対談
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11年ぶりの「バチスタ」対談 海堂尊×ココリコ・田中直樹【前編】「田中さんにまたお目に掛かりたくて『氷獄』を書きました」
撮影:橋本 龍二 取材・文:タカザワ ケンジ
「氷室貢一郎」という役柄
海堂:田中さんの演技の中で印象的だったのが、ふだんは淡々としたいい人で、あたりもやわらかいんだけど、あるところまで丁寧で、でも、あるところを越えると知らん、みたいな部分。意識して演じていらっしゃったと思います。たとえば、食べかけのアイスをゴミ箱に乱暴に投げ捨てる場面がありましたよね。
田中:ありましたね。あのシーンは、氷室の二面性や、性格の底にあるものを見せられる重要なシーンだったと思います。昼食をアイスで済ますという、忙しくてしっかりと食事をとる時間がないこともわかりますし。
海堂:氷室という役は田中さんにとってどんな役でしたか。
田中:いろんな意味で難しい役でしたね。まず、作品全体として、誰が犯人なのか、という観客の興味にどう応えるか。氷室が犯人かもしれないという雰囲気をどれくらい醸し出せばいいのか。まったくないのもおかしいですし。
海堂:あまり出しすぎるとヘンですしね。俺が犯人だ、と触れ回ってるようで(笑)。
田中:そうですよね。みんながほどよく疑いをかけられるように、俳優さんたちそれぞれが怪しい部分の出し方を考えていました。監督も全体のバランスを見て演出されていましたね。
海堂:最後の告白のシーンは名場面でしたね。
田中:何回も撮り直していただいたんですよ。監督からも細かく演出していただき、時間をかけて丁寧に。最初はもっと、わかりやすく狂気を表現していました。台詞としても、話し方にしても、表情にしても。でも、監督から、もっと淡々と、冷静に、と演出していただいて、シーン全体の雰囲気が変わっていきました。
海堂:そのエピソードは象徴的ですね。そのほうが怖い。狂気を表現していたのは薄ら笑いくらいでしたね。
田中:そうです。マスクをとったときにほんの少し笑っている。
海堂:氷室という役をオファーされてどう思われたんですか。
田中:それこそ自分でいいのかって。キーになる役だったので、本当に自分で大丈夫なのかっていう思いはありましたね。すごくプレッシャーを感じたのを覚えています。
海堂:たぶん、ほかの俳優さんでもプレッシャーを感じる役だと思いますね。日常の平穏さと狂気を同居させなきゃいけないから、相当難しい役です。しかも目立っちゃいけない。極端な性格の殺人鬼とかだったらかえってラクなんでしょうけど。
田中:大きな役、重要な役ですから。撮影中もずっと緊張しっぱなしと言いますか。初めて人を殺す役でもあったんです。コント以外では、そういう役はやったことがなかったので(笑)。いま振り返っても、自分にとってもすごく大きな作品だったと思います。
海堂:田中さんの演技があの映画の成否を握っていたんじゃないかと正直思っています。きちんと演じきっていただいたので、すごくいい作品になったなあ、と。
田中:ありがとうございます。
海堂:実はあの映画は僕の俳優デビュー作でもあるんです(笑)。ワンシーンだけ出させていただきました。廊下で患者を搬送する役でしたが、7テイクくらいかけて撮りました。患者を運ぶだけの役なのにこんなに時間をとって申し訳ないと恐縮しました(笑)。ふだん医師としてやっていたことなのに、なんでできないんだろう、と。監督に演技をつけていただきながら、搬送するっていうことにも芝居が必要なんだな、と思い知らされました。「胸を張ってください」。たしかに搬送するとき胸を張ってるよね。でも意識してやると「胸を張りすぎです」。役者さんは大変だなあ、と思いましたね。
氷室のその後に会える「氷獄」
田中:医療の現場を扱う作品に携わらせていただくのも初めてだったので、そういうことへのプレッシャーもありましたね。でも、先生が考えられたお話がすごく面白いのでやる気をかきたてられました。面白いから足を引っ張りたくないと思う一方で、面白いから絶対にいい作品になるようがんばろう、と思っていました。
海堂:白鳥が謎解きをする前に「ふふふ、犯人は俺だ!」と言いたくなりませんでした?(笑)
田中:そうですね、言いたくなりますよね(笑)。ほかのシーンを撮っているときもそう思いました。自分が犯人だとオープンにされていないときの芝居で思わず叫び出したくなったり。
海堂:そこで「犯人は俺だあ!」と言えば、その場面は一気に田中さんが主役になりますよ(笑)。
田中:そうですけど、ネタをバラしちゃまずいですよ(笑)。
海堂:主役の竹内(結子)さんはぼーっとするしかない。新しい映画になりますね。
田中:新しすぎますって! でも、自分が犯人だって思いながら演じさせてもらうのは初めての経験だったので、それもすごく楽しかったです。日常生活では到底できない体験なので。
──その印象深い氷室のその後を小説で読める。しかも11年後に。それって稀な経験ではないでしょうか。
田中:びっくりしました。11年経って、再び氷室の物語を読めるとは。
海堂:田中さんにまたお目にかかりたくてこの物語を書いたんです(笑)。
田中:そんな(笑)。いつでも呼んでくださればうかがいますよ。映画で氷室を演じさせていただいて、当然、思い入れもあったので、続きが読めるというのはすごく嬉しかったですね。生意気にも、自分の物語のように感じながら読ませていただきました。自分にスポットを当ててもらっているような。氷室であり田中でありという気持ちで。
海堂:そう思っていただけるのは作者冥利に尽きますね。それって、演じていただいた方が、その人格をどこかに宿しながらその後も生きているということでもあると思うんです。つまり、田中さんはこの11年を、ほんのわずかな割合でも、どこか氷室として生き続けてきたからそう感じてくださったんじゃないでしょうか。それは社会にとってもありがたいことなんですよ。たとえばテレビ番組で医療の話題になったときに、田中さんは理解が早いはずです。大きな意味で医療現場に関わっている方だと言えるから、そういう方がいればいるほどありがたい。
田中:氷室を演じて以降、大きな病院に行って「麻酔科」の文字を見ると、ちょっと気になりますね。
海堂:手術室に入って、麻酔科の先生に「やあ」って声をかけたら、違和感なく握手してもらえますよ。
田中:いやいや、つまみ出されますって!
▶【後編】「司法が医療を裁くのはおかしいという思いがあるんです」
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