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美しくも残酷なヒューマン・サスペンス『よこがお』。監督が“映画”に掛ける思いとは。【小説版も執筆】

撮影:川上 優 / 聞き手:イソガイ マサト  構成:アンチェイン 

 平穏な日常に突然男が現れ、ある家族が崩壊へと向かう姿を描いた問題作「淵に立つ」(16年)で、第69回カンヌ国際映画祭で「ある視点」部門の審査員賞を受賞し、国内外で話題となった深田晃司監督。最新作映画「よこがお」では、「淵に立つ」にも出演した筒井真理子が、身に覚えのないある事件をきっかけに、すべてを失った女性を克明に描いています。「無実の加害者」へと転落した女性が運命を受け入れ、再び歩き出すまでの絶望と希望のヒューマンサスペンス。「よこがお」というタイトルには、どのような思いが込められているのか、主人公を容赦なく追いつめて行く物語がどのようにして誕生したのかなど、深田監督にお話をうかがいました。

── : 映画「よこがお」は「筒井真理子さんをもう一度撮りたい」「年上の女性が主人公の映画を作りたい」といった深田監督のさまざまな想いを結実させた作品ですが、どのようにしてこの作品が生まれたのでしょうか。

深田: 「淵に立つ」(16年)でもご一緒した企画と原案のプロデューサー、Kaz(米満一正)さんから『3人の女性の運命が絡み合う映画を作りたい』という提案が、最初にありました。僕は僕で、筒井さんともう一度やりたいと思っていたので、まずは市子、基子、道子という3姉妹の運命が絡み合う群像劇を考えたんです。でも、筒井さんとガッツリやるのなら群像劇にしないほうがいいなと徐々に思い始め、市子が主人公のいまの話に変わっていきました。

── : では「よこがお」というシンプルなタイトルは、どのように決まったんでしょうか。

深田: 「淵に立つ」で毎日映画コンクール女優主演賞を受賞した時に、取材を受けられていた筒井さんの〝よこがお〟が美しいと思ったんです。〝よこがお〟というのは、半身は見えているけれど、半身は見えていない状態ですよね。そこでこの映画は一度には見ることができない人間の複雑な多面性を見てもらえるような、そんな構成にしたかったんです。

── : 主人公の市子(筒井)に次々に出来事が降り掛かり、身に覚えのない事件に巻き込まれて絶望し、不条理なことが起こりながらもまた前を向いて歩き出そうとするという物語は、どのようにして生まれたのでしょうか。

深田: まず、僕は〝映画には監督の世界観が反映されるもの〟だと思っています。悪いことをしたからその罰のように酷い目に遭うという因果関係ではない、本質的に〝理不尽な出来事〟を繰り返し描くことが、僕の世界観だと思っています。たとえば、「淵に立つ」では八坂(浅野忠信)という存在によって、理不尽な被害を受ける家族が登場するし、「海を駆ける」(18年)では、大地震が起こした津波という自然災害の被災地が舞台でした。つまり、この世界は何も悪いことをしていなくても被害に遭う、人間の良識とは一切関係ないところで動いている理不尽さがある。その、そもそも当たり前のものとしてある理不尽なものを映画に具体的に落とし込もうとしたときに、市子自身が犯罪に手を染めて追い込まれていくより、彼女には直接的な〝咎〟がないのにも関わらず、追い込まれていってしまう話のほうが自分にとってはリアルで切実なものだったんです。

── : 市子を演じられた筒井さんは、脚本の段階から参加されたんですよね。

深田: そうですね。シノプシスが出来上がった段階で、筒井さんとざっくばらんに話す時間を作ってもらいました。押し入れのシーンは、彼女の家族の実体験を参考にさせてもらいました。市子が介護福祉士の勉強を教えていた被害者の姉・基子(市川実日子)のエピソードに使わせてもらいました。

── : ふたつの物語が交錯する〝入れ子〟の構造も当初からのプランだったんですか。

深田: いちばん最初の脚本はより素直でした。前半で堕ちていく市子を、次に復讐する彼女を描き、それから4年後に飛ぶという普通の構成だったんですけど、それだと、話があまりにも行儀よく進んでいくからおもしろくなかったんです。だけど、一方で、映画における回想シーンは、結局は説明でしかないので、これも普通にやったのではおもしろくない。だからずっと迷っていたんですが、「ブルー・ジャスミン」(14年/監督:ウディ・アレン)のように、ふたつの物語が回想ではなく、それぞれが本編として同時に、ぶつかり合うように進んでいったらおもしろいだろうなと思って。実は、物語的にもインスパイアされているのですが、チェコスロバキアの作家、ミラン・クンデラの小説『冗談』がまさにこの入れ子構造の話なんです。今回は自分がやったことがないこの語り口に、あえて挑戦したいと思いました。

── : 〝入れ子〟の構造以外にも深田監督が今回新たに挑戦したことはありますか。

深田: ひとりの人物を延々と追いかけていく映画は初めてだったので、そこは挑戦でもあったし、やり甲斐のあることでした。田中絹代さん演じる主人公がだんだん堕ちていく溝口健二監督の「西鶴一代女」(52年)、ひとりの女性にフォーカスしたジョン・カサヴェテス監督の「こわれゆく女」(74年)みたいな〝一人の人物の流転を描く〟映画をずっと作ってみたかったんです。それが筒井さんという女優さんで出来たのは、とても贅沢な時間だったと思います。

── : 準備段階や現場で、筒井さんから女性ならではの意見はありましたか。

深田: 意見はいろいろといただきました。ただ、それは筒井さんならではのもので、女性の意見として意識をしたわけではありません。というのも、僕は今回の作品に限らず、脚本を書くときに、セリフも含めてあえて性別を意識しないようにしているんですね。そのほうが不思議と程よい匙加減になるし、たとえば女性だから母性があるといったステレオタイプに陥らずに人間関係が描けるんです。今回の市子と基子の関係もLGBTの関係を連想させるけれど、女性が女性を好きになるということではなく、人が人を好きになることの本質的な難しさが出ればいいなと思って書いています。

── : 深田監督はご自身も最初に言われたように、映画で〝理不尽な世界〟を繰り返し描かれていますが、そういった世界に対する興味が強いんですか。

深田: 強いですね。というより、自分にとっての世界はそういう理不尽なものなので、あえて意識的に描こうと思わなくても自然とそういう世界観になっちゃうんです(笑)。だからどんな人間関係を描いても、その理不尽な世界に繋がっていくんでしょうね。

── : そこには、そんな理不尽な世界を変えたいという想いも込められているんですか。

深田: いや、僕は社会改革の道具としての映画を作ろうとは思わない。もちろんそういう社会運動のための映画があってもいいと思うけれど、そういう作品はメッセージの良し悪しに関わらずプロパガンダであることには変わりない。僕はそういうものより、観た人の想像力がどんどん広がっていったり、世界について考えるきっかけになるような映画を作り続けたいんですよね。

── : 今回の映画をあえて〝三人称〟で描いたのもそのことと関係しているんですね。

深田: そうですね。ただ、今回は三人称で描きながら、いつもより一歩市子に寄り添っていて。これまでも人間同士の関係性を見せてお客さんに想像してもらうということはやっていたんですけど、市子に少し寄り添ったぶん、そこも自分の中では新たな挑戦だったかもしれないですね。

── : ラストシーンも衝撃的でした。最初からあのラストを考えられていたんでしょうか。

深田: 脚本を直していく中で辿り着いたのがあのラストでした。思いついた時は、〝キタ! これで(映画が)終われる!〟と思いましたね。自分としては、いいラストが思い浮かぶと〝この映画、勝てるな〟って思うんです。だから、あのラストを思いついたときは、ガッツポーズしました(笑)。小説版では、そのラストを変えていますので、両方楽しんでいただけると思います。

「よこがお」
脚本・監督:深田晃司
出演:筒井真理子 市川実日子 池松壮亮/須藤 蓮 小川未祐/吹越 満
配給:KADOKAWA

訪問看護師の市子(筒井)は、その献身的な働きぶりで、周囲から信頼されていた。中でも訪問先の大石家の長女・基子(市川)に介護福祉士になるための勉強を見てあげており、仲良く過ごしていた。ある日、基子の妹・サキ(小川)が行方不明となる事件が起こる。無事に保護されたが、犯人は意外な人物だった。事件の関与を疑われた市子は、ねじ曲げられた真実や裏切りにより、恋人とも破局。すべてを奪われた市子は、復讐へと向かう。
7月26日より角川シネマ有楽町、
テアトル新宿他にて公開
yokogao-movie.jp

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深田晃司 Koji Fukada
1980年東京都生まれ。02年、長編自主映画「椅子」で監督デビュー。16年、浅野忠信主演映画「淵に立つ」では、第69回カンヌ国際映画祭で「ある視点」部門の審査員賞を受賞。他、主な監督作は「ほとりの朔子」(14年)、「さようなら」(15年)、「海を駆ける」(18年)など。


深田 晃司

1980年東京都生まれ。02年、長編自主映画「椅子」で監督デビュー。

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