対談
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【『ライト・ノベル』刊行記念対談 滝本竜彦×森川 葵(女優)】自分を変えるのは自分次第~作家と女優のメタモルフォーゼ
撮影:ホンゴ ユウジ ヘアメイク:石川 奈緒記
引きこもり問題をポップに描き、一世を風靡した『NHKにようこそ!』から 17 年。“ゼロ年代作家のセンターポジション”滝本竜彦さんが、待望の新作とともに帰ってきました。 待望の復活を記念し、テレビ東京「このマンガがすごい!」の『NHKにようこそ!』で、ヒロインの岬を演じた森川葵さんとのスペシャル対談が実現。新作『ライト・ノベル』は、つまらない日常の中、さえない自分を変えていく物語。一見接点のない、元引きこもり作家と人気女優が、過去の自分、自分を変えること、そして未来について語ります。
――「このマンガがすごい!」以来の再会ですね。森川さんの演じられた岬ちゃん(『NHKにようこそ!』のヒロイン)は、いかがでしたか?
滝本: 素晴らしかったです! 岬ちゃんが実際に三次元で生きているとこんな感じなんだ、っていうのを初めて想像できて……何だろう。今まで想像したことのないものが見えました。
――漫画のコマに中に入り込むという特殊な演出の不思議なドラマでしたが、森川さんは演じられていかがでしたか?
森川: 実写だと相手とのやり取りができますけど、相手はマンガということで、普段してるお芝居とは全然別物。やっぱりすごく難しかったですね、あの枠の中におさまるっていうことが。
――森川さんはアニメから『NHKにようこそ!』にハマったということですが、いちばん共感したポイントは?
森川: やっぱり「闇」の部分ですね。自分もどちらかと言うと、家に引きこもって、あんまり人と接したくないタイプなので。仕事っていうスイッチが入ると大丈夫なんですけど、本当は、たくさんの人と仲良くするのは性格的に苦手だし、ネット上で、文字でコミュニケーション取ってるほうが得意なんです。
――そんな森川さんがなぜ女優に?
森川: ほんとに単純に、親からお小遣いを貰ってなくて。それこそ友だちがコンビニで、チキンを買って食べてたときも、自分はお小遣いがなかったからできなかったんですよ。だからすごく羨ましくて。中学生のとき、自分で稼げば食べられるんだって気が付いたんですけど、じゃ、今の年齢でもできる仕事って何だろうって考えた時に、思いついたのが新聞配達と芸能界だったんです。
滝本: ギャップがすごい!
――では、新聞配達員になっていた可能性もあったわけですね。
森川: あったわけですよ(笑)。そのあと雑誌のオーディションを受けたんですけど、落ちていたら、新聞配達をしてたかもしれないですね。
――滝本さんは、なぜ作家になろうと?
滝本: もともと働きたくないっていうのはあったんですけど、小学生の時、『ドラゴンランス戦記』っていう海外のファンタジー小説を読んだことがきっかけです。かわいいイラストじゃない、アメコミみたいなすっごい筋肉ムキムキの男が挿絵のやつ。もう震えるほど感動したんですよ。あと、大学に行ってから、ほんとに佐藤(『NHK にようこそ!』の主人公)みたいなダメな生活をしていて、「就職できないから、絶対、作家になるぞ」って思って。
作家と女優の高校時代
――新刊『ライト・ノベル』は、内向きな高校生が主人公ですが、高校時代はどんな生徒
で、どんな生活を送ってたのですか?
滝本: 僕は写真部に入っていました。学校の端っこに写真部の暗室があって、そこで部員たちがトランプしたり、すごく可愛くて好きな先輩とかいて……好きだとか言えなかったし、『NHKにようこそ!』の先輩と佐藤みたいなことは、まったく何もなかったんですけど、甘酸っぱい思い出がある高校時代。今思うとすごく素敵なシチュエーションだったんですけど、当時は恵まれてるってことがわからなくて。
森川: 私は中学生時代、「ニコニコ動画」「初音ミク」やそれこそアニメ「涼宮ハルヒ」「らき★すた」とかにハマってて……ほんとうに友だちがムチャクチャ少なかったんです(笑)。 そしたら、中学 3 年のときに『セブンティーン』のオーディションに受かって。
滝本: すごいですね。
森川: でも『セブンティーン』って、ティーン誌の中でもハイクラスだったから「私みたいな子がいるような雑誌じゃない。このままじゃ、いけないかも......よし、これは高校デビューするしかない!」と思って(笑)。だから、通学に電車を 2 回乗り継ぎして、 1 時間以上かかるような高校に行って、中学時代の私のことを知っている人がいない環境で新しい自分をつくり直したんです。自分のそういうヲタクっぽい性格は嫌いじゃなかったので、そのままでもよかったんですけど、『セブンティーン』の世界に、どうにかしてハマらなきゃいけない、変わらなきゃ、変えなきゃ、って思って。環境に自分を合わせて演じることはけっこうしていましたね。
――けっこう闇が深い。
森川: そうなんですよね(笑)。
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滝本: 僕はけっこう努力家なんで、今は、自分から変化をつかみに行っています。「フリーコミュニケーションワーク」っていう街で知らない人に声を掛ける活動とか、そういうことをして、『ライト・ノベル』に込めたかったトキメキ感やオープンハート感をつかみました。平日に 1 人、土曜は 10 人に声を掛けるんですけど、仏壇を拝む宗教的儀式みたいな感じで、今でもルーチンワークとしてやってます。
――「引きこもり作家」としてデビューしたとは思えないですね。
滝本: そう。でもまあ考えてみれば、昔から小説では可愛い女の子と偶然、出会って楽しい生活が始まるみたいな話ばかり書いてますね。
――デビュー当時は「引きこもり世代のトップランナー」とか、「青春を後ろ向きに駆け抜けろ!」とかいうキャッチフレーズをつけられていましたが、当時はどう思われてたんですか?
滝本: いや、これはけっこう売れるだろ、って思ってました(笑)。
森川: いいと思います。私もそうですけど、共感する人は絶対いますよね。
――芸能界だと無理やり自分を演じなければいけないことが、たぶんにあるとは思うんですけど、つらくなることもありますか?
森川: それこそ『セブンティーン』に合わせようとしてたときは、私こうじゃないのに、何でこんなにすごい頑張ってんだろう?何のためにこれやってんだろう?って思ったことがあって。自分は合ってないなって感じたことがすごくありました。でもそこで合わせるという行動が取れたから、今もこうして続けていられるのかなと思います。
滝本: 女優と、雑誌のモデルはやはり違いますか。
森川: 違いますね。役割という、もう出来上がってる枠がある『セブンティーン』と、枠がない中で、まだぼんやりとしか見えていない役柄を、毎回形にしていかなければならない女優という仕事……だから、私にとって女優とモデルは別物ですね。わからないことをゼロからつくっていくことが本当に好きなので、そういう意味で女優という仕事は、自分に向いている、やっぱり好きなんだなって思いますね。
滝本: 幅広い役を演じられていて、何でこんなにいろんな役柄をこなせるんだろうと思います。
森川: 中学時代はごく少数の人にしかわかってもらえないような趣味の友だちとだけ遊んで満足していたんですが、高校に入ってからは、それこそルーズソックス履いたり、友だちとお揃いのメイクをして文化祭に行くとか、「あの先輩たち、メッチャ可愛いよねっ」て言われるようなグループをつくってみたり、中学とは真逆の高校時代を送ったんです。だからこそ今、演じられる役の幅が広がったのかなと思います。
滝本: 学生時代が練習だったんですね、女優になるための。
森川: でも、滝本先生もフリーコミュニケーションワークを経て、いろいろなことを自分の中に取り込んだからこそ『NHKにようこそ!』のときには書けなかったものが『ライト・ノベル』では書けたのではないですかね? だから私、先生のフリーコミュニケーションワークは、私にとっての高校時代なんじゃないかなって思います。
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「瞑想」と「挨拶」で孤独と向き合う
滝本: 僕、毎日瞑想してるんです。瞑想と言っても、どちらかというとイメトレみたいなものですが、心の中を何かに集中している状態にする、たとえば小説のアイディアを心の中で静かにじっと見てみる。『ライト・ノベル』で言えば、作品に込めたい「光」のイメージとその感覚に意識を集中し続ける、そうするとストレスゲージみたいなのがガーッと減っていって、頭がクリアになって、新しいアイディアが生まれてくる。この『ライト・ノベル』は 9 割方、瞑想でつくられたみたいなところがあるんです。
――森川さんは、気分転換をするために、普段心がけていることはありますか。
森川: 私、甘いものがすごく好きなんです。甘いものを食べて、自分の中をリセットしています。「もうこれ全部食べて、全部忘れてしまおう!」みたいな。あとは、ボーッとしてる(笑)。
滝本: ボーッとするの、いいですよね。それも瞑想だから。
森川: なんかさっきからお話を聞いていると、それこそ自分の生活の中に瞑想に近いものがあるのかもしれない!
滝本: 実はたくさんあって、それを意識的にやれば、それはもう瞑想なんです。そういう自分を中心に戻す行為が誰の中にもあって、それができなくなってくると、メンタルヘルスがヤバくなってくる。
――『NHKにようこそ!』も『ライト・ノベル』もコミュニケーションの大切さを描かれていると思いますが、その点お二人は日頃、気を配ってることはありますか。
森川: やっぱり挨拶です。挨拶はちゃんとしようって思っています。それこそ仕事を始めたばかりの頃は、挨拶するのがすごく恥ずかしかったんです。だけど、最近、挨拶をされるとすごく気持ちいいなっていうことに気付いて。なら、きっとされた側も気持ちいいだろうなって。
――滝本さんが実践しているフリーコミュニケーションワークに近いですね。滝本さん、そのときは何て挨拶するんですか?
滝本: 「あ、お疲れ様です」って。一瞬ギョッとされつつも「今日はいい一日でしたか」って聞くと、戸惑いながらも応えてくれる人もいて、とにかく挨拶して話をして、気持ちよさが伝わるコミュニケーションが一瞬でも成立すれば、その瞬間にプラスの何かが生まれたんじゃないかなって思える。
――作家は職業柄、誰とも話さない日もあると思いますが、外との距離とか、孤独を感じることはありますか?
滝本: すごく孤独。とんでもなく孤独で、よく俺、こんな孤独の中で何年も頑張ってるな、みたいなところがあるんですけど、最近は、一人でいてもどこかとつながってる感じがあって。たとえば、小説を書くことも、未来の読者に面白いもの、いいものを届けようとしている行為なわけで、一人で作業してるけれど、精神的には世界中の読者とつながってる感覚があります。
森川: たしかに外に向けてのお仕事ですものね。
滝本: あと、最近よく仕事をしにスタバに行くんですけど、店員さんがすごく優しいんです。挨拶がね、すごい優しいんですよ。「こんにちは」とか、「いつも来てくれてありがとう」とか言われると嬉しくて、癒やされてます。
――森川さんは孤独を感じることはありますか?
森川: 私の仕事は監督さんもいてくれるし、相手がいてのお芝居だったりするので、孤独という感覚になることはあんまりないですけど、家で台本を読んでいるときとかは、あれっ、何で私、一人でずっと本と向かい合ってるんだろうって、ふと思うことはあります。
滝本: なかなかセリフが覚えられない時はどうされるんですか?
森川: そういう時はもう無理やり、ギリギリまで覚えないことで、自分にプレッシャーかけて、もうやんなきゃヤバいぞっていう状況に持ち込みますね。
――追い込み型ですね。ちなみにそういうとき滝本さんは?
滝本: もともと計画的に書くようにしていて、デビュー前や 1 冊目の『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』の頃は余裕を持って取り組んでいたんですけど、『NHKにようこそ!』は週刊連載だったんです。結果 10 週間で書いたんですけど、 1 週間ごとにやってくる締め切りが怖すぎて……その時頑張りすぎて締め切り恐怖症みたいになっちゃって、それから締め切り間際にならないと書けないみたいな癖がついちゃったんです。でも、今は瞑想とかでまた余裕を持ってできるようになってきたんで、今後はそうしていきたいですね、焦りたくないから。
――今後という意味では、森川さんはこれからどういう役を演じてみたいですか?
森川: やっぱり母親役。自分の母親が強い女性なんですよ。そうなりたいっていう願望があるんですけど、その前に役で一度経験してみるっていうのもアリかなって思っていて。いつかやりたいですね。
「少年」から「青年」へ――大人の滝本竜彦に期待!
――『NHKにようこそ!』から 17 年。ようやく新刊が発売を迎えたわけですが、瞑想やフリーコミュニケーションワークを経て、自分に変化を感じますか?
滝本: いや、もうメチャメチャ成長しました。知力と。知力とあと何だろう、やっぱり粘り強くなりましたね。『ライト・ノベル』っていう作品は、ほんと書くのが大変でした。『NHKにようこそ!』で「岬ちゃんが来ない来ない!」って、みんなに言われたんで『ライト・ノベル』は、「わかった、じゃ、次のやつは、読むと何かが来る!」みたいな気持ちで書いたんです。 『NHKにようこそ!』は、読むと「(心の救いが)来ない欠乏感」みたいなものが心に残っちゃったかもしれないけど、『ライト・ノベル』は読むだけでハートが温かくなって、気持ちが満たされる「光の小説」なんです。実際、満足感の中で生きていると、生活の中にいいことが起こるんですよ。
――『ライト・ノベル』と『NHKにようこそ!』は、テーマは近くても、アプローチがまったく違うんですね。
滝本: そう。やっぱり僕自身がある程度、精神的にオープンになって満たされてなきゃ書けなかったんです。そんな精神状態になるために何年も努力をしてきたんですけど、そういう粘り強さを得ることができました。
――森川さんは、そんな成長をされたと言う滝本さんに、今後どんな小説を書いてほしいですか?
森川: 滝本さんは、どこか学生時代で止まっている気がするんですよ。そこの部分をもうちょっと覗きたい気持ちも、もちろんあるんですけど、そこを越えた後、滝本さんのなかの「少年」たちが、社会に出てどう「青年」になっていくのかを、将来、読めたらいいなと思いますね。学生のときに滝本さんの作品を好きで読んできた大人たちが、自分と同じ年齢で一緒に楽しめる作品が出てきたら、さらに滝本さんの世界にどっぷりハマっていくと思うんです。 しかし、滝本さんらしさはなくさず……であってほしいですね。
滝本: いいテーマをいただきました! ありがとうございました。
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