ベストセラー作家への登竜門である日本ホラー小説大賞。
横溝正史ミステリ大賞との統合が決まっている同賞の第二十五回は、史上初の二人同時大賞受賞という嬉しい結果になりました。
『祭火小夜の後悔』で大賞&読者賞を受賞した秋竹サラダさんと、『黒いピラミッド』で大賞を手にした福士俊哉さんが、その喜びを語り合いました。
自分の小説の感想を聞くのは初めてだったんです
――大賞受賞の第一報を受けてどんなお気持ちでしたか。
福士: 嬉しかったですね。賞に選んでいただいたことはもちろんだけど、選考委員の先生方に丁寧に読んでもらえたことに感動しました。これまで人に小説を見せたことがなかったので、感想を聞くのは初めてだったんですよ。
秋竹: 僕も同じです。まわりに小説を読む友人がいなかったので。大賞と読者賞をダブル受賞できたことにも驚きました。
福士: 秋竹さんはどうしてホラー大賞に応募しようと思ったんですか。
秋竹: 勤めていたクリニックが潰れてしまって、時間に余裕ができたんですよ。
福士: クリニック?
秋竹: 医療事務の仕事です。それで学生時代に小説を書いていたことを思い出して、ちょっと書いてみようという気になりました。ホラーを書いたのは、ちょうど季節が夏だったから。夏といえばホラーかな、と安直な理由です(笑)。
福士: それでいきなり大賞を獲るんだからすごいよね。これまでどんな本を読んできたんですか。
秋竹: 綾辻行人さんや乙一さん、伊坂幸太郎さん。数は多くありませんが、ホラーやミステリーが中心です。綾辻さんだと『深泥丘奇談』や『フリークス』のようなホラー短編が特に好きです。
福士: やっぱりそのへんがお好きなんですね。『祭火小夜の後悔』を読ませてもらって、最初に連想したのは乙一さんの世界なんですよ。
秋竹: 福士さんはどういう経緯で応募されたんですか。
福士: 秋竹さんの倍以上生きてるから紆余曲折あるんだけど(笑)、二十代の頃は映画の脚本家として活動していました。劇場公開された作品もあったけど、あの世界で食っていくのは大変でね。ぶらぶらしていた時期に、エジプトの考古学調査に関わっている知人から、「暇してるなら手伝わないか」と声をかけられて、エジプトに渡ったんです。
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秋竹: すごい展開ですね!
福士: それからエジプトの発掘調査に携わるようになって、二年前に退職するまで古代エジプト関係のテレビ番組や展覧会の演出をしていました。小説はいつか書きたいと思っていたんだけど、仕事が忙しくて、やっと時間が取れたのは退職してからでした。
これだけのものが書けるのは天性のセンスだと思います
――秋竹さんの『祭火小夜の後悔』は、田舎の高校に通う教師や生徒たちが、不思議な事件に遭遇する連作青春ホラーです。
福士: この小説を読んですごいなと思ったのは、恐ろしい出来事が日常生活と当たり前に共存していること。たとえば二話目の「にじり寄る」にはムカデのような化けものが出てくるけど、自分だったらなぜこの虫が現れるのか、長々説明しちゃうと思うんです。この小説はそこがない。でもちゃんと成り立っている。
秋竹: ありがとうございます。ホラーとして成立しているか不安だったので、そこを誉めてもらえると嬉しいです。
福士: どこから思いついた話なんですか。
秋竹: 第一話です。床下から何か出てくるというシーンだけがあって、書きながら少しずつ考えていきました。
――怪異に詳しいヒロインの小夜は、選考委員の宮部みゆきさんから「清楚な魅力」と称賛されました。
秋竹: 『祭火小夜の後悔』というタイトルも宮部さんのご発案をもとにしたものです(応募時のタイトルは「魔物・ドライブ・Xデー」)。はじめは主役というより、怪異の便利な説明役だったんですけど、タイトルに合わせて、内容的にも小夜の葛藤がクローズアップされるよう手直ししました。
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福士: 三話目の「しげとら」っていいよね。スーツに山高帽をかぶって、丁寧な口調で近づいてくる。ユーモラスで不気味な感じがすごくよかった。
秋竹: しげとらはもともと変質者を書こうと思ったんです。ああいう男につきまとわれたら怖いんじゃないかと(笑)。設定は後から考えました。結構行き当たりばったりなんです。
福士: あらかじめ構成を作らずに、これだけのものが書けるのは感心します。天性のセンスだと思うな。
次にやられるのは誰だろうとドキドキしながら読みました
――福士さんの『黒いピラミッド』は、エジプトで発掘された「アンク」の呪いを解くため、考古学者の日下美羽が奮闘する壮大な冒険ホラーです。
福士: 自分の世代でホラーというと、まず『13日の金曜日』などのホラー映画なんです。それとスティーヴン・キングなどの翻訳小説。『黒いピラミッド』にはそのへんの影響が出ていると思います。
秋竹: たしかに見せ場が多くて映画っぽいですよね。
福士: 最初に思いついたのはピラミッドに入った調査隊のメンバーが、怪物に襲われるという物語。これじゃあ『エイリアン』そっくりだぞと気がついて(笑)、悩んでいるうちに、ふとアンクの呪いというアイデアが浮かびました。
秋竹: ひとつのアイデアで長編をラストまで引っ張っているのが、すごいなと思いました。僕には真似できません。
福士: アンクを出すなら発見の方法がマニアックな方が面白いだろうし、解決までの道筋がいろいろあった方が盛り上がる。そういう感じで前後の展開を組み立てたんです。
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秋竹: 主要なキャラも次々死んでいくので、美羽は大丈夫なのかなとドキドキしました。誰を犠牲者にするかは、あらかじめ決めていたんですか。
福士: 第一稿ではもっと生き残っていたんです。でも読み返してみたらいまいちでね、基準をぐっと厳しくしました。「え、この人まで?」という緊張感が出せたのでよかったかなと思います。
秋竹: 容赦なく人が死んでいくのに、読んでいて辛くならないですね。むしろ爽快感があるというか。
福士: ホラー映画で人が死ぬシーンって、ひとつの見せ場なんです。どうインパクトのある殺し方をするか、監督になったつもりで知恵を絞りました。ただしグロくならない配慮はしています。親戚にも読ませられるくらいのさじ加減で。
秋竹: なるほど(笑)。
ホラーは本来自由なジャンル これからも挑戦し続けたい
福士: その点秋竹さんのホラーは品がいいよね。誰も死なないし、そこまで悪い奴も出てこない。
秋竹: もっと技術があれば、残酷シーンも書いてみたいです。『黒いピラミッド』はエジプトや考古学の知識もすごいですね。気になったのはスネーク・ハンターの一族。ああいう人は本当にいるんですか?
福士: 小説的にアレンジをしていますが、実際にいます。エジプトに関する描写は、ほぼ僕が現地で見たままを書いています。
秋竹: 人のできない経験をされているので、羨ましいです。
福士: いやいや、僕からしたら秋竹さんが羨ましいですよ。若くて可能性のかたまり。自由にいろんなものを書いてくれそうな気がする。
秋竹: たしかにホラーって自由度が高いジャンルという気がします。
福士: そうですよ。これからもホラーを書いていくつもりですか?
秋竹: ホラー大賞をいただいたので、がんばってみたいと思います。登場人物の心の葛藤を大事にした、自分なりのホラーを書きたいですね。福士さんは今後もエジプトを舞台にされるんですか?
福士: 珍しい知識や経験があるので、それを武器にしたホラーを書いていけたらいいかな。たとえば有名なツタンカーメンは呪いと関わりが深いし、ホラーのいい題材なんじゃないかと密かに狙っています。
――では、読者に一言ずつお願いします。
秋竹: 大賞はもちろん、読者賞をいただけたのが本当に嬉しかったです。どこか読んだ方の心に響くものがあったのかなと。日常で起こる不思議な事件とともに、小夜たちの心の揺れ動きも楽しんでもらえたらと思います。
福士: 一番力を入れたのは主人公の美羽なんです。怖いシーンも大切だけど、いろんな悩みを抱えながら、ひとりの人間としてがんばる美羽の姿を描きたかった。彼女に共感して、好きになってくれたらこれほど嬉しいことはありません。ぜひ読んでみてください。
――今後のご活躍を楽しみにしています!