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特集

「読む人」ではなく「書く人」になりたい ――。小説推理新人賞受賞、咲沢くれはインタビュー

取材・文:編集部 

表題作となった短編「五年後に」で一昨年、小説推理新人賞を受賞し、本作がデビュー作となった咲沢くれはさん。苦み走った人生の哀切を、抑制された確かな筆致で描く新人作家に、本作誕生までのお話を聞きました。


――男性教師に告白してはぐらかされたという女子中学生の打ち明け話から、主人公の教師が夫との関係に向き合う表題作「五年後に」。川と運河に囲まれた渡船場で来る日も来る日も待ち人をしている老婆と「掃き溜め」といわれる中学で働く中年教師のささやかな心の交流を描いた第二話「渡船場で」。余命いくばくもなくなった母が、かつて二日間だけ家出したときの秘密に触れる「眠るひと」。担任するクラスでいじめが起こっているのではと思い、自分自身の中学生時代を回想する「教室の匂いのなかで」。年齢性別はまちまちですが、いずれも主人公たちは教師を生業にしています。


咲沢:本書に登場するのは、熱血指導をしたり、特に生徒から人望を集めるような目立つ教師ではなく、集団のなかで少し浮いてしまったり、気づけば端っこにいるという先生ばかりです。自分のやっている仕事の正しさを疑わず、意気揚々と働いている人ばかりではないと思うんです。学校だって、ドラマのように劇的ななにかが起こるばかりではなく、些細なことが日々山ほど起こる。そのなかで、仕事にちょっと嫌気がさしたり、疑問を感じたり孤独感を抱いたりする。世のなかには、むしろそういう人のほうが多いんじゃないか。だから本書では、どこにでもいる「普通」の人に光をあてて作品にできたら、と思いました。


――実際に咲沢さんも教鞭をとられていたそうですが、その経験が生かされているのでしょうか。


咲沢:学校の空気感や、生徒たちの雰囲気、主人公をとりまく教師たちの姿など、経験というより、感覚的に反映されているところは多々あると思いますが、一番色濃くでているのは、生徒へのまなざしかもしれません。新任当初は、わたし自身、中学生は「こうあるべき」という規範のようなものに縛られていました。ところがうまく導くことができない。自分は教師としての能力がないと周りから思われるのではないか。そんなことばかり気にしていました。でもある時期から、自分が中学生だったころ、どんなことが辛くて、なにに傷ついたか、そういうことに思い至り、規範からはみでる生徒の背景にも目を向けられるようになりました。今目の前にいる子たちが抱えている傷にせめて自分だけは気づけるように……実際にはそんなにうまく対処できたわけではなかったけれど、せめて作中の主人公の教師たちにはそういう視点を持ってほしい。そんな願いを託してしまった部分はあります。


――どの作品にも「生きづらさ」やその人固有の「痛み」が描かれているように思いました。


咲沢:その点については、十分、意識しました。むしろそれしか考えていないくらいに。応募作を初めて書いたときには、三十代女性の心の奥に巣食うどろどろしたものを書こうと思っていたんです。でも受賞後、一冊にまとめるためにほかの作品を書き進めていくうちに、もっと普通の人が人知れず抱えこんでいる傷をそっと描けたら、と思うようになりました。


――「小説は人の傷口を素手で触る仕事なんだと、改めて思った。たくさん傷ついてからのデビューには、意味がある」という桜木紫乃さんの推薦帯も効いていますね。


咲沢:はい。桜木さんが描かれる情景描写にいつも圧倒されていて、桜木さんが選考委員だからと、この賞に頑張って応募しました。


――ほかにお好きな作家や影響を受けた作家はいますか?


咲沢:仕事に向かう電車のなかで角田光代さんの『紙の月』を再読していて、こみあげてきたことがあって。駅に着いて改札に向かうあいだずっと、ああ、わたしもこんなふうに小説を書く人になりたいと痛切に願いました。「読む人」ではなく「書く人」になりたいと。その日の夕方、受賞の連絡をいただいて。忘れられません。


――これからどんな作品を書いていきたいですか。


咲沢:今、次作のプロット構想中です。それとは別に、恋愛を様々な切り口から描いた短編集も書きたいですし、今回ちょっと暗めだったので、明るい作品にも挑戦したい。いずれも物語の中心にいるのは、特殊な環境にあったり能力の高い人ではなくて、普通の人。読んでくださる方に楽しんでもらえるよう、今の気持ちを忘れないようにやっていこうと思います。


咲沢 くれは

1965年大阪府生まれ。立命館大学二部文学部卒業。生命保険会社に勤務後、中学の国語教師を11年間務めたのち、退職。2018年、小説推理新人賞を受賞。本作『五年後に』がデビュー作となる。

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