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特集

警察小説を超えた、慟哭の人間ドラマ。 深町秋生〈ヘルドッグス〉シリーズ解説【解説:若林踏】

▼〈ヘルドッグス〉シリーズ特設ページはこちら
https://kadobun.jp/special/fukamachi-akio/helldogs/

2022年9月29日(木)
「ヘルドッグス」映画公開記念! 原作者・深町秋⽣ × 監督・原⽥眞⼈のスペシャルトークイベント開催!



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https://kadobun.jp/news/event/hdbt4ihhsxkw.html

深町秋生〈ヘルドッグス〉シリーズ解説

解説:若林踏

 優れた犯罪小説は暴力の虚しさを描く。
 深町秋生の〈ヘルドッグス〉シリーズは、そのことを見事に証明してみせた作品である。
犯罪小説は人間の持つ破壊衝動を、しばしば娯楽活劇の骨法に則って描こうとする。だが実際の暴力がもたらすものは無でしかない。暴力を振るった側も振るわれた側も全てを奪われ、後に残るものは何もないのだ。
 深町秋生はその現実から目を逸らすことなく、容赦のない暴力を小説内で表現する。その先にある虚無を描き出すために。この徹底ぶりこそが〈ヘルドッグス〉シリーズを現代最高の犯罪小説に仕立て上げたのだ。

『ヘルドッグス 地獄の犬たち 』



 第一作『ヘルドッグス 地獄の犬たち』(二〇一七年の単行本刊行時タイトルは『地獄の犬たち』)からして既にその姿勢は貫かれていた。本書の主人公である兼高昭吾は、関東最大の広域指定暴力団である東鞘会の若頭補佐である。兼高は組織内の人間も恐れるような残忍な殺人マシーンとして知られており、小説は兼高が標的を無慈悲に殺害する場面から始まっている。ところが兼高には大きな秘密があった。彼の本名は出月梧郎といい、警視庁の組織犯罪対策部特別捜査隊ソトクが“ある密命”を達成させるために送り込んだ潜入捜査官だったのだ。
 兼高こと出月梧郎は少年時代、恋心を抱いていた女性が強盗に射殺されたことをきっかけに、犯罪者に対してこの上ない憎しみを抱いていた。彼は本質的に強い正義感の持ち主であり、だからこそ文字通り命がけの潜入捜査に抜擢されたのだ。しかし兼高は“密命”のために極道へと成りきるために、ときには人殺しもしなければならない局面に幾度となく出くわす。それは警察官として、人としての心を捨てて、自分が憎んでいたはずの犯罪者と同じ側に立たなくてはいけないことを意味する。その葛藤が兼高を吞み込もうとするのだ。先ほど紹介した殺害場面ののち、ホテルに戻った兼高が殺人の重圧に耐えかねて嘔吐する姿が印象的である。いわゆる潜入捜査ものに属する警察小説はこれまでも多く書かれてきたが、これほどまでに暴力を行使せざるを得ない状況に追い詰められた主人公の悲しさを描いた作品は見当たらない。暴力に絡めとられていく登場人物という点では、兼高は警察小説というより犯罪小説の主役と呼ぶのに相応しいだろう。
 刊行当時、本書が高い評価を得た理由の一つに卓越したアクション描写がある。それまでの深町作品でも活劇要素はふんだんに盛り込まれていたが、本書におけるそれは過去作と比べても突出していた。そこには躍動感やスピード感だけではなく、ひたすら暴力へと突き進んでいく人間の執念が表れていたからだろう。兼高をはじめ登場人物たちは善悪の彼岸を越えた中で生き残るために破壊活動を繰り返す。しかし、他人に刃を向けた本人も無傷ではいられない。冒頭に書いた通り、暴力に囚われた人間は自らもまた全てを失っていくのだ。
 骨のきしむ音まで聞こえてくるような格闘場面、血と硝煙の臭いが漂ってくるような銃撃シーンと、本書には心躍る光景が幾つも用意されている。だが読者が感じるのはアクション小説としての熱気だけではないはずだ。暴力という手段を選ぶより他なかった人間たちに待つ無常もそこにはある。こうした無の境地を描いたことで、本書は暴力を主題にした犯罪小説として、最上級の出来栄えを誇る作品になったのだ。

『煉獄の獅子たち』



『ヘルドッグス 地獄の犬たち』はそれまでの深町作品の集大成というべき小説だったが、作者はそこで描かれたものをさらに深化させた続編を三年後に発表する。それが『煉獄の獅子たち』である。
 本書の視点人物は二人いる。ひとりは東鞘会のナンバー3である氏家勝一の秘書兼護衛を務める織内鉄だ。東鞘会は絶大な力を誇る会長の氏家必勝が病没した後、内部抗争の火種がくすぶっていた。必勝が後継者として指名したのは会長代理を務めていた神津太一だった。彼は暴対法の締め付けによってシノギの道が無くなった中で海外にビジネスを拡大し、組織の窮状を救おうとする進歩的な人物だ。これに反発したのが必勝の実子である勝一で、彼は会を飛び出して和鞘連合という新たな組織を結成する。若い頃より勝一に惚れ込んでいる織内鉄は、彼の意を汲んで神津太一の暗殺を謀る。
 もう一人の視点人物は警視庁組対四課広域暴力団対策係の我妻邦彦刑事だ。我妻は神津組が取り仕切る売春組織で強制的に働かされていた八島玲緒奈という女性を助ける。八島はかつての恋人に似ており、我妻は彼女を護ろうとするのだが、彼に不穏な出来事が降りかかる。
 跡目問題から始まる集団抗争劇を柱のひとつに据えながら、前作に勝るとも劣らない熱量を持った活劇描写の連続で読ませる。『ヘルドッグス 地獄の犬たち』との明確な違いは、物語序盤における主人公像の違いだろう。前作の兼高昭吾=出月梧郎は幕開け時点で既に地獄の道へと足を踏み入れつつある人物だった。本書の織内鉄と我妻邦彦は少し違う。織内は任侠の世界に身を置く人間ではあるが、恩人である勝一に限りない忠義を尽くし、姉の夫でもある兄貴分にも誠実であり続けようとする。我妻は情け容赦のない捜査をおこなう怖いもの知らずの刑事だが、その裏には弱い者を守ろうとする優しさがある。織内も我妻も前作の兼高に比べれば、遥かに人間味のある生を送っているように見えるのだ。しかし暴力の渦は否応なしに彼ら二人も巻き込もうとする。どんなに読者が感情移入できそうな人間を描いたとしても、作者は登場人物を安全圏に置いたままにはしない。いかなる人物も等しく暴力は取り込み、修羅の道を行く人間に染め上げてしまう恐ろしさを深町秋生は徹底的に描くのである。
 集団抗争劇という要素を持っている本書では、多くの登場人物たちが殺戮の嵐に見舞われては命を落とす。人間がコマのように扱われて、呆気なく死んでいく様子が繰り返し描かれるのだ。暴力が更なる暴力を呼び込む展開の中で、登場人物たちには大切なものの命を奪わなければいけない局面も訪れる。この点において、本書は前作以上に暴力がもたらす物悲しさが漂ってくる物語になっているのだ。
 活劇要素が目立つ〈ヘルドッグス〉シリーズだが、それ以外にも本書はミステリーとしての趣向が色々と織り込まれている。例えば織内と我妻、それぞれの視点人物の運命がどこでどのように交差するのか、という興味で引っ張る点などがそうだ。ネタばらしに触れるので詳しくは書かないがアクロバティックな趣向にも挑んでおり、総合的な娯楽小説として『ヘルドッグス 地獄の犬たち』よりも更にもう一段上のステップに足を踏み入れた感のある続編になっている。

『天国の修羅たち』



『煉獄の獅子たち』という前作を凌ぐような重量級の犯罪小説を書いたことで、このシリーズでやるべきことはやり尽くしたようにも思われた。だが、その認識は甘かったようだ。第三作にして完結編である『天国の修羅たち』が刊行されたのである。暴力の果てには、まだ続きがあったのだ。
 物語の発端は、宮口暁彦という高名なジャーナリストがマンションで殺害される事件である。宮口は巨大宗教団体とパチンコ業界といった大手メディアが取り扱わない分野に切り込む反骨のジャーナリストだった。特に日本最大の関西系暴力団の華岡組に対しては歯に衣着せぬ物言いで批評し、二度に亘って組の刺客に命を狙われるという武勇伝も持っていた。そうした因縁から、宮口を殺したのは華岡組ではないかとの憶測も流れたのだ。宮口の事件をかねて目の敵にしていた暴力団を一掃する好機と捉えた警視庁は、捜査一課だけではなく、広域暴力団や半グレの動向を知る組対四課や組織犯罪対策特別捜査隊のメンバーも加えた百三十人体制の特捜本部を立てる。
 本書の主人公である神野真里亜は警視庁捜査一課に所属する巡査部長で、新宿署の暴力団担当刑事である樺島順治とペアを組んで宮口殺害事件の捜査に当たっていた。神野は最有力容疑者というべき華岡組の系列に当たる組織の男を捕らえて、情報を掴もうとする。だが男は少し前に世間を賑わせた“ある騒動”との関連を仄めかすようなことを話し、「まだ終わっとらんのや」という謎めいた言葉も口走っていた。
『天国の修羅たち』の序盤は比較的オーソドックスな捜査小説の形式で進んでいく。『ヘルドッグス 地獄の犬たち』が潜入捜査もの、『煉獄の獅子たち』が集団抗争劇、そして本書のバディ捜査ものと、それぞれ異なる娯楽小説の型を使い分けて同一シリーズでバリエーションを持たせようとした意図があるのだろう。だが忘れてはいけない。本書もまた、壮絶な暴力の応酬を描いてきた〈ヘルドッグス〉シリーズの世界にあることを。それまで一歩一歩を着実に進むように展開していた捜査小説の雰囲気が一転する、途轍もないギアチェンジが待ち受けているのだ。そこから物語のテンションは一気に変わり、前二作で味わったような地獄巡りへと再び読者は誘われるのである。
 主人公の神野真里亜は、中学の時から殺人捜査を手掛けられる捜査一課の刑事になることを志望し、努力を重ねて警視庁の捜査一課に若くして抜擢された人物だ。真っすぐすぎて青臭い一面もあるのだが、それ故に前二作に登場した刑事たちと比べて読者が親しみを覚えやすいキャラクターとして描かれている。その神野が、先ほど述べたような変化に晒された時にどうなるのか。〈ヘルドッグス〉シリーズはタイプの違う警察官が、眼前の暴力に対してそれぞれどのように向き合うのかを描いた作品でもあるのだ。

 物語は中盤以降に加速を始め、終盤に向けて途方もないスケールへと話が膨らんでいく。圧巻はラストの場面だろう。これまで筆者は本シリーズを暴力の果てにある虚無を描いた犯罪小説である、と評してきた。だが本書は違う。虚しさを通り越した向こうに、まだ風景は広がっていることを『天国の修羅たち』は気付かせてくれるのだ。このラストに辿り着くためだけでも、このシリーズを通読する価値はある。本当に凄いところまで連れてきてくれたものだ、深町秋生は。

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