恐いものが大好きという芥川賞作家・藤野可織さんが、日常に潜む不思議な出来事をユーモラスなまなざしで綴ったエッセイ『私は幽霊を見ない』(KADOKAWA)。
「事故物件住みます芸人」として活動する松原タニシさんが、ベストセラー『事故物件怪談 恐い間取り』に続いて発表した『異界探訪記 恐い旅』(ともに二見書房)。
「幽霊」や「怪談」と絶妙な距離感で戯れ、その奥深い面白さを教えてくれる両書の著者が初顔合わせ! お互い共感するところが多いという藤野さんと松原さんのトークをお楽しみください。
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藤野:テレビをあまり見ないので、「事故物件住みます芸人」としての松原さんは存じ上げなかったんですけど、『恐い間取り』は本屋さんでたまたま見かけて買ったんです。読んでみたらすごく面白くて。
松原:ありがとうございます。本にたくさん付箋を貼ってもらって、嬉しいです。
藤野:事故物件だけで一冊、っていう怪談本は珍しいですし、松原さんの淡々としたレポートがどれも面白いんです。好きな話は多いですが、松原さんが5軒目に住まれた事故物件。キッチンの壁に絵や写真が染みになって残っている、っていうのがとても素敵で。
松原:素敵でしたか(笑)。
藤野:長時間、強い光を当て続けたら、絵や写真がネガのように染みつくこともあるかな、とは思うんですけど。そこは陽当たりのいい部屋でした?
松原:うーん、暗くはなかったですけど、キッチンに窓はなかったですね。
藤野:じゃあ直射日光が当たるというわけでもないんですね。不思議ですねえ。どうやったらあんなふうになるんだろう。
松原:期待値を上げてしまって申し訳ないんですけど、あの部屋は全然大したことが起こらなかったんですよ。そもそも事故物件って、意外と変なことが起きないんです。検証してみたことで、「案外平気なもんやな」というのが分かってしまった。
藤野:5軒目といえば、住人が仏壇で首吊り自殺をしたという部屋ですよね。動画配信中に、黒い人影が通り過ぎたとか(注・松原さんは事故物件や心霊スポットの模様を、リアルタイムで動画配信している)。
松原:それも自分では気づかなくて、視聴者の方のコメントで知ったんです。あの物件に住んでいた頃は、そろそろ事故物件に飽きかけていたので、せっかくの怪異現象を見逃していたのかもしれません。
藤野:事故物件に飽きるなんてことがあるんですね(笑)。
松原:生活している分には、普通のアパートですから。藤野さんの『私は幽霊を見ない』、読ませていただきましたが、めっちゃいいですね。「幽霊を見ない」と宣言している怪談の本って珍しいですよ。
藤野:タイトルが若干ネタバレになっています。幽霊、見たことないんですよ。
松原:何度かニアミスはされていますよね。学生時代、部室のテレビがひとりでに点いて、老人の顔が映ったっていう話なんて、怪談として成り立つじゃないですか。でも藤野さんはゴキブリのせいにしている(笑)。ゴキブリより幽霊の方が、まだ可能性が高いと思うんですけど。
藤野:ゴキブリの方が可能性高くないですか? 電化製品は温かいからゴキブリの巣になりやすいと聞きますし。
松原:ああ、それは実際言いますね。僕が芸人になって最初に住んだのは、それまで先輩芸人が住んでいたアパートだったんです。住み始めた頃は先輩の荷物がまだ残っていて、段ボールの上にビデオデッキが置いてあったんですね。それで何気なく取り出しボタンを押してみたら、ビデオテープと一緒に中からゴキブリがわさわさっと出てきて……。しかもその時出てきたテープが、映画の『ハムナプトラ』だったんです。
藤野:『ハムナプトラ』! 大好きな映画です。スカラベの大群が出てきますよね。そのビデオと共にゴキブリが出てくるなんて、貞子がテレビ画面から出てくるくらいの衝撃ですね。
松原:出来すぎた話なんで、これは多分記憶を改ざんしているんですけどね(笑)。とにかくあれは恐かったです。しかし藤野さんのテレビの話は怪異現象と捉えた方が、シンプルな気がしますけど。藤野さんは心霊否定派というわけではないんですか?
藤野:否定派ではないです。ただ見たことがないので、肯定もできないんですよ。
松原:幽霊は見てみたいですか?
藤野:見たいですね。ただあまり恐すぎるのは、腰を抜かして怪我するに決まってるので嫌ですね……。ちょっと話はずれますけど、よく怪談で「幽霊に出会って、恐ろしさのあまり気絶したら翌朝だった」っていうパターンがありますよね。気絶している間に何が起こるのか、それこそが重要な情報なのに、そこを教えてくれない。
松原:あのパターンは納得いかないですね(笑)。4軒目の事故物件に住んでいた時、僕も動画配信中、いきなり気を失ったことがあるんです。気づいたら朝になっていて、何があったんだと動画を見返してみたら、肝心のところで壁しか写っていないんですよ。あれは残念でした。
藤野:向かいの家の防犯センサーがしょっちゅう鳴っていた、というアパートですね。
松原:そうです。つい先日、その物件を借りていた不動産屋から電話があって、「先月退去された松原さんですよね」って言うんですよ。おかしいな、僕が退去したのは一年前だけど、と思いながらも話を聞いていたら、「退去の理由なんですが、防犯センサーの音がうるさいということと、謎の液体をぶちまけられて玄関のドアが腐食した、ということですね」って言うんです。
藤野:え、謎の液体ってなんですか!?
松原:詳しくは分からないですが、硫酸のようなものですかね。僕の次に入った住人も防犯センサーを気にしていて、しかも謎の液体をかけられるようないやがらせを受けていた。あの部屋は変だったんだなと。
藤野:それは誰かがやっているということですよね。お化けより生きた人間の方が恐いですね。
松原:いや、それでもホンマの幽霊を見てしまうと、恐ろしいですよ。別のマンションでの話なんですが、玄関を開けたら部屋の真ん中に知らないおばちゃんが座っていたことがあったんです。それを見た瞬間、凍り付いたように動けなくなって。よく見たら、当時ルームシェアしていたカシューナッツという後輩芸人のお母さんやったんですけどね。
藤野:生きている方だったんですか。
松原:部屋で手巻き寿司を巻いてくれていたんですけど(笑)。そう気づくまでの数秒間は、生きた心地がしなかった。あり得ないものと遭遇する恐怖っていうのは、こんなに強烈なものなんだなと。
藤野:松原さんは結構、危険なところにも行かれてますよね。夜中の廃墟とか廃神社とか。
松原:動画配信をしているから行ける、というのもあると思います。たとえ突然死しても、誰かに発見してもらえるし。前に大阪の廃神社でイノシシに襲われたんですよ。電波の悪い山の中だったので、「どうせ死ぬなら配信中にしてくれ!」と本気で思いました。
藤野:すごいプロ意識(笑)。松原さんはもともと恐がりだったんですよね。
松原:相当な恐がりでした。ただそんな自分が嫌で、克服してやろうと思ったんです。
藤野:わたしも昔から恐がりだったんですが、大人になったらどうも感性が鈍くなったのか、前ほど恐がらなくなりました。恐がるのって、結構体力を使うから疲れるんですよね。若くないとできない。
松原:分かります(笑)。でもそれは淋しいですよね。
藤野:淋しいです。
松原:淋しいと感じるってことは、恐怖は楽しみでもあるんですよね。僕も恐がりを克服できたのは嬉しいけど、楽しいことに飽きているのだとしたら、複雑な気持ちです。