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特集

五輪小説、注目度No,1──オリンピックを舞台に、社会に警鐘を鳴らす謀略小説 『トリガー』文庫化記念対談 真山仁×谷原章介【後編】

撮影:小嶋 淑子  構成:野本 由起 


馬術競技韓国代表選手の女性検事キム・セリョンが、東京オリンピックの晴れ舞台で命を狙われた──。衝撃的な事件から、在日・在韓米軍をめぐる謀略へと発展する真山仁さんの最新文庫『トリガー』。現時点でも開催が不透明なオリンピックでもしこんなことが起きたら……。真山さん、谷原章介さんによる対談後編では、本作の核心に迫ります。鍵を握るキャラクター、そして真山さんの作品に通底するテーマについても語っていただきました。
※2019年9月26日/9月28日の記事を再掲載したものです

>>前編 東京五輪で狙撃事件!? 日米韓の安全保障を揺るがす謀略とは

真山作品の根底には“愛”がある


谷原:以前真山さんは「女性を描くのが苦手だ」とおっしゃっていましたよね。その発言を念頭において本作を読みましたが、女性検事であり馬術韓国代表であるキム・セリョン、刑事の望月、北朝鮮のスパイであるコ・ヘスなど、登場するのは魅力的な女性ばかり。中でも、セリョンの芯の強さ、美しさ、諦めない姿勢が実に素敵です。映像化するなら、どんな方が演じるんだろうと妄想が膨らみました。


真山:女性の描き方は、今もって課題です。私は意識していないのですが、「自分好みの女性ばかり描いている」と言われることも(笑)。でも、外国人を描くと悩まないことが多いです。


谷原:セリョンに対する思い入れが深かった分、途中の展開に衝撃を受けました。


真山:冒頭から彼女を魅力的に描いたのは、「美しくて正義感がある人物だ」「なんとしてもオリンピックで優勝させたい」と思い入れを深めたところで事件が起きるようにしたかったからです。読者に「なんとかせねば」という思いを高めてほしかった。そのためにも、セリョンの描写には力を入れました。


谷原:望月の不器用さも、魅力的に映りました。


真山:望月に関しては、彼女の視点による描写がなかったのが逆に良かったのかもしれません。望月はどこかOLのようなところのある刑事ですが、芯が強くて男っぽく、後輩思い。脇役ですが、ひとつの役割を与えてキャラが立つようにしました。


谷原:上司を迎えに、大雨の中、車で向かう。そして土砂降りの中で上司に雨水をビシャッとかけてしまう。あの登場シーンから、すでにキャラが立っていました。真山さんは、ああいう女性がお好きだということですか?(笑)



真山:あれ、話がすり替わっていませんか(笑)。でも、応援したくなるタイプではありますね。


谷原:一方、中盤から主人公として存在感を高めていくのが冴木です。この作品で、僕がもっとも印象に残った人物も冴木。真山さんは嫌がるかもしれませんが、途中から真山さんの顔をイメージしながら読みました。


真山:冴木のように、合気道でも始めようかな(笑)。


谷原:登場時は年老いたイメージでしたが、途中から事件の統括責任者として内閣参与に就き、啖呵を切りつつ裏でさまざまな交渉をする。エージェントを相手に、切った張ったの立ち回りをする瞬間は、完全に冴木=真山さんでした。


真山:そう言われると言いにくいですが、冴木は私自身も気に入っています。



谷原:実写版があるとしたら、真山さんに冴木を演じていただきたい(笑)。この魅力的なキャラクターを、次回作にもつなげていただきたいですね。冴木の養女であり、北朝鮮エージェントの忘れ形見である怜のキャラクターも、想像をかきたてるじゃないですか。なぜこんなにも金にこだわるのか、なぜここまで口が悪いのか、その生い立ちが気になります。


真山:日本では「スパイ小説=とっつきにくい」と感じる方が多いので、ああいった謎の女性キャラクターを入れる必要があると考えました。さらに、詳しく説明しすぎないようにして、読者が面白がってくれるようにしました。エンターテインメントにおいては、たくさん書くよりも書かずにおくことのほうが重要です。それが、「どこかで語られるのだろうか」とページをめくってもらう原動力にもなります。怜の過去もおそらく2ページもあれば書けますが、あえて説明しなかったのもそのため。コ・ヘスなど、ほかの人物についても同じことが言えます。ただ、ラストシーンを読むと「これは『彼らの話をもっと書きたい』と言っているようなものだな」と自分でも思いましたけれどね(笑)。


谷原:ぜひ続編をお願いしたいです。


真山:日本にスパイ小説を根付かせるためにも、今回の登場人物でもう1作書きたいという気持ちはあります。先ほども言ったとおり、スパイ小説は登場人物が多くて難解というイメージがありますが、英国のフレデリック・フォーサイスのスパイ小説は違います。陰謀を軸にストーリーがどんどん展開し、誰が誰を裏切るかわからないし、敵だと思っていた人物と手を組むこともある。「国家にはさまざまな思惑が蠢いているので、ボーッとしていると大変な目に遭う」と警鐘を鳴らすような作品です。日本でも、フォーサイスのような痛快なスパイ小説を根付かせたいので、可能であれば、チャレンジしたいと思っています。


谷原:怜のほかにも、気になる部分を残した登場人物も複数いますしね。


真山:また、『トリガー』では、スパイ小説の2大カードである中国とロシアを登場させませんでした。本当は中国についても描こうと思いましたが、そうすると上・中・下の3巻になってしまうのでやめました(笑)。この2国が登場しないスパイ小説は、野球で言えばリトルリーグかマイナーリーグのようなもの。本格的にスパイ小説を書くとなれば、どちらかは出したいですね。もう一度冴木たちの物語を描くことができれば、痛快でありながら日本の立ち位置の難しさも示したいと思います。


谷原:お話をうかがって、ますます期待が高まりました。僕が『トリガー』を最後まで読んで感じたのは、“愛”なんです。セリョンと恋愛関係にあったジョンミンは、権力志向が強くて欲にまみれた男でした。結局セリョンに別れを告げられてしまいます。そんな彼が改心したかどうかが問われる場面で、“愛”という言葉が出てくるんです。この愛こそが、真山作品の神髄。経済、政治、謀略など、幅広いテーマで多面的な社会を描きつつも、根底にあるのは人に対する愛ではないかと思いました。


真山:私の口からは、気恥ずかしくて“愛”なんてとても言えません(笑)。でも、人を群れとしてではなく、一人ひとりをしっかり見たいという思いは強くあります。セリョンを失ったジョンミンは、喪失感から「俺はどうしようもないヤツだった」と悔やみますが、そこから再起します。よく私の作品は「怒りが根源ですか」と問われますが、愛がないと怒りも生まれませんよね。今日を境に、谷原さんの言葉を借りて「愛が根源にあります」と答えるようにします(笑)。


書誌情報


写真

真山仁『トリガー』(上下巻)
※画像タップで上巻のAmazonページに移動します。


真山 仁

1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者を経てフリーライターに。2004年刊行のデビュー作『ハゲタカ』と同シリーズがベストセラーに。『マグマ』『プライド』『黙示』『売国』『当確師』『オペレーションZ』など、現代社会の様相に鋭く切り込む小説を発表している。近刊に『当確師 十二歳の革命』『ロッキード』『それでも、陽は昇る』がある。

谷原 章介

1972年神奈川県生まれ。モデルとして活躍後、映画『花より男子』で俳優としてデビュー。以後ドラマ、映画、舞台、CMなど多数出演。近年では『アタック25』『うたコン』『きょうの料理』の司会やナレーションなど幅広く活躍。2021年3月からニュース情報番組『めざまし8』のメーンキャスターを務めている。

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