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特集

【『秋葉原先留交番ゆうれい付き』刊行記念対談 西條奈加×恩田陸】オタク警官と、幽霊が見えるイケメン警官のコンビが秋葉原を守る! 新機軸の「交番小説」。

撮影:ホンゴ ユウジ  取材・文:タカザワ ケンジ 

足だけの幽霊「足子(あしこ)さん」を巡る謎。秋葉原を舞台に新機軸の「交番小説」に挑んだ西條奈加さん。同い年の恩田陸さんと、作品について語っていただきました。
<この対談は、単行本刊行時「本の旅人」2015年10月に掲載されたものです>

「末広」の反対で「先留」

——お二人の対談は初めてだそうですね。

西條: 文学賞のパーティーなどでお会いしたことは何度かあるんですが、なかなかゆっくりお話しする機会がなかったんです。

恩田: だいたい酔っぱらっていますしね(笑)。私、今日は秋葉原っぽい格好で、と思ってチェックを着てきたんです。

西條: すみません、何も考えていませんでした。自分の本なのに(笑)。

恩田: 秋葉原先留(さきどまり)交番ゆうれい付き』、面白かったです。章ごとに一話完結としても読めるから連載していたのかなと思ったら、書き下ろしなんですね。編集者に渡すときは一章ずつ?

西條: そうですね。ほんとはまとめて渡したかったんですが、私、どうも締め切りを設定しないと書けなくて。

恩田: そうですよね。わかります! どういうきっかけで書いたんですか?

西條: 実は最初に依頼をいただいたのが八年くらい前で、デビューしてまだ二、三年の頃でした。秋葉原の取材もして、なのに書けなくて、ずーっと置きっぱなしだったんです。それが、改めて「書きませんか」と言っていただいて、「書きます」と。

恩田: 秋葉原の追加取材はしました?

西條: してないです。だから、八年くらい前の秋葉原のままですね。

恩田: 作中でも触れられていますけど、秋葉原の通り魔事件っていつでしたっけ?

西條: 七年前です。ちょうど書いている途中でこの事件が起きて、それも書けなくなった理由とちょっと関係しています。事件から時間がたったいまだから作中で出すこともできましたけど、直後はなかなか……。現代物って、そういうところが難しいなと思いました。

恩田: 秋葉原事件のときに、この交番が交番でなくなっていたというのは本当なんですか。

西條: 今回の作品に出てくる交番は、「末広(すえひろ)」町交番っていう実在していた交番がモデルでして、名前の意味を反対にして「先留」にしたんです。末広町交番は八年前から「地域安全センター」になっていて、事件当時はすでに交番ではなかったんですよ。

恩田: その後、交番としては復活していない?

西條: していないです。交番として復活させたのはフィクションです。

恩田: 作中で、権田(ごんだ)という警官がこの交番に駐在していて、秋葉原事件のときにここにいなかったことを後悔している、というところが印象に残りました。

西條: ありがとうございます。交番としては実在していないので、モデルにしやすかったということもありますね。

恩田: 建物の奥が権田の部屋になっていて、秋葉原に駐在しているという設定ですもんね。しかもオタクなブサメン。メイド喫茶が出てきますけど、取材したんですか?

西條: どん引きしながら二、三軒行きました。ハートを撃ち抜くようなゼスチャーもやらなきゃいけなくて、え? 私の歳で? と思ったんですけど(笑)。恩田さんは行ったことがありますか。

恩田: 行ったことないんですよ。行きたいような気はするんですけど。ところでなぜ、秋葉原を舞台に書こうと思ったんですか?

西條: 私がアニメオタクだからです(笑)。

恩田: そうなんですか! それはちょっと意外。

西條: ただ、イベントに行くとか、秋葉原に通うというほどではなくて、観るのが好きなだけなんですけど。

恩田: 担当編集者の趣味なのかなって思ってた。

西條: そうじゃないです(笑)。

オタクは肩身が狭い?

――『秋葉原先留交番ゆうれい付き』は、さきほどお話に出た、オタクで駐在警官の権田のところに、イケメンだけどぼんくらの後輩警官・向谷(むこうや)が、足しか見えない女性の幽霊を連れてくる、というところから始まります。

恩田: 幽霊が出てきて、というのは最初から考えていたんですか?

西條: そうです。足だけの幽霊というのがいちばん最初にあったんです。彼女のキャラクターはあんまり考えてなかったんですけど、幽霊は足がない、ということの逆をやってみたかったんです。

恩田: 向谷だけに見える、美脚の幽霊(笑)。

西條: 極端なキャラクターに設定したので、思い切りライトな方向に書けたと思います。いつもは時代小説を書いていて現代物はたまにしか書けないので、ややストレス発散的なところもありますね。

恩田: オタクが活躍するのは……。

西條: オタクは肩身が狭いんですよ。小さい頃は、みんな好きなものは好きだって言うじゃないですか。でも、大人になってから同い年くらいの人にアニメが好きだって言うと、「えー!」って。たとえば映画好きの友だちがいるんですが、CDショップでアニソン(アニメソング)を買おうとしたらどん引きされたんです。「映画音楽はいいのに、なぜアニソンはだめなんだ」と言いたいんですけど、私たちの世代ではそれが普通なんですよ。好きなものを否定されたことが、悲しい思いとして残っています。

恩田: そこからこの小説が生まれたんですね。オタクへの愛。

西條: 周りから否定されても、がっつりオタクの人っているじゃないですか。私、そこまでできなかったので、あこがれを込めたんです。

恩田: 西條さんは時代物をたくさんお書きになっていますけど、この作品をきっかけに現代物の作品も増えるんじゃないですか。

西條: 増えるといいですね。ちょっとSFっぽいものが好きなんです。

恩田: 日本ファンタジーノベル大賞出身ですもんね。当時、SFの公募賞がなくて、この賞がSFで応募できる数少ない賞の一つだった。西條さんのバックグラウンドは、SFですか?

西條: 中学生くらいのときにいちばん読んでいました。好きですけど、詳しいかっていうと、そこまでは……。なんでも浅く広くで、物語であればなんでも読みます。私、つい最近まで、自分がどういう方向に進みたいとか、こういうものを書きたいというのをあまり意識していなかったんですよ。

恩田: そうなんですか。

西條: 注文が来たから書くという、会社員時代が長かったから会社員的な仕事の仕方といいますか。でも、去年くらいに「そうか、いろいろ書きたかったんだ」ということに気がついたので、これからはできるだけ多くのジャンルに挑戦してみたいと思っています。現代物も時代物も、シリアスもコミカルも、ミステリとかSFでも、恋愛以外はなんでも。恋愛だけちょっと苦手なんで。恩田さんは?

恩田: エンタメ系ならなんでも書きたいですね。私も恋愛小説除く、で(笑)。毎回、今回は本格ミステリとか、ホラー寄りとか、SF寄りとか、お笑い寄りとかっていうのは意識しています。

面白いということが前提

西條: エンタメって面白いということが前提じゃないですか。そこが小説の醍醐味だと思っていて、何よりも好きなところなんです。だから私もそこだけ押さえていればなんでも書きたい。恩田さんの最新刊の『ブラック・ベルベット』もすごく面白くて、一気読みしちゃいました。

恩田: ジャンルがわからない作品ですけどね。

西條: 恩田さんの作品にはノスタルジックとか、メランコリックという印象を持っていたんですけど、あの作品は海外が舞台で展開がすごく早いですね。

恩田: さくさく進む(笑)。そういえば、さっき「会社員時代が」とおっしゃっていたけど、西條さんは貿易会社にお勤めだったんですよね。

西條: そうですね。四社くらい勤めましたけど、そのうち三社では貿易メインで仕事をしてました。もともと翻訳をやりたくて英語系の専門学校に入ったんですけど、自分の英語力では翻訳は無理だなと思って、貿易事務を勉強したんです。

恩田: それで時代物を書いているというのが面白いですね。

西條: 三十代半ばまで、時代小説は読むほうもあまりやっていなかったんです。たまたま現代物のつもりで考えていたアイデアを、江戸を舞台にやったらどうなるだろうと思って書いたのが、デビュー作の『金春屋(こんぱるや)ゴメス』だったんです。それで時代物の依頼をいただくようになりました。おかげで毎回調べものが大変で。  今回の作品でも、オタクのこだわりなんかをもう少し詳しく描写したかったところもあります。あらゆるところにオタクっているじゃないですか。

恩田: いますね。

西條: とくに男の人って、すごくコアな趣味を持っているから、今後はそのへんを研究していったら、面白いものが書けるような気がしています。

恩田: 『秋葉原先留交番ゆうれい付き』は、当然、続編があるんですよね。「足子」ちゃんはまだ成仏せずに、秋葉原にいるし。

西條: この本が売れれば、ですね。読者のみなさん次第です(笑)。


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