真藤順丈さんが『宝島』(講談社)で、第9回山田風太郎賞につづき第160回直木賞を受賞されました。
これを記念しまして、カドブンでは真藤作品の試し読みを行います。
先月公開しました『夜の淵をひと廻り』にひきつづき、同じく角川文庫の『墓頭』から5日間連続で公開。
『墓頭』について真藤さんは直木賞発表時の記者会見で、『宝島』の基盤となっている作品と語っています。
双子の兄弟のなきがらが埋まったこぶを頭に持つ主人公・墓頭(ボズ)。
彼が現れるのは、改革運動の吹き荒れる中国、混迷を極める香港九龍城、インド洋孤島の無差別殺人事件……。
自分に関わった者はかならず命を落とす、そんな宿命を背負った男の有為転変の冒険譚をお楽しみください。(第1回から読む)
>>第3回はこちら
「ボズの話を聞くのだね」養蚕家はあらためて言った。「いいだろう、そのために君は来たのだからね。たびかさなる離別と、流浪、それから孤絶によってもたらされた彼の影響が、本人のみならず他者の人生をいかにして変形させ、子や孫の代にまで零れ落ちていったか、わたしはそれを語ることができる。ボズの人生そのものが一箇の大いなる〈謎〉なのだ。それはかつて、人類の誰も対峙したことのない謎だった」
そうして養蚕家は、僕と探偵を聴き手にすえて、ボズの人生を語りはじめた。あとひとつだけ付け加えておくと、これからお目にかけるボズの風変わりな一代記は、そのほとんどがこの養蚕家の口述をあとから僕が文字に移したものだ(僕はICレコーダーから取り込んだ音声ファイルをできるかぎり逐語的に文章にしていった。間投詞などのケバをとったり、わかりやすいように単語を置き換えたりはしたが、そのどれも整理のレベルにおさまるもので、意訳のたぐいはないことを明記しておきたい)。養蚕家がよどみなく紡ぐ言葉は、過去から現在にかけての長い時間を吞みながら、政治や戦争、死と別離、数多くの人々の明け暮れや心情の機微にいたるまでを融通無碍に物語っていて、現地での聴き取りのときにも、テープ起こしから起筆するときにも、僕は一度ならず二度、三度と怖気だち、体の奥底を揺さぶられるような身震いにさらされた。
亡霊のスナップのような写真を見たことで、まっさきに視覚から。それからあふれだす言葉にからめとられるようにして聴覚から、僕たちはボズの生きた過去のなかに引きずりこまれる。まずは「謎」の出発点へと──
僕たちを辺境の旅へと導いてきた一節は、養蚕家の語りによってその位相を変えていた。
「頭のなかの死体をどうやって出すか。誕生からその晩節まで、ボズの人生はたった一つの命題に貫かれていた──」
第一部 闇の子宮から
死ぬのはいつも他人ばかり──
マルセル・デシャンの墓碑銘
1
この世界に産まれ落ちるなり、ボズはまず母親を殺したよ。
一九五五年の十一月、予定日よりも五週も早産だった。
「わたしは息みます。薬や手術はいやです」
母のカナエは頑なに自然分娩を望んだが、結果からすればありえない話だった。
胎児の頭は、触診による大きさの予想を裏切っていて、せっかちな破水によってきりもみ状に産道にめり込んだ。母にとってそれは子宮から落ちてきた核弾頭だった。身体が丈夫ではなかったカナエは、焼夷弾に焼かれたように高熱を発し、焦土に吹きすさぶ強風のような絶叫をあげながら、帝王切開のさなかに出血多量でショック死した。かくしてボズは、齢〇歳にして母親を亡くしたわけだが、肉親の死に直面するのはこれが初めてではない。数ケ月前まで母の胎内でともに育っていた兄弟が、すでに逝っていた。
(第5回へつづく)
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