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特集

芦沢央×呉勝浩 白熱対談〈前編〉「『カインは言わなかった』は気迫と描写力でねじ伏せてくる」

撮影:小嶋 淑子  構成:瀧井 朝世 

呉勝浩『スワン』(KADOKAWA)


『カインは言わなかった』は恐ろしいラストですよ。おぞましい。(呉)

芦沢:でも、軸は決まっているんですよ。『カイン~』でいえば、冒頭に殺害シーンが出てきて、その後いっぱい追い詰められる人を書いていこう、と。そうすると、ミステリー読みの人は、「ああ、これはフーダニットで、この中の誰かがこの後殺人を犯すのね」と思いながら読んでいくことになる。「あ、そろそろやっちゃうかな、あれ、やらないな、じゃあこっちがそろそろヤバそうだな」と思いながら読んでくれるんじゃないかと思って。いろんな人がどんどん追い詰められていくので、読み手も「このくらい追い詰められたら人を殺すんじゃないか」とか「これでは殺さないかな」って自分の中にある種の線を作ってくれるんじゃないかと。そうしていくと、他の人が一線を越えなかったなかで、この人は越えた人なんだという重さは伝わるんじゃないか、というのを思いついたんです。その動機を完全には理解できなくても、重さの途方もなさだけは伝わる。それは動機を理解してもらおうという書き方とは違うものを伝えてくれるんじゃないかと。なので、まずそういう構成がありました。

呉:そうだったんですか。

芦沢:はい。構成を思いついてから、視点人物を決めて、それぞれどうやって追い詰められていくかは書きながら考えていきました。

呉:じゃあ今回については、僕のほうが何も決まってなかったな(笑)。それで訊きたいんですけれど、この小説には誉田ほんだというダンスカンパニーの芸術監督と、画家の藤谷豪という二人の芸術家が出てきますが、僕の中では豪は最初の登場から最後の台詞まで、芸術の申し子として理想化された超越的な存在なんです。誰にも執着せず、誰からも執着されている。それと比べると、誉田は「俺の芸術」みたいなことを言っているくせに、世の中から自分がどう思われるかめっちゃ気にしているやん、となって、めっちゃ好きになったんですよ。芦沢さんの中では、この二人の差とか位置づけってどういうふうに決めてたんですか。

芦沢:うーん。この二人をどういうふうに位置づけるかというよりは、絵画の話とバレエの話が、ある意味、表裏になるといいなと思っていました。芸術監督の立ち位置で人を動かしてプロジェクトとしてやっていく誉田と、すべてを気にせず一点ものの作品を作る豪では立場が違う気もしますし。

呉:誉田は最初は頭おかしいくらいのサディストに思えるんだけど、ちょいちょい絶対じゃないところが見えてくる。でも、この小説で豪や豪の絵を否定する人は一人も出てこないんですよね。

芦沢:一応あゆ子という人物が豪の絵を見ているところのシーンは、ただ「きれい」としか言っていなかったり、同じ絵でも見る人によって見え方は違うんですけど。

呉:ああ、あゆ子も絵に惹かれているように僕は読んでしまったんです。誉田も豪の絵を自分の舞台に使用するくらいだから惹かれているんだろうし。だから、豪は完璧すぎるんじゃないだろうかっていう疑問を持っているんです。

芦沢:なるほど、私としては豪という人物が書きたいというよりは、豪の周りの人物が書きたかったんですよね。豪のことは周囲のみんなが見たいように見ているというか、豪のこと、豪の絵をどう見るかには、その人の価値観や偏見や期待が映し出されている。鏡のような存在ですね。

呉:ああ、彼は求められるものを分かって演じている。ああ、そこが、「カインとアベル」の物語のアベル的立ち位置ってことになるのか。そうか。それと、誉田と、彼にしごかれる尾上おのうえというダンサーのやり取りがすごくいいなと思いました。ペットボトルを置いて「これの動きを真似ろ」なんて、意味が分からん。いや、そう指導する誉田というより、冗談抜きでペットボトルになろうとする、追い詰められている尾上の思考のほうが意味が分からない。でも、そうやって誉田に謎かけのように言われて、どんどん迷路に入っていく感じがすごくよかった。ひとつだけ、もっと書いてほしいと思ったのは、演じる側の快感だったんですよ。今回はそれがなくても成立する話なんだけれど、芦沢さんの書く、演じる快感を読みたいなと思っていたんです。でも改めて『バック・ステージ』を読んだらさ、演じる快感が書いてあるわけですよ。さっき言った、例の「舞台裏の覚悟」にさ。まあ、侮れない人だね、ほんと(笑)。



芦沢:対談中に伏線を回収! 素晴らしい(笑)。『バック・ステージ』は『カイン~』とは全然アプローチが違うんですよね。言われて気づきましたが、確かに『カイン~』では演じる快感なんてどうでもいいんですよ。本人がどう感じているかと、どう見られるかは関係ない。それで今回、書かなかったんだなって思いました。

呉:それよりも追い詰められる心理が書きたかった、と。

芦沢:最終的に芸術が目指すべき表現に行き着いたとしても、誉田がやったことは正当化されるのか。芸術のためならパワハラがあってもいい、だからこそ辿り着ける境地があるんだというところと、いやでもそれがどれだけの死屍累々を生んでいると思っているんだというところに意見が分かれると思っていて。読み手の倫理観と芸術観みたいなものを映す鏡であってほしいというところが狙いだったんです。でも結末に関しては、「よかったね」という感想は多いですね。

呉:あれは恐ろしいラストですよ。おぞましい。

芦沢:そういう感想もちらほら出てきてはいます。

呉:これは99%、ハッピーエンドじゃない話ですよ。ハッピーエンドに見せかけて、芸術ってものは恐ろしいものとして書かれている皮肉があって、黒芦沢がそこにいるんですよ。僕はひねくれて
いるので、そう思いました。

芦沢:あの結末は、読後感よく終わるというのが一段階ある上で、でも本当にそうなのかなって、一歩とどまってほしいところでもあるんです。そこを汲み取ってくださって嬉しいです。でも、それが彼らにとって悪いことなのかっていうのはまた別ですよね。

呉:一般的な価値観で言うと決して幸せじゃないかもしれないけれど、でも彼らの価値観のなかでいいのか悪いのかといったらもう、そこは分からないですからね。

ある意味、世界を諦めたくないんだなって(芦沢)

芦沢:いい悪いでいうと、『スワン』は、銃撃事件はおいといて、その後に起きている出来事は、安易に悪に転がすことだけはすまいという矜持のようなものを感じました。プルーフの著者コメントに「悪意に牙をむかれた時に現れそうな、自分の本性も恐ろしい」とありましたが、でも読んでいて、呉さんは、本当に本性って見せたくないようなものだと思っているのかな、って。いざという時の行動はいざという時のものであって、その人の本性だとするのは浅慮なんじゃないかと思っている気がしたんです。だって、すごく人の多面性を描いていますよね。この人はこういうシチュエーションだと面倒臭いけれど、でも人に対してこういう優しさとか誠実さを持っているとか、そういうことをちゃんと一人一人に対して光を当てていくじゃないですか。でも、だからこそ悲劇なんだっていう話ですよね。悪意が積み重なったのではなく、これだけ善性を持っている人たちがいるのにこうなってしまったということが悲劇なんだなって思いました。その抑制が素晴らしくて、めちゃくちゃ感動したんです。

呉:ありがとうございます。

芦沢:ある意味、最終的に、世界を諦めたくないんだなって。いずみだって、人としてすごく強いじゃないですか。悪意のある言い回しを世間に広められてしまっていて、それに異を唱えるチャンスもあるのに、自らの意志で口をつぐんでいる。その、きれいごとになりかねない着地を、ギリギリのところで支えているのは、いろんなものの善性について光を当てているからこそなんですよね。これはすごいバランスだなって。

呉:うまくいっていればいいなとは思っているんですけれど、常に不安なところはありますね。僕が好きだろうが、世の中が仮に本当にそうであろうが、読んでいる人が白けてしまったら書き手としては負けなわけじゃないですか。そこは本当に難しいところなんですけれど、やっぱりギリギリのところを保ちたいなっていうのは確かにあります。

どんでん返しによって見える世界が変わることに、物語として意味があってほしい(芦沢)



芦沢:その一方で、呉さんの書く暴力は、私には書けないなと思っていて。

呉:そうですか? 芦沢さんが書くものも結構ひどい話がありますが(笑)。

芦沢:あ、『いつかの人質』とかは「ひどい」って言われますけれど(笑)。でも誘拐モノの系譜ではそこまでひどくはないんじゃないかと……。

呉:よく考えてください。あれはひどいですよ(笑)。

芦沢:でも呉さんの『雛キャン』、『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』なんて、もう、ひどいじゃないですか。

呉:いや、『いつかの人質』のほうがひどいですよ。だっていかに辛くて、いかに怖いか、被害者感情を書いているから。『雛キャン』はそういうのは、超平気な話にしようと思って書いてますから。

芦沢:私自身が暴力というものをすごく恐れているから、私はああいう書き方になるのかも。確かに『雛キャン』はひどいことがいっぱい起きて、めちゃめちゃ痛い目に遭っているけれど、痛みについては書いていないんですよね。『スワン』も、最初の殺人のシーンで、この人はこれからデートで、この人はこうで……と、死ぬ直前までそれぞれが生きていた証がきちんと書かれているけれども、殺される瞬間については、犯人が撃ったり切ったりしていくのを客観的な描写でしか書いていない。お互いの暴力の描き方というものに関して、違いがありますね。

呉:僕のほうが若干、それを書くことにビビっている感じがあるかもしれない。

芦沢:痛いとかそういうことを書かずに暴力のシーンを書いている時は、いったいどういう感覚なんですか。

呉:いや、痛い感じはあるだろうな、みたいには思っています(笑)。結局僕は、暴力自体というよりも、暴力に屈してしまう心のほうに興味があるんです。『スワン』で暴力を書いたのも、悲劇や理不尽は本当に突然降って訪れるっていう、即物的な感じが出したかったから。僕は理不尽がめっちゃ怖いんですよね。たとえば今、芦沢さんに因縁つけられて(笑)、言い返したら言葉尻をとられて、またやられて……となって名誉棄損みたいな話になったとしたら、僕はその理不尽に立ち向かえるかどうか。相手がコストを考えずに攻撃してくる時の恐怖ってあるじゃないですか。

芦沢:ありますね。

呉:話せば分かるっていうのは、相手にコスト感覚がある場合であって、それがないと話しようがない。ストーカーなんかはまさにコスト感覚がない。そういう人にぶち当たった時に、どうするのがいちばん正解なのか考えちゃうんですよね。それは怖いなと思っています。宮部みゆきさんも何かのインタビューで「自分が怖ろしいと思うものを書く」っておっしゃっていました。僕はあの方ほどがっつり書けないけれど。

芦沢:プロットが決まっていない段階からもう、理不尽な目に遭った時に人がそれとどう対峙するのかを書きたい、という気持ちはあるわけですか。

呉:あります。この作品を書くきっかけとなった映画が2本あるんです。ドゥニ・ヴィルヌーヴの『静かなる叫び』と、ケネス・ロナーガンの『マンチェスター・バイ・ザ・シー』。どちらも、悲劇とその後の話なんです。で、自分も悲劇は乗り越えられるのかどうかというあたりをテーマにして書きたいなって思ったんですね。僕は悪意というよりは理不尽のほうを重視しているんですが、いずみのように、理不尽に巻き込まれた結果、悪意にもさらされるようになってしまったら、どうするんだっていう。当然、周りに対しての対決と、自分の中の対決というのがあって、そこらへんをなんとかうまく書きたいなと思いました。『カイン~』はインスパイアされた作品はあるんですか。

芦沢:映画の『フォックスキャッチャー』です。実際の殺人事件をベースにした話ですが、私、具体的なことを知らないで観たんですよ。それで、「誰が誰を殺すんだ?」「そろそろ殺すな」「あれ、殺さない」というのを繰り返しながら観ていて、その中で、自分の中に線ができていくっていう感覚が面白かったんですよね。

呉:ああ、そういうことか。

芦沢:それで、これだって思いました。その線を逆に利用して、読者に対してどんでん返しを作ろうと思って。どんでん返しを作ること自体はそんなに難しくないじゃないですか。

呉:おやっ。今のはちょっと、太字で記事にしてほしいですね(笑)。

芦沢:いや、だって、男だと思ったら女だったとか、そういうのは仕掛けるだけなら結構やろうと思えばたくさんの人ができると思うんですよ。でも、そのどんでん返しによって見える世界が変わることに、物語として意味があってほしいと思っていて。

呉:その通りですよね。確かに芦沢さんの『悪いものが、来ませんように』はそれが見事に決まっていましたよね。すべてが分かった瞬間にテーマが浮かび上がってきて、やっぱり本を読んでいていちばん楽しい瞬間みたいなのがあって。

芦沢:ありがとうございます。そこにこだわっていきたい気持ちがあるんです。

呉:ああ、なるほど。

▶▶【後編】「『スワン』も面白くて、こんなもの書かれたらたまったもんじゃない」

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試し読み▷無差別銃撃事件の最中に少女が見た光景とは――。 2019年最大の問題作。呉勝浩「スワン」



芦沢央(あしざわ・よう)1984年東京都生まれ。2012年『罪の余白』で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。17年『許されようとは思いません』が第38回吉川英治文学新人賞候補。18年「ただ、運が悪かっただけ」、19年「埋め合わせ」がそれぞれ日本推理作家協会賞短編部門候補に。18年『火のないところに煙は』で第7回静岡書店大賞受賞、19年本屋大賞、第32回山本周五郎賞ノミネート。他の著書に『悪いものが、来ませんように』『いつかの人質』『雨利終活写真館』『バック・ステージ』など。最新刊は『カインは言わなかった』(文藝春秋)

呉勝浩(ご・かつひろ)
1981年青森県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。現在、大阪府大阪市在住。小学生の頃に読んだアガサ・クリスティの『アクロイド殺し』 でミステリーの面白さに開眼。2007年頃から小説の執筆・投稿を始める。15年『道徳の時間』で第61回江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。18年『白い衝動』で第20回大藪春彦賞を受賞。他にも吉川英治文学新人賞、山本周五郎賞、日本推理作家協会賞の候補になるなど、話題作を発表し続けている。

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