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特集

【『龍華記』刊行記念対談 澤田瞳子×朝井まかて】仏師と作家の共通点

撮影:ホンゴ ユウジ  取材・文:末國 善己 

江戸時代の天才画家の実像に迫った『若冲じゃくちゅう』、天然痘が猛威を振るう天平てんぴょう時代を舞台とした『火定かじょう』と、話題作を発表し続ける澤田瞳子さんの最新刊龍華記りゅうかきは、平安末期の奈良を襲った「南都焼き討ち」と、源平争乱に翻弄される人々の苦悩を描きます。生まれも育ちも京都の澤田さんと、大阪が地元でプライベートでも交流のある朝井まかてさんが、京都弁と大阪弁の飛び交うなごやかな雰囲気の中、歴史時代小説への想いを語り合いました。

普段は聞けない同業者の話

朝井: 作家仲間で、「あの人は月四百枚も書いている」とか、冗談で「一日五枚をノルマにしてる」なんて話がたまに出ますが、実はあまり作家同士で仕事のことを話題にしないよね。せっかくの機会やから、まず実作についての話をしましょうか。

澤田: 締切のこととかですか?(笑) 朝井さんは、月に恐ろしいほどたくさん書いてはりますよね。時々締切が惑星直列のようですよ。

朝井: つい、何も考えずにスケジューリングをしてしまうから。月に何枚書いてるか訊かれることがあるんやけど、書き上げたものを渡しているだけなので自分ではサッパリ把握してない(笑)。五十枚の約束やのに、八十枚書いてしまうこともありますし。

澤田: 私は五十枚の依頼で八十枚書くよりも、五十枚渡したら残り三十枚は翌月用に取っておきます。

朝井: え。そんな手があったのか!

――今回の『龍華記』は、「小説 野性時代」で全十回の連載でした。興福寺中金堂こうふくじちゅうこんどう再建の記念作品と謳っています。

澤田: 落慶法要に合わせるため、単行本刊行が今年の九月と決まっていて、連載の終わりも決まっていました。ただ、私はこれまで連作短編が多く、雑誌での長編連載は今回でまだ三作目なんです。慣れてへんのに、色々と条件があって大変でした。

朝井: 長編だと、毎回その回で何か事件を起こそうと考えるやないですか。でもある時、世の中のものごとや人生は一定のリズムで動くわけじゃないから、何も起きない静かな回があってもむしろ自然じゃないかと思うようになって、必ずしも起伏やオチを気にしなくなりましたね。

澤田: 私は、まだその境地には達していません(笑)。

仏教を描くということ

――今回の作品では、興福寺へ取材に何度も行かれたそうですね。

澤田: 江戸の享保年間に焼けて以来の中金堂再建に合わせるということで、興福寺からは取材に全面的なバックアップをいただきました。亡くなられた葉室麟さんと大阪で『シン・ゴジラ』の映画を観たあと、まかてさんと食事をしたことがありましたよね。あの日も葉室さんと一緒に興福寺に行っていたんです。

朝井: 今回は戦闘シーンが多いので、最初は瞳子ちゃん、ついに戦争文学に踏み込んだかと思いましたよ。読み進めるうち「違う、これは仏教だ」と、目をみはりましたね。

澤田: 源平の時代は、一度書いてみたいと思っていました。その意味で、平重衡しげひらを描けたのはよかったです。コンセプトありきだったので、仏教にはもちろん踏み込まなくてはならなかったのですが、源平の時代は登場人物も多いし複雑なので、少しずつ削っていくしかありませんでした。

朝井: どこを残して、どこを掘り下げるか、ですね。そこに澤田さん独自の視点がありました。私は、主人公の範長はんちょうに複雑な感情を抱く従弟の興福寺別当・信円しんえんが良かったなあ。彼の抱える独占欲や孤独、嫉妬心……心情の揺れが心に迫ってきました。物語全体を貫いている、信心で人が救済されるのか、仏の慈悲はどこまで行き渡るのかというテーマは、私たちにとって永遠の問いかけでもあります。

――澤田さんは大学院で、仏教制度史を専門にしていました。

澤田: 私、制度とか、システムに興味があるんです。

朝井: 制度・システムは、人間の業のようなものを鷲掴みにして大きな形にするものだと、読んでいて思いました。澤田さんは意識してないかもしれへんけど、私のように一から調べながら書くのとは違う、素養の深さが作品の土台になってますね。

澤田: 私も調べながら書いていましたよ。専攻はもっと制度がかっちりしていた古代やったんで、藤原氏が独自に動き始めた律令制の崩壊以降は、苦手なんです。

朝井: 確かに、源平の頃はかろうじて平安時代だから古代ですが、私も古代という捉え方はしていなかったですね。

澤田: 古代の終わり、中世の頭という感じでしょうか。これまで古代史は多く書いてきましたが、中世史はまだ捉え切れていないので、自分の中でも手探り感がありました。

朝井: 南都の僧兵のことも詳しく書いてあって、興味深かったです。物語の冒頭に範長が、南都焼き討ちのきっかけを作ってしまうシーンがあるでしょう。あそこはまさに、少数の人間の短慮が戦争のエンジンをかける現実ですね。範長は自分のミスで南都が焼かれた現実に打ちのめされて、戦で焼け出された子供たちに手を差し伸べ、寺を再建しようと奮闘するんだけれども。最初は〝武〟で寺を支えようとした範長が様々な苦難を重ねて、やはり仏法による人々の救済を考えるようになる、その変化のさまも興味深く読みました。

澤田: 範長は、父親が悪左府あくさふ・藤原頼長よりながですから基本的にお坊ちゃんです。父親が保元の乱で失脚したため出世できなくなり世をねていますが、精神の根源のところには優しさがあると思うんです。

朝井: 南都焼き討ちのあたりは、どんな史料があるんですか。

澤田: 『平家物語』の中に、南都の悪僧(僧兵)が、朝廷からの使者を斬って首を晒し、激怒した平清盛が大軍を派遣したとあります。ただ『平家物語』は史実を相当にいじっているので、本当のことかどうかは分かりません。だから概略だけ使わせてもらいました。

朝井: 『平家物語』に馴染んでいる読者は、ああ、あの場面だなと分かりますね。

復興の理想と現実

朝井: いちばん、苦労したのはどこですか。

澤田: 書いても書いても終わらなかったところです(笑)。東大寺の大仏は短期間で再建できたのに、興福寺の復興は建物も多かったせいか、なかなか進まないし、終わらない。

朝井: 寺社建築の材料調達の大変さも、納得がいきました。森林が豊かな時代なのに、木を伐り出したあと植林をしないので、近場の大木はすぐに払底するんですよね。

澤田: 現代でも同じですが、あまり山奥だと伐採はできても運び出せない。この時代ではさらに作業は困難だったと思います。今回の中金堂再建では、木材はカメルーンなどから輸入したようですが。

朝井: ところで、奈良の大仏さんはどのくらいの期間で再建できたんですか。

澤田: 重源ちょうげんは四年くらいで再建しています。奈良時代のものも、はじめ信楽しがらきで造って中断したりはしましたが、奈良で工事を始めてからは、本体は四年で完成しています。ただ、どちらも大仏が完成したあと大仏殿を造っていますが、それには時間がかかっています。お寺の工事は細かな作業が多いので、本当に時間がかかるんです。

朝井: 澤田さんは『与楽よらくめし』で、奈良時代の大仏造立現場で働く人たちを描いていますね。当時の史料を私も読んだことがありますが、労働者の衣食はちゃんと支給しているし、作業も合議制で、かなり民主的。

澤田: 戦後の歴史学は、古代を強圧的な時代として語ってきました。私は「それは違うんですよ」と、小説で書いてきたつもりです。聖武天皇が奈良の大仏を造立するのに当時の人口の半分近くを徴発した、と書かれている本もありますが、ただそれは寄付者も含めた延べ人数で、一日に換算したら働いているのは五百人程度なんです。しかも都には地方から来ている労働者がいて、そこからピックアップしているので、強制的に動員されたわけやないんです。

朝井: 南都焼き討ち後の諸寺の再興の際、仏が衆生しゅじょうを救うという思想が、大仏再建ではまだ意識されていたと思いますが、興福寺ではどうでしょうか。

澤田: 興福寺は藤原氏の氏寺なので、摂関家の威信をかけて再建しようという方が大きいでしょうね。そして威信というのは、無関係な人にとっては迷惑になりがちです。

朝井: 立派なお題目の裏には、必ず闇があり、切り捨てられる人もいる。

澤田: あの当時でいえば、重源による大仏再建の方が、崇高な理念をもった事業だったかもしれません。平安初期までの藤原氏には、朝廷の中枢で天皇を支え、政権を担っているという自負がありました。ところが平家が台頭する頃には、もはやその責任感は薄れているように思います。天皇制と律令制が強固だった古代とは違い、政権の安定しない中世のゆらぎともいうべき時代の変質を感じます。

仏師と作家の共通点

――『龍華記』には、澤田さんの『満つる月の如し』で主人公だった定朝じょうちょうの弟子たちも登場します。後日談のように楽しめました。

澤田: 定朝は後継者を決めずに亡くなったから、後世こうせい、弟子の子孫たちが揉めたんです。運慶うんけいも登場させましたが、定朝にしても運慶にしても、現代人は仏師に、もの静かに木と向き合う姿をイメージしがちです。彼ら仏師は力仕事でもあるので、決しておとなしい性格ではなかったと思います。

朝井: そうですよね。運慶は、荒ぶる魂が出ていてよかったと思いますよ。

澤田: 作家は、書きたいから小説を書くのか、お金のために書くのか曖昧なところがありますよね。仏師にも似たところがあると思っていて、運慶も、やりたい仕事と与えられる仕事にギャップがあって、距離の置き方に悩んでいる、そんなキャラクターになりました。

朝井: 仏像は形が決まっているけれど仏師それぞれの独自性も出るから、そこに芸術としての側面がある。でも稼業であり、プロジェクトでもある。

澤田: 湧き上がる芸術への情熱だけで造るのではないのは確かです。

朝井: 私たちが書く歴史時代小説も、厳然たる史実があって、その上で独自性というかフィクションを彫琢ちょうたくしていくので、仏師と似ているのかもしれないですね。

――今回初めて、中世の黎明期という時代をお書きになりましたが、いかがでしたか。

澤田: 楽しかったです。古代は古代で面白いのですが、中世だから書けるテーマも見つかりました。平家から源氏への移行期というのは、古代から中世への移行期でもあるので、時代のゆらぎはまた書いてみたいですね。まかてさんも、古代に来てくださいよ。

朝井: この前、安部龍太郎さんにも古代に勧誘された(笑)。私はいま連載中の「百光びゃっこう」という作品で、日本人初のイコン画家になった山下りんを書いています。瞳子ちゃん、ロシアを一緒にやろう(笑)。

澤田: 明治の頃のキリスト教は、カトリックよりもプロテスタントよりも、日本ではロシア正教に勢いがあったんですね。

朝井: 東日本ではとくにそうです。東京の御茶ノ水にあるニコライ堂が有名で。大主教のニコライさんなど、東北の南部訛りがあったみたい。それこそ日本の仏典を読み、儒教も理解していましたから、言語能力に長けていたようです。

澤田: 次の作品で建築家のコンドルも出てくるので、ニコライ堂の話は書けそうです。そこで朝井さんの作品ともリンクできたらいいですね。


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