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レビュー

堂場瞬一作品の魅力――人間力が溢れる警察小説『刑事の枷』

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(評者:池上 冬樹 / 文芸評論家)

 堂場瞬一にとって昨年は、ある種誤算だったろう。東京2020オリンピック開催を見込んでのスポーツ小説を多く刊行したものの、コロナ禍で開催が一年延期となり、盛り上がりにかけるものになってしまったからである。

 もちろん小説は、時代の流行やイベントに左右されるものではなく、時間を経ても読まれるかどうかである。事実、堂場瞬一のデビュー作の野球小説『8年』、マラソン小説『キング』、駅伝を描く『チーム』3部作がいまもなお読まれ熱く語られるのは、スポーツがもつ純粋な喜びと昂奮と躍動が十全に捉えられているからである。

 だから作者にとってオリンピック延期は本を売る点で誤算だったかもしれないが、いかに時代を超えて読まれ続けるものを書いていくかを重視している以上、大したことではないだろう。

 さて、今年堂場瞬一は、作家生活20周年にあたる。堂場瞬一氏との対談で言い忘れたが、堂場瞬一は時代小説の佐伯泰英とともに日本の出版文化を変えたといっていい。佐伯泰英は時代小説、堂場瞬一は警察小説を多数刊行したが、ほとんど文庫オリジナルであり、二人の成功によって単行本→文庫化という従来の流れを大きく転換させた。エンターテインメントの主戦場のひとつがいまや書き下ろしの文庫になっているのは、佐伯泰英と堂場瞬一のおかげである。

 本書『刑事の枷』は文庫オリジナルではないが、20周年を飾る最初の単行本となる。いつものように冒頭から読者を摑んではなさない。物語の主人公は、交番勤務から川崎中央署刑事課に異動したばかりの若手刑事・むらかみつばさで、ホームレスが子供を人質にとって警察とにらみあいになる場面から始まる。

 ホームレスは子供の頭に刃物をつきつけていた。事態は膠着していたが、一人の刑事がトイレの屋根からホームレスに飛び下りて、男を押さえつけてしまう。明らかに独断での行動であり、ひとつ間違うと子供が被害にあう可能性もあった。

 刑事の名前はかげやまこうへい。その傍若無人ぶりが署内で疎まれていて、完全に浮いていた。だが、もともとは捜査一課に十年いた優秀な刑事であり、自ら望んで川崎中央署に異動してきた。わざわざ所轄に希望してくるなど異例だった。

 村上はなぜか影山に目を付けられ、強引に連れ回されるようになる。やがて影山が所轄にきた理由を知る。それは、十年前の未解決の殺人事件にあった。

 その事件が現在の事件と密接に絡んでくる仕掛けであるが、単純に謎解きは進まない。影山が疎まれている理由があらわになり、停滞していた村上と恋人との関係にも微妙な変化があり、それがメインの事件にフィードバックされるようになる。

 このへんのサイド・ストーリーの構築が相変わらずよくできている。若き刑事が事件捜査を通して一人前になっていく成長小説のくだりに重点がおかれているが、影山と同じくらいに恋人のの存在が大きい。優しく辛辣に村上を批判し、鼓舞するからである。

 たとえば、村上が仕事のことで泣き言をいうと、〈あなたも変わらないわね〉〈力はあるのに、全然出し切れていない〉と言い、刑事だろうが何だろうが〈仕事の種類なんて関係ないのよ。仕事の能力も含めた人間力?〉〈あなたにはそういう力があるんじゃないかしら〉と勇気づける。別のところで、影山は、刑事に必要な能力は〈観察力、推理力、強さ、粘り、正義感……〉と述べていて、〈お前は何に優れているのか、俺にもまだはっきり分からない〉と言うのだが、村上は、刑事に必要な能力にはまだ足りなくても、人間力の点では足りている。

 堂場瞬一のファンなら、この花奈の台詞がそのまま、堂場瞬一の小説の魅力をついていると思うだろう。堂場瞬一の小説の魅力こそ、この人間力なのではないかと。社会や人生の機微について至るところで言及し、読者に頷かせる(本書では至るところで村上に理解させている)からである。

 具体的にいうと、男と女の関係について〈些細なことで簡単に崩れてしまう〉。だから〈男と女のことは後悔しないようにしろ〉、刑事という仕事について〈刑事ドラマのように「犯人を逮捕してそれでハッピーエンド」〉にはならない。本当の仕事は〈逮捕してから始まる〉、そして警察における正義について〈警察官の正義なんて、外に向かってだけ発揮されるものだろう。内輪に対しては基本的に甘い。不祥事があっても、見て見ぬ振りをすることもある〉。とくに警察における正義の問題に関しては、影山と村上を結びつける要因になっていて、村上の底力を示す挿話とも関係するのだが、それは本書で確認してほしい。


書影

堂場瞬一『刑事の枷』
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


 そのほかの魅力という点では、近年の堂場作品に顕著な飲食の場面もいくつかある。刑事たちがパンケーキを食べる場面もあり、そこでロバート・B・パーカーの探偵スペンサー・シリーズをもちだして、パンケーキとホットケーキの違いを云々するあたりも愉しい。

 もちろんメインとなる事件の進展、過去の事件と現在の事件の近接と交錯も、劇的な展開をたどることになり、身を乗り出して読むことになる。その過程では、村上をはじめとする若き刑事たちとのチームプレイも心地よく描かれていて、爽快感を生み出している。影山という刑事もはみだし刑事風だが、少しずつ形と印象をかえて、妄執をもつ刑事として人間味をまして浮かび上がるのもいい。

 作者にうかがったところでは、シリーズを意図していないというが、村上の刑事としてのさらなる成長と花奈との関係進展、影山との友情、さらには(対談でも言及した)村上と影山を応援する上司の存在など、続けて読みたい人物と脇筋の要素がいくつもある。ぜひともシリーズ化を望みたいものだ。

堂場瞬一『刑事の枷』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000496/

「堂場瞬一作家デビュー20周年」公式サイトはこちら
http://doba.jp/index.html


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