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特集

恐いもの大好き芥川賞作家・藤野可織×「事故物件住みます芸人」の松原タニシの豪華共演!「幽霊」や「怪談」の面白さを語り尽くす!

撮影:佐山 順丸  取材・文:朝宮 運河 

藤野:ところで松原さんの家には同居人がいらっしゃるんですよね。マネキン人形の頭部の「首セブン」とか。すごくいいお名前。

松原:今も同居してますよ。ぞんざいに扱っているのが申し訳ないですけどね。うちには、他にみゆきという赤ちゃん人形もいるんです。以前、霊能者の方に「みゆきちゃんを大事にしてあげて」と忠告されたんですが、言われたとおりにするのも癪やなと思って、相変わらずぞんざいに扱っています。

藤野:態度が急変するのも、あやしいですもんね。

松原:先日、大きなキューピー人形をもらったんですよ。長年ある病院に飾られていたというキューピーで、手の形や目の色が少しずつ変化するっていうんですね。気味が悪いからというので外に預けられて、それが僕の家まで回ってきました。そのキューピー人形、手編みのフードのような服を着ているんですが、持ち主だった病院の院長先生もよく似た恰好をしているらしいんです。

藤野:ああ、それはいいお話ですね。分身みたいで気味が悪くて。

松原:ところが麻痺しちゃって、気味が悪いとは思えないんですよ。例によってキューピーもぞんざいに扱っています(笑)。

藤野:松原さんは恐い目に遭いすぎたんでしょうかね。

松原:自分が検証していく側になると、これまで信じていた怪談の裏側に気づいちゃうんですね。「ラップ音」と呼ばれる怪異現象も、柱の穴が空気の膨張によって鳴っているだけだとか。でも藤野さんの怪談は、「そうそう、その通りです!」と共感するところが多くて、読んでいて安心しました。藤野さんのお父さんが帰ってきたら、肩に「お玉」がひっかかっていたという話が好きです。

藤野:父は深泥池(注・京都有数の心霊スポット。藤野さんは京都在住)で釣りをしているギャルの霊を見た、とも言っています。それは本物のギャルの人だと思うんですけど(笑)。

松原:ああ、僕も深夜の琵琶湖大橋で、全身びしょ濡れの紙袋を持ったおばちゃんを見たことがありますよ。「引き返して消えていたら幽霊やな」と言いながら戻ってみたら、普通にびしょ濡れのおばちゃんやった(笑)。戻らなければよかったなと後悔しました。

藤野:知人から酔っぱらって真夜中の鴨川でひと泳ぎしたっていう話を聞いたことがあるんですけど、その知人ももしかしたら幽霊に間違えられていたかもしれませんね。

松原:僕も夜中にひとりで心霊スポットを歩いているわけですから、怪談を増やしている可能性がありますよね。眼鏡のおかっぱ頭が、ぶつぶつ呟きながら歩いていたら、そりゃ恐いですもん。

藤野:幽霊としての名前がついちゃってるかもしれませんね。

松原:『私は幽霊を見ない』に戻しますと、僕は映画館の話も好きなんです。『ダークナイト』を見に行ったつもりが、全然違う作品を見てしまったという。


藤野:『ローマの休日』を見るはめになるとは、その人もびっくりしたでしょうね。

松原:大抵のことがスマホで調べられちゃう現代、藤野さんの本には「これは一体何なん?」というエピソードが多くてワクワクします。読んでいて思い出したのは、かつて塾の先生から聞いた話。その先生が学生の頃、『ライオンのごきげんよう』というお昼の番組を見ながら、机で宿題をしていたら眠くなって、番組のエンドロールを見ながら居眠りしてしまったんです。ずいぶん寝たなと思って顔を上げると、まだ『ライオンのごきげんよう』が流れていて、しかもエンドロールの前あたりに戻っていたと。つまり先生は同じ番組を2回見たんですよ。こういう異世界に迷いこむような話は面白いですよね。

藤野:本当ですね。新刊の『恐い旅』は『恐い間取り』とまた違った面白さがありました。こちらも好きな話が多くて、付箋をたくさん貼ってきたんですが、ショックだったのは「手のないお坊さんの墓地」。しつけと称して、お墓の松の木に子供を縛りつけるという展開が……。しかも白い人影が出てきたからお母さんだけ逃げ出すっていう。お坊さんの幽霊が出てきたことより、そのことのほうが気になっちゃいました。松原さんもその松の木に縛られてみたんですよね。

松原:出てきてくれませんでしたけど。60年も前の話なので、一晩縛られたくらいじゃ会えないみたいです。

藤野:あとは「無害ジジイ」が好きです。「危害は加えませぬ、危害は加えませぬ」とずっと言いながらついてくるなんて、危害を加える気が満々じゃないですか(笑)。誰がつけたのか、名前もいいですしね。

松原:それだけ何もしませんって言われると、逆にストレスですよね。よほど空気の読めない人が、幽霊になったんでしょうかね。

藤野:『恐い旅』では200か所くらいの心霊スポットに行かれているわけですけど、場所を間違えたとか、行ってみたらガセだった、ということまで正直に書かれていますよね。たとえば兵庫県の鷲林寺しゅうりんじに出るという牛女の話。牛女の都市伝説の内容もとても興味深いですし、実際に行ってみて「後ろから追いかけてきた!」と思ったら、ただの車だったというのもすごくいいです。笑えるんですけど、笑いをとるために書かれているというよりは、むやみと誇張するようなことはしないでおこうという真面目さと誠実さを感じます。


松原:『恐い間取り』は割と恐いところだけを抽出しているんですが、『恐い旅』はアホな話、どうでもいい会話まで書くようにしています。そのせいで恐くなくなっちゃったんですけど。

藤野:わたしはそこに親しみを感じます。恐そうに書いていないのに、恐いところはしっかり恐いし。

松原:僕が芸人だからというのもあると思うんです。お笑いをやっていて、「これからぼけますよ」と意思表示したうえで滑った時の空気って、耐えられないんですよ(笑)。だから極力、ぼけていないふりをしながらぼける、という習性が身についてしまったんですね。怪談も同じで、「これは恐いですよ」と煽っておいて恐くなかったらどうしよう、と思っちゃうんですよね。

藤野:怪談を聞いている時って、結構明るいムードだったり、合間にアホな会話をしていたりするじゃないですか。実はそんなにシリアスな空気ではなくて。

松原:そうなんですよね。藤野さんは人から聞いた怪談だけじゃなく、「了解をとってiPhoneで録音した」というところまで書かれている。「分かるわー」と感動しました。高校時代の先生から堀辰雄と『風立ちぬ』についての話を聞いている場面でも、録音データを調べているふりをして、こっそりスマホで『風立ちぬ』のあらすじを調べていたとか(笑)。普通なら絶対スルーされるところを書いていて、めちゃめちゃ好きですね。

藤野:先生の前では見栄を張りたかったんですけど、書いているものに対しては見栄を張ったら駄目だなと。

松原:素晴らしいですね。

藤野:『恐い間取り』『恐い旅』も、芸人仲間の方たちとのあたたかい友情が描かれているのも読みどころだと思っています。華井二等兵さんとか、にしね・ザ・タイガーさんとか。にしねさんは心霊スポットで突然饒舌になったり、走り出したりして名脇役ですね。

松原:にしねなんて阪神タイガースと特撮ヒーローにしか興味のないような奴ですよ(笑)。そんな奴の名前を憶えてくださってるなんて、きっと喜びますよ。彼らと顔を合わせるのは、心霊スポットに行く時だけで、ご飯に行ったりキャンプに行ったり、というようなリア充的なつき合いではまったくないです。


藤野:そういえば『私は幽霊を見ない』の担当さんは、すごく勘の鋭い方なんです。その担当さんが『恐い旅』を読んで、「松原さんはすでに何かに取り憑かれているんじゃないですか」って言うんですけど、どう思われますか?

松原:え、本当ですか!? 考えてみるとイベントでお客さんにもらったお菓子が、朝起きると消えているんです。ひとつふたつは食べた記憶はあるんですが、12個とか16個とかが丸ごとなくなっていて、ゾッとすることがよくありますね。

藤野:それは……取り憑かれているっぽいですね。

松原:怪談をやっている人は、なぜかみんな太っているんですよ。事故物件サイトで有名な大島てるさんも、深夜の心霊スポットでいきなり「なんか食べなきゃ」と言っていましたからね。背後に憑いている霊が、食べ物を欲しているのかもしれません。

藤野:じゃあ松原さんにも餓鬼の霊が……。

松原:そうだったのか。藤野さんがやっと出会った幽霊は、松原タニシだったっていう。

藤野:綺麗にオチましたね(笑)。お体に気をつけてこれからも「恐い旅」を続けてください。新刊が出たら必ず読ませてもらいます。

松原:『私は幽霊を見ない』の続きも期待しています。今日はありがとうございました。

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藤野可織『私は幽霊を見ない』(角川書店)


藤野可織(ふじの・かおり)
1980年、京都府生まれ。2006年「いやしい鳥」で第103回文學界新人賞を受賞しデビュー。13年「爪と目」で第149回芥川賞、14年『おはなしして子ちゃん』で第2回フラウ文芸大賞を受賞。著書に『いやしい鳥』『爪と目』『パトロネ』『おはなしして子ちゃん』『ファイナルガール』『ドレス』など。

松原タニシ(まつばら・たにし)
1982年、兵庫県生まれ。松竹芸能所属のピン芸人。2012年よりテレビ番組「北野誠のおまえら行くな。」の企画として事故物件に住み始める。これまで暮らした物件は関西・関東合わせて7軒。その活動を綴った『事故物件怪談 恐い間取り』がベストセラーに。


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