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特集

中国になる前の香港で、どん底サラリーマンが国家機密争奪戦に巻き込まれ……。『アンダードッグス』刊行記念 長浦京インタビュー

撮影:ホンゴ ユウジ  取材・文:西上 心太 

デビュー2作目でいきなり大藪春彦賞を受賞するなど、新時代のハードボイルドの書き手として飛ぶ鳥を落とす勢いの長浦京さん。待望の4作目『アンダードッグス』は、1997年の香港を舞台に繰り広げられるコンゲーム小説です。なぜ今、中国返還当時の香港を描いたのか? 連載を意識して試したテクニックなどとあわせ、お話を伺いました。

香港らしさがなくなる前の香港


――中国への返還が間近に迫った香港ホンコンで、「負け犬」たちが列強の諜報組織を相手に戦いを繰り広げていくのが本書『アンダードッグス』です。つい最近、国家安全維持法が施行され、一国二制度が実質的に終わろうとしています。中国共産党の支配下に置かれる香港のこれからが心配ですが、時宜を得た作品となりましたね。


長浦:最初に執筆依頼を受けた時に、少部数でもいいから、とにかく面白いことをしましょうという話が出ました。ならばコンゲームのような作品をやろうではないかということに。ただ、現代でやるのはちょっと難しいし、あまり昔でもつまらない。さらに混乱した状況も必要ではないか。このようなことを担当編集者と話し合った結果、中国への返還が間近い、一九九七年の香港を舞台にしようという方針が決まりました。


――香港は身近な街だったのですか。


長浦:学生時代にバックパッカーとして行った後は、仕事がらみで数回訪れただけです。最後に行ってから二十年くらいたつので、たぶん今世紀になってから足を踏み入れていないと思います。しかし中国へ返還される前の香港が頭の中に残っているので、かえってぶれなくてよかったと思っています。


――香港のいたるところでアクションが繰り広げられるので、よほどの香港マニアかと思いました。


長浦:マニアというほど詳しいわけではありません。詳しすぎると余計なことを書きたくなってしまいます。逆にある程度距離がある街の方が、書いていて楽しいですね。新たな現地取材はしていませんが、いまと昔のガイドブックや資料を山ほど読みました。書き始める前から一国二制度の終わりは見据えていましたので、香港らしさがなくなる前の香港を、まだイギリス領だったころの香港を書きたいという思いがありました。このころの香港は絶望一色ではなく、期待と不安が半分ずつあったように思います。もちろんイギリスに対する長年の恨み辛みもありました。でも、いい感じでいい匂いのする街だった。当時のイメージをいま書くことによって、現在との違いを自分でも確かめたりする楽しみもありました。


――長浦さんは、冒頭から読者をグッと小説世界に引きずり込む工夫が特に巧みな作家であると思っています。デビュー作『赤刃』の斬撃シーン、『リボルバー・リリー』の銃を自在に操るリリーの登場シーンなどがいまでも印象に残っています。


長浦:書き出しが面白くないと読者が飽きるのは当然なんですが、それとは別に冒頭の部分で自分がどんなことをしたいのか、この作品でどんな雰囲気やイメージを作ろうとしているのか、自分に確認させたり、自分に言い聞かせる意味もあるんですね。


――冒頭のシーンでその作品の方向や骨格が決まるということでしょうか。


長浦:ああ俺はこういう雰囲気を書こうとしているんだなということが、少しずつ固まっていくんです。逆にはっきりそれがわかった上で書き始めてしまうと、ストーリーを追うことばかりに注力してしまいます。ある意味自分への戒めとして、こういうのを書きたいという方向性を冒頭に置いておくと、そこから自分がぶれることなく書き進められる気がするのです。



連載は女王様に鞭打たれるような感じ


――今回の主人公の古葉こば慶太けいたは元農林水産省の役人です。ある不祥事で蜥蜴の尻尾切りにあい、現在はネット証券会社に勤務しています。大口の顧客のイタリア人富豪からとんでもない依頼、というか命令を受けるのが発端です。中国への返還を半年後に控え、香港の銀行から海外に移される、ある「文書」を強奪せよと。アクションシーンではなく、元公務員が追い込まれて、無理な依頼を引き受けざるを得なくなる状況を描いた冒頭が見事で、グッときました。


長浦:元役人のこの男は銃器の扱いはもちろん、武道だってできません。普通の官僚並みの記憶力くらいしか取り柄がない。


――冒頭から引き込まれ、第一章の最後であっと驚くことが起こります。しかも第二章は現代に話が飛ぶので、過去と現在が交錯する話であることがわかるのですが、特に過去のパートは「裏」のない人間は皆無と言ってよいくらいで、この先いったいどうなるのか、ページを繰る手が止まらなくなりました。


長浦:初めての連載だったのですが、連載開始時点では何も固まっていませんでした。とりあえず何か大仕掛けを作ってくれというので、最後の戦闘場面くらいでしたかね、ある程度のアイデアとデッサンがあったのは。やはり主人公が追い込まれなければいけないので、自分もその場その場で必死に考えることを実践していたわけです。


――中国、イギリス、アメリカ、ロシアなどの諜報機関が出てきて、誰が味方で誰が敵なのか、錯綜していきます。


長浦:その都度その都度、展開を考えていきました。半分ほど書いたあたりで、ようやくオチはこうなるかなと見えてきました。出発して真ん中までは暗中模索。ようやくオチが見えたので、あとは勢いでやろうという乗りで書いていきました。


――それでこれだけの作品にまとめるのだからすごい。


長浦:いやそれはもう必死ですから。でも毎回追い込まれて苦しいわけですが、美しい女王様に鞭打たれるような感じもあって(笑)、初めての連載は、噓偽りなく非常に楽しい経験となりました。



「少年ジャンプ」の「引き」を意識


――本書は謀略アクション小説と呼んでも差し支えない作品かと思いますが、それに似合わない主人公ですね。


長浦:自分が本を読む時、際だって格好いい主人公だとあまり入り込めないんです。ゲームの『ドラゴンクエスト』は「自分」が主人公になりますが、ほとんど無個性じゃないですか。小説の主人公は、主人公というだけで、ある程度の役割を負わされているので、敵役など周囲のキャラクターを一所懸命考えようというスタンスでこれまで書いてきました。


――では気に入った、上手く書けたというキャラクターはいましたか。


長浦:うーん、自分ではよくわかりませんね。逆に、自分自身に近いダサさやダメな感じを全員がどこかに持っている。そこは上手くできたかなと思っています。


――主役脇役を問わず、ご自分がこしらえたキャラクターにのめり込みすぎず、突き放しているように見えるのですが。


長浦:基本的に二転三転するとはいえ、プロットは定石の範囲内なんですよね。だからこそキャラクターたちのなれ合いを極力排除しようと思いました。キャラクターの関係性まで定石通りじゃつまらないので。定石と言えば最も参考にしたのがかつての「週刊少年ジャンプ」連載漫画の黄金パターンである「引き」ですね。章の最後で次につながる「引き」を必ず用意することに留意しました。


――最後に本書について一言。


長浦:一九九七年の香港の雰囲気を纏うように挑んだのが本書です。「なんだ」って言われたら、また努力するしかありませんが、納得していただけたら嬉しいです。これがいまの長浦京にできるエンターテインメントです。


長浦 京

1967年埼玉県生まれ。法政大学経営学部卒業。出版社勤務、音楽ライターなどを経て放送作家に。その後、指定難病にかかり闘病生活に入る。2011年、退院後に初めて書き上げた『赤刃』で、第6回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。17年、デビュー2作目となる『リボルバー・リリー』で第19回大藪春彦賞を受賞。19年、3作目『マーダーズ』で第2回細谷正充賞を受賞。

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