取材・文:宮本幸枝 写真提供:何 敬堯
通訳:黃 碧君&三浦裕子(太台本屋 tai-tai books)
『[図説]台湾の妖怪伝説』何敬堯インタビュー
2019年、『怪と幽』3号で「妖怪天国台湾」として妖怪ブームに沸く台湾を特集している。何敬堯氏はムーヴメントを牽引する小説家であり若き妖怪研究家だ。この度、台湾の妖怪スポットを巡るためのガイドブックが初めて日本語翻訳された。執筆に至る経緯やおすすめ妖怪スポットを、著者の何敬堯氏にうかがった。
妖怪のことを考えると、
不思議と心が安らぎます。
近年、台湾では「妖怪」がブームになっているという。台湾土着の怪しげな伝承や習俗が見直され、数多くのクリエイターがそこからインスパイアされた作品を生み出している。台中市出身の作家・何敬堯氏は、そうした台湾の妖怪ブームを盛り上げてきた牽引役といえる存在だ。氏が2019年に出版した台湾の妖怪ガイドブック『妖怪台湾地図 環島捜妖探奇録』の日本語版『[図説]台湾の妖怪伝説』が、今年、満を持して刊行された。
そもそも何氏が妖怪に興味を持ったきっかけは何だったのだろう。
「子供のころ、『地獄先生ぬ〜べ〜』や『犬夜叉』のマンガを見て日本の妖怪に興味を持ちましたが、まさか自分が台湾の妖怪について研究をするとは思っていませんでした。大学院在学中、ふと手に取った『台陽筆記』という200年ほど前の本に、ある島の蟹にまつわる不思議な話が載っていました。海で巨大な蟹に遭遇したという小話なのですが、じつは私、蟹が大好物なんです(笑)。そんな大きな蟹がいたらどうやって食べようかとあれこれ考えているうちに、ふと『この蟹ってもしかして、“妖怪”なんじゃないか?』と思いつきました」
台湾には超自然的な“あやしい”ものごとを指し示す言葉はいくつかあるが、「妖怪」は一般的な言葉ではなかったという。
「学生時代、私は京極夏彦さんの小説が大好きで、妖怪をモチーフにした歴史小説を書きたいと思い、創作のためにさまざまな台湾の妖怪資料を探し始めました。台湾における“妖怪”とは一体何なのか? それをまず知るために、妖怪のデータベースを作ろうと考えたのです。しかし台湾にはもともと妖怪=化け物というような概念がなく、そのまま書き残された資料もありません。先の蟹の話は、特定の地方について書かれた書物に、怪しい出来事として記録されていました。このように地誌などを読み漁り、その中の怪しげな記述を『これは妖怪に当てはまるだろうか』と検討しながら拾い上げていくのは、大変な作業でした」
何氏は妖怪調査にあたってフィールドワークも重視したという。本書では、伝承とその土地の地理的・歴史的背景も、豊富な写真とともに紹介されている。
「私がこの本を書いた起点は柳田国男の『遠野物語』です。日本では『遠野物語』の伝承地を訪ね歩くガイドブックも数多く出版されていますね。本書もそれを目指したところがあります。実際に訪ね歩くことによって、台湾各地の風景やその土地の風俗を、妖怪という視点を通して見直したいと思いました」
実地調査を通して、何氏自身も多くの発見があったという。
「たとえば、私が長年、散歩コースにしていた水路があるのですが、近所の人たちに話を聞いてみたらそこは水鬼(スイグイ=溺死者が悪霊となり生きている人間を水に引きずり込む怪)が出るといわれる場所だとわかりました。まさか自分の家の近くに伝説スポットがあるなんて、と驚きました。すると、普段見慣れているところが、全く違う新しい景色に見える。妖怪って、じつはとても身近なものなんだとわかり、どんどん面白くなっていきましたね」
何氏が定義する「妖怪」は、いわゆる化け物だけではなく、信仰に基づく神話的な要素や奇異な習俗など、文化の総称として妖怪を定義づけている。では、台湾における妖怪の特徴とは?
「台湾妖怪の大きな特徴として、異なる民族間の関係を反映したものが挙げられます。台湾は小さな島国ですが、さまざまな民族集団が暮らしています。原住民族のほかにも、漢人もいれば、かつては日本人や西洋人もやって来ました。そこには摩擦や争いの歴史があり、そういった記憶が、妖怪伝説を生む源流になっていると考えられます」
たとえば、台湾西部に居住するサイシャット族に伝わる「沙赫魄(サハポイ)」は頭部のない人間の姿をした化け物だ。
「大昔、原住民族の間には『出草(首狩り)』の習慣がありました。これは集落の間で抗争が起こった際に行われていたといわれています。サハポイは首狩りによって死んだ者の魂が変化したものではないかと私は考えています」
また、台湾の民俗習慣である「冥婚」も妖怪カテゴリーに含まれている。台湾で道に落ちている赤い封筒を拾ってはいけないという「紅包」の話は日本のSNSでも少し前に話題になっていた。
「未婚のまま亡くなった女性を持つ親族が、道に赤い封筒を置いておくのですが、うっかりこれを拾ってしまうと、亡くなった女性の結婚相手にさせられてしまうというものです。じつは私の親戚にも、交通事故で亡くなった女性の花婿になる儀式をした人がいます」
『台湾の妖怪伝説』では、土地のお祭りなども紹介されている。その中に、いっぷう変わったイベントが行われる妖怪スポットがある。
「台中市の南屯犂頭店に『金鯪鯉』の伝説があります。鯪鯉とはセンザンコウの別名で、この土地の地中深くに金色のセンザンコウが眠っているといわれています。ここは台湾の妖怪スポットとしては珍しく、妖怪が具現化されて町おこしに用いられています。年に一度、
地中深くに眠るセンザンコウの目を覚ますためのお祭りが行われるんですが、これがなかなか面白くて。長い下駄を4人で履いて、ムカデ競走のようなことをします。力いっぱい大地を踏むことで、大きな音を地下に響かせるというのが目的なのですが、この形になったのは30~40年ほど前からだといわれています。目に見える形で妖怪を体験できるので、観光客の方にも面白く感じてもらえるのではないでしょうか」
また、台湾での“妖怪バトルカード”と何氏が呼ぶ「外方紙」についてもご紹介いただいた。
「外方紙は厄祓いに使う呪符です。かつて台湾の外方紙は108種類あるといわれていました。主に、人に災厄をもたらす超自然的な存在が描かれていて、これを燃やすことによって厄祓いをします。さまざまな怪物的なモチーフが描かれているんですが、現在は残っていないものが多くて。なぜかというと、焼いて使うという性質もあるんですが、縁起が悪いので収集する人がいないんです。私が手に入れた『黒虎』という絵柄の外方紙は、日本統治時代に台湾にいた日本人が本の間に挟んで残していたものです。今ではすでにその『黒虎』伝説は失われていて、非常に貴重な1枚なんです」
日本とはまた違った、個性豊かな妖怪が揃う台湾妖怪の世界。しかし、本邦のお化け好きたちの琴線にもガッツリと響く面白さと不思議さを持っている。
「私はとても怖がりなので、妖怪は怖いものだと思っていました。でも子供の頃、誰もいないはずの家の2階からビー玉がコツコツと床に当たっているような音がしてきて、その音を聞くとなぜか眠れない夜でも寂しさを忘れて眠ることができました。台湾の古い家によく出るといわれる『彈珠小鬼(ビー玉小僧)』だったんじゃないかなと思っています。現実の世界は混沌としていて、ときにお化けよりも怖い。だから妖怪のことを考えると、不思議と心が安らぎます。現実がそれほど怖くないと感じられることがある。これを友情と言っていいかどうかはわかりませんが、妖怪は歴史上ずっと、身近な存在として人間に寄り添ってきたものだと思っています」
プロフィール
か・けいぎょう●1985年、台湾・台中市生まれ。小説家、妖怪研究家。2017年に刊行した台湾初の妖怪百科事典『妖怪台湾 三百年島嶼奇幻誌・妖鬼神遊巻』が異例の大ヒットを記録。その続編として刊行した『妖怪台湾地図 環島捜妖探奇録』の日本語訳が『[図説]台湾の妖怪伝説』となる。
※「ダ・ヴィンチ」2022年9月号「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載
書籍紹介
『[図説]台湾の妖怪伝説』
何 敬堯:著 甄 易言:訳
原書房 3520円(税込)
毒霧を吐くオウム石や古井戸の女幽霊、白馬が富をもたらした名家など、バラエティ豊かな伝説地を巡る台湾版「妖怪ウォーカー」! 伝承地やイベントなどを豊富なカラー写真、現地の探査ノートとともに紹介。旅するように台湾の妖怪を知ることができる稀有な一冊。
こちらも注目!
『怪と幽』vol.003
KADOKAWA 1980円(税込)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321812000162/
妖怪ブームに沸く台湾を特集! 何敬堯氏はインタビューと台湾の妖怪伝承地を巡る企画に参加。ほかにも台湾の若き妖怪研究家たちへのインタビューや台湾ゆかりの作家による寄稿なども盛りだくさんで、台湾妖怪ムーヴメントの現在を知ることができる!
『怪と幽』vol.011
KADOKAWA 1980円(税込)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000144/
●第一特集
悪魔くんを求め訴えたり 水木しげる生誕100年
【シリーズ解説】京極夏彦
【対談】佐野史郎×久坂部 羊
【インタビュー】鏡 リュウジ、佐藤順一
【寄稿】呉 智英、朝松 健、イトウユウ、廣田龍平
●第二特集
営繕かるかや怪異譚
【対談】小野不由美×加藤和恵
【インタビュー】漆原友紀
【ガイド】朝宮運河
●小説 京極夏彦、小野不由美、澤村伊智、内藤 了、和嶋慎治
●漫画 諸星大二郎、高橋葉介、押切蓮介 ほか