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レビュー

盟友にして天才ジャズミュージシャンがシャバドゥビダバドゥビと語る作家の真実!『幻想の未来』

 筒井康隆さんと個人的に知り合って一年半程になる。それ以前からの熱狂的読者だったのだから、ぼくは最も幸運なファンの一人だろう。しかし、その全作品を読み、かつ平均、週に一度は会って、飲んだり騒いだりしていても――ぼく達のトリオが毎週、新宿で演奏する日に筒井さんは暇さえあれば聴きに来てくれる――依然として、ぼくにはこの人の正体が分らない。もっとも、正体が分らなくても、その全ての作品が文句なしに素晴らしいことには変りがないし、実際に会って騒ぐのもそれに劣らず面白い。だから、一向にかまわない。以下、ぼく達と遊んでいる時の筒井さんのことを書こうと思うが、これも決して、この天才の正体を少しでもあばこうなどという大それた、しかも無益な、目的があってではない。
 トリオ全員で筒井家にお邪魔したことがある。筒井家にはピアノ、ギター、ボンゴなどがあり、ドラムの森山威男が聞いたところによれば、筒井さんは書き疲れた時には、これらの楽器を滅多矢鱈に叩きまくり、ドデカドデカ・ドデカデカ・ドデカデカ・フカフカフカ・ドデカ・ドデカデカデカデカ、フクフクフクとわめき散らしては、また元気になって書き続けるそうである。
 その日は、最初は筒井さんの「葬いのボサノバ」などをやっていたが、やがてデキシー大会になり、最後はドシャメシャの演奏になった。筒井さんはずっとギターを弾き続けたが、ここに到って髪は乱れ、目はつり上り、歯を食いしばっては時々飛び上ったという。(ぼくは後ろ向きなのでよく見えなかった)さて、一段落して見ると、筒井さんの右手の人指し指が血まみれである。ピックが見当らず指で弾いているうちに、爪が割れてしまったのだ。爪が割れた痛さというのは、知っている人は知っている。それを平気で弾き続け、しかも終って血まみれの指を見つめながら、ニタリと笑ったのだ。これにはぼくも驚いた。血を流しながら共演してくれた人というのは、トリオのメンバー以外では他にいない。
 筒井さんは音楽好きだから、音楽の話はまだある。もっとも、いつも血をみるというわけではないが。
 筒井さんにギターのレッスンをしていた男の結婚披露宴に、サックスの中村誠一とぼくも呼ばれた。三人で余興にコーラスをやろうということになり、筒井家に練習に行った。譜例を掲げられないが、中村とぼくででっち上げた、フォー・フレッシュメンもどきの結構こったアレンジを筒井さんは平気で読んでしまうのだ。すぐに練習は終ったが、それでおさまるわけがない。早速これを人に聴かせようと外へ出た。このアレンジは、筒井さんのバリトンが最初に〽︎ドゥーと出るとあとの二人が〽︎シャバドゥビダバドゥビドゥーヤーと続ける形で、つまり筒井さんさえその気になれば、いつでも始まってしまうのだ。しまった、と思った時には手遅れで、その晩は所きらわず〽︎ドゥーが始まり、もはやワルノリしてしまった中村とぼくは負けじと声張り上げて〽︎シャバドゥビダバ……と続ける。三人で飲んだ水割りの二倍以上の回数は歌ったろう。これではいくら客でもしつこすぎる。ほうぼうの飲み屋を追い出され、それでもめげずに、たどりついたビリヤードの一角で〽︎ドゥー……。しかし、この猛訓練の成果は実り、翌日の「本番」では大喝采を受けた。筒井さんは練習の時よりはるかに大きな声を出し、落ち着いて歌った。
 踊りの話もある。弾いて歌って踊って、これではまるでミュージカルだが、本当だから仕方がない。
 ホテル・ニュージャパンにかんづめになって「SFマガジン」に連載中の大傑作(もうそうに決っている)「脱走と追跡のサンバ」の十一回目を書いている筒井さんを、夜中に見舞いに行った。やはり中村が一緒で、当然見舞いどころか邪魔する結果になり、さんざん飲んだあげく、ざあざあ降りの雨の中ではじまってしまった。ダダフカダダフカ、フカフカダダフカとわめいて、三人横一列に並び、ずぶ濡れになって「ウエストサイド風」(これには、前のコーラスの時と違って括弧をつけさせてもらうが)に踊り狂ったのだ。
 こういうことはいくらもある。筒井さんと顔を合わせると、つい普段やらないことをはじめるのだ。ピアノがあれば、ぼくは人前ではやらないデキシーを弾き出すし、森山と中村は連弾で、とっておきの「森の木陰でドンジャラホイの主題によるショスタコビッチ風レバニラ炒め変奏曲、いまわしい序奏付」というのをはじめる。一緒に食事をするだけでも騒ぎが起きる。中国料理や朝鮮料理の店で急に筒井さんが変な日本語を喋り出し、やめさせようとするぼく達もつられて「筒井サン、ココテ、ソレユタラ、イケナイ」とわめいたりするからだ。一度などは、ただ歩いていただけなのに、道端に寝ていたルンペン男が急に起き上り、わざわざコン棒をさがしに行ってから追いかけて来た。他にはここに書けないようなことがずいぶんある。
 筒井さんには何かあやしい雰囲気があり、それに触れた周囲の者は知らずに踊り出してしまうのだ。(筒井さん自身は、ぼく達といて踊らされるのはいつも自分だ、という感想をあるところに書いていたが、ぼくはそうは思わない。逆の方が多いのである)
 で、この雰囲気というのは常に何か「狂気」をはらんでいる。目茶苦茶なことを喋ってケケケ……と笑っている時はもちろん、黙って坐っていてもそれは感じられる。あるまっとうな人から、あの人は気ちがいじゃないか、と聞かれたことがあるくらいだ。ジャズメン用語では、気ちがい、というのは最高のほめ言葉だから、ぼくはつい、もちろんそうだ、と答えてしまったが、相手は本気でそう思っていたらしい。この狂気はおそらく、筒井さんの天賦の「サービス精神」の所産だとぼくは思う。そしてこの「サービス精神」というものを中心に据えることによって、仕事を離れた筒井さんの振舞いと共に、そのとても一人の人間のわざとは思えぬ数々の仕事――あらゆるタイプの小説・戯曲・マンガ・作詞・TVの司会など――の全体に一つの共通項を見出すことが出来るかもしれないとさえ考えるのだが、さらに、ではその「サービス精神」の正体は、となるとこれはおそらく誰にも分らないのである。何故なら、これに触れた者は、いやおうなしに踊らされ、夫々の性質に従って、笑ったり泣いたり怒ったり利口ぶったり馬鹿ぶったり軽薄ぶったりラリったりあばれたりオカマの真似をしたりするだけで、相手の正体どころではなく、自らの正体を暴露するばかりだからだ。
 しょせん凡人には天才を理解することは出来ない。だから、ぼくの望みはただただ筒井さんが今後も書き続けてくれることだけである。ぼくは活字というのは出来れば筒井さんの書いたものだけを読んでいたい、という偏執狂的読者だから、冗談にも筒井さんが、もう書くのは飽きた、などというのを聞くと非常に悲しい。筒井さんがどうしようとそれは自由だが、ファンというのは決してそうは考えない。だから、もしそんなことになったら、あらゆる手段を弄してでも書き続けてもらう。毎晩夜中に電話をして泣いてたのむ。百万円の原稿用紙を万引きして贈る。それでも駄目なら仕方がない、家にある水平二連銃を持って脅迫に行く。これは決して不公平ではない。筒井さんは上下二連銃を持っているのだ。


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