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特集

オリンピックで狙撃事件!? 現実を飛び越し白熱する日米韓の安全保障 『トリガー』文庫化記念 真山仁×谷原章介【前編】

撮影:小嶋 淑子  構成:野本 由起 

真山仁さんの最新文庫『トリガー』は、2020年に開催予定だった幻の東京オリンピックを舞台にした著者初のスパイ小説です。変死した在日米軍女性将校と北朝鮮工作員、そして何者かに狙われる馬術競技韓国代表の女性検事キム・セリョンを結び付けるのは、在日・在韓米軍をめぐる謀略。そこに退職した元・内閣情報調査室長の冴木治郎が巻き込まれていく、一気読み必至のエンターテインメント作品です。文庫化を記念し、真山仁さん、そして真山さん原作のドラマ「マグマ」に出演した谷原章介さんのスペシャル対談をお届けします!
※2019年9月26日/9月28日の記事を再掲載したものです


写真

2021年3月24日に発売した角川文庫『トリガー』(上下巻)
※画像タップで上巻のAmazonページに移動します。


在日・在韓米軍の“その先”を描いた物語


谷原:ここ最近、日韓対立が深まり、先日は韓国がGSOMIA(軍事情報包括保護協定)を破棄するとの報道がありましたよね。このタイミングで、日韓の安全保障を描いた新作『トリガー』を発表した真山さんの慧眼に驚きました。


真山:この作品にとりかかったのは約3年前ですから、タイミングが合ったのは偶然です。


谷原:3年前から、すでに韓国では今につながる動きが見えつつありましたよね。今の「共に民主党」政権に切り替わり、反日姿勢が強まるんじゃないかという空気も醸成されて。そう言えば、僕が出演した真山さん原作のドラマ「マグマ」は、地熱発電の再建に取り組む人々の物語でした。2006年に小説が刊行され、2011年に原発事故が発生。この時も真山さんは先見の明をお持ちだと思いましたが、今回もシンクロニシティを感じました。



真山:そもそも『トリガー』を書くきっかけのひとつは、東京オリンピックです。開催される2020年が迫る中、東京オリンピックを舞台にした小説を書きたいと思いました。もうひとつは、私の大好きなスパイ小説にチャレンジしたいという思いがありました。スパイ小説は、ミステリーの世界においてはハードボイルドと並ぶほど文学性が高く、難解なほど良いとされています。私にはハードルが高いと思いましたが、デビューから10年以上経っていましたので、挑戦することにしました。


谷原:もともとスパイ小説がお好きだったんですね。


真山:とはいえ、日本を舞台にしたスパイ小説を書こうにも、この国には諜報機関がありません。それが良いことのように思われていますが、本来先進国ならインテリジェンス(諜報機関)を有すべき。貿易交渉であれ軍事問題であれ、国際政治において事態が急展開を見せる時、その背後には必ず各国の諜報機関がいるのが現実です。

では、どうすればよいかと考え、思いついたのが韓国です。私はこれまでアジア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカを舞台にしてきましたが、韓国を描いたことは一度もありませんでした。隣国との関係は時に難しいものですが、それに向き合おうと考えました。そもそも私は韓国映画が好きなので、この作品を韓国で映画化してもらえたらという期待もありました(笑)。また、日本と韓国が守るべきものと言えば、東アジアの平穏です。そうした複合的な思いを重ねていき、物語の方向性が決まりました。



谷原:日韓の安全保障を考えると、キーになるのはやっぱりアメリカですよね。


真山:おっしゃるとおりです。日本も韓国も国内に米軍基地がありますが、その意味合いは大きく異なります。アメリカとしては、北朝鮮とロシアをけん制するためなら沖縄に米軍基地があれば十分。なので、アメリカは「韓国から撤兵してもかまわない」という意向を口にしています。日本と韓国では、米軍の重さが違います。

例えばアメリカが在日米軍にオスプレイを配備する時は、日本政府と事前に折衝しました。でも、在韓米軍に終末高高度防衛ミサイルTHAAD(サード)を配備する際は、配備後に韓国に対して通告したそうです。それによって韓国は中国の反発を受け、貿易や観光で大きな痛手を受けました。在韓米軍が勝手にミサイルを配備したために報復を受けたのです。そのうえ、北朝鮮とは休戦中であり、今も終戦していません。日本とはケタ違いの危機感を抱えています。


谷原:現実にもトランプ大統領が米軍駐留経費の負担増額を要求したり、米軍の撤退を示唆したりしていますが、『トリガー』では“その先”を描いています。「これはあり得る未来のひとつかもしれない」と、リアリティをもって読むことができました。



真山:欧米のスパイ映画やイギリスの謀略小説では、軍事組織や諜報機関の民間移行がひとつのトレンドになっています。実際、イラクやアフガニスタンなどの治安維持部隊は、民間軍事会社が担っています。


谷原:米軍が撤退すると同時に、民間軍事会社に入れ替わっているということですか?


真山:場合によっては、米軍撤退とはうたわずに民間企業に入れ替わっていることもあるようです。アメリカ政府としては、自国の兵士をなるべく戦地に送りたくありません。海外で命を落とせば世論の風当たりが強まり、選挙に負けますから。


谷原:アメリカとしては、日韓においても自分たちの負担を減らしたい。


真山:そうです。民間委託するとコストがかさむと思うかもしれませんが、公務員を雇うほうがお金はかかります。養成訓練や装備に、多大な費用がかかるからです。さまざまなリスクを考えると、民間委託のほうが割安です。今のところ在日・在韓米軍は100%アメリカ軍の兵士ですが、東アジアから兵士を減らし、代わりに民間軍事会社に委託することも荒唐無稽な話ではありません。

よく「先を読んでいる」と言われますが、諸外国の動向を見ていれば「次は日本かもしれない」と思うのは自然なこと。それを小説に書くと、2、3年後に実際に同じような事態が起き、予言者だと言われるわけです(笑)。



谷原:本来なら、東アジアにおいて日本と韓国が手を結べばこれほど強いことはありません。日韓関係が悪化することでどこが得をしているかと言えば、やっぱりアメリカなんですよね。時に仲介しつつ、プレゼンスを維持できますから。


真山:もし日本にインテリジェンスがあれば、アメリカに何を吹き込まれようと「我々のもとに上がってくる情報と違う」と言えます。インテリジェンスが存在しないため、アメリカが耳元で囁く情報に惑わされてしまうのでしょう。

『トリガー』では、日韓が戦う展開はありませんが、現実においてはもっと仲良くできればいいのにとは思いますね。スポーツやエンターテインメントを通じては親しくなれるのですから、民間の交流を促進できるようボールを投げ続けることが重要です。我々のような文化人、エンターテインメントに関わる人たちが、「政治でもめても我々はコミュニケーションを取り続けよう」と言い続けるべきです。でも、そういう発言をすると炎上してしまう。日本側も、成熟した大人の社会であることを問われていると思います。



日本人の情緒に訴えかける、湿度を帯びたスパイ小説


谷原:先ほど真山さんは「謀略小説は難解」とおっしゃいましたが、『トリガー』はとても読みやすいエンターテインメント小説に仕上がっていますよね。さまざまな切り口、視点があり、登場人物についても背後関係を匂わせて想像力をかきたててくれる。しかも、読後感も良くて。


真山:ありがとうございます。


谷原:銃器や車に関する描写も印象的でした。やっぱりスパイものには車が重要ですよね。フォルツァZ、パニガーレ、いすゞ117クーペ、フェラーリ812……。僕も車好きなので、魅力的な車種が次々登場し、ワクワクしました。


真山:スパイ小説は道具が大切ですからね。


谷原:銃器、車、北朝鮮スパイの特徴など、調べることが多くてご苦労されたのでは?



真山:私は高校時代から海外のスパイ小説をたくさん読んできたので、土壌があります。ですから、そこまで苦労はしませんでした。逆に、自分が好きなジャンルなのでマニアックになりすぎないかが心配でした。よく知っていることを書こうとすると、どうしても細部にこだわりすぎます。記者出身の私が、長い間、作中に新聞記者を登場させなかったのもそのためです。でも、年齢を重ねて距離を置けるようになり、6、7年前からようやく記者を登場させるようになり、ついに記者を主人公にした小説も書きました。これならスパイ小説とも距離を置けるだろうと判断したのですが、書いていてとても楽しかったです。


谷原:欧米のスパイ小説はカラッとしていますが、『トリガー』は独特の湿度を帯びていますよね。僕らが東アジアの歴史、日本や韓国の国民性、文化的な背景を知っているからなのか。それとも、アメリカや中国・ロシアとの代理戦争をやらされている悲哀からくるのか。いずれにしても、ウェットな小説だと感じました。


真山:馬術競技の韓国代表であり、不正を追及する女性検事キム・セリョンは命を狙われるのですが、冒頭でいきいきと描くことに腐心しました。それによって、読者の心にくさびを打ち込みたかったのです。セリョンの事件をフックにして、さらに彼女の恋人だった検事ジョンミンの思いを描いたことで、湿度が上がったのかもしれません。セリョンとジョンミンの2人がウェットな部分を担ったのだと思います。

一方、事件が発生し、国家間の問題に広がってからはドライに書こうとしました。事態を任された冴木も、警視庁の中村も、事件に振り回されていきます。


谷原:セリョンに対する思いを読者に共有させ、そこから背後にある謀略を描いていく。その対比に魅了されました。


真山:スパイ小説は日本ではあまりなじみがないので、「登場人物が多すぎる」「話の展開がコロコロ変わって意味がわからない」と言われないよう、気を配りました。込み入りすぎずわかりやすい展開、日本人の情緒に訴えかける物語を描く必要がありました。そこで推進力をつけるために、人間臭い人物をどんどん投入し、3つぐらいのエンジンを使って物語を回そうとしたのです。


谷原:その事件に冴木が巻き込まれていくんですね。背景の謀略にも興味がありましたが、登場人物にもとても情が湧きました。

(後編へつづく)



書誌情報


真山 仁

1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者を経てフリーライターに。2004年刊行のデビュー作『ハゲタカ』と同シリーズがベストセラーに。『マグマ』『プライド』『黙示』『売国』『当確師』『オペレーションZ』など、現代社会の様相に鋭く切り込む小説を発表している。近刊に『当確師 十二歳の革命』『ロッキード』『それでも、陽は昇る』がある。

谷原 章介

1972年神奈川県生まれ。モデルとして活躍後、映画『花より男子』で俳優としてデビュー。以後ドラマ、映画、舞台、CMなど多数出演。近年では『アタック25』『うたコン』『きょうの料理』の司会やナレーションなど幅広く活躍。2021年3月からニュース情報番組『めざまし8』のメーンキャスターを務めている。

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