ばしてもらったりもしてるんですが(苦笑)。どれだけ描き込んでも、自分自身で満足できたことはないですね。
でも描いているうちにわかることや、ひらめくこともあるんです。カメレオンのセリフなんかは、ラフの段階ではなかったんですが、描きながら思い浮かんで入れることにしました。
――ラフにはなかった部分、変わった部分は他にもありますか。
シゲリ:いろいろありますよ。たとえば後半のおばけのページ。最初は左側におばけを一人、大きく描いていたんですが、一人にすると迫力が出すぎて、その次のページの迫力がどうしても弱くなってしまうと思ったんですね。それでおばけを3人描くことにしました。
主人公の男の子が現実の世界に戻ってくるシーンも、最初はらせん状ではなく、団地らしくワンフロアずつ描いていたんですが、途中でこれはらせんの方が面白いなと気づいて変えました。
――満を持して最後に登場する鬼たちも、さすがの迫力です。
シゲリ:あまり気持ち悪くならないように意識して描きました。気持ち悪いと感じる方もいるかもしれないですけどね(苦笑)。
ラストには、見た人を「あぁ!!」と驚かすようなインパクトのあるシーンを描きました。編集部の方から「この鬼は結局いい奴なのか、悪い奴なのか、どっちなんですか」と聞かれたんですが、確かにまったくもって信用できない奴ですよね。本当のところは僕自身もわからないので、読む方が自由に解釈してくれたらなと思っています。
――今後はどんな絵本を作っていきたいですか。
シゲリ:『だれのパンツ?』もバカみたいな話でしたけど、くだらなくて誰が見ても笑えるようなものを、時間をかけて非常に真面目に描いていきたいですね。
あとはやっぱり、自分が見たい世界を描いていければなと。これまでの経験から、アイデアさえあれば人を惹きつける、面白いものが描けるということがわかったので、絵についてはなるべく個性を出さないようにしているんです。そう思えないかもしれないですけど、自分としてはできるだけ普通に描こうという意識があるので、キャラやタッチを強調せずに、わかりやすさ重視でプレーンな表現を心がけています。
――それでもシゲリさんの絵本にはどれも個性がしっかりとにじみ出ていて、それが唯一無二の魅力になっているように思えますが……。
シゲリ:自分としては普通に描いているつもりでも、読者の皆さんが見て個性的と感じていただけるのでしたら、こんなに幸せなことはありませんね。