インタビュー
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脱線上等! 予測不能? 夢眠ねむが、ほかでは読めない作家の素顔にグイグイ迫る! 乾ルカ『明日の僕に風が吹く』刊行記念スペシャルインタビュー
撮影:橋本龍二 インタビュアー:夢眠ねむ 構成:高倉優子
都会の少年が島の人間関係に巻き込まれる衝撃
夢眠:新刊の『明日の僕に風が吹く』は、北海道の離島が舞台ですよね。なぜこのような設定になったのですか?
乾:以前、北海道のローカルテレビ局の番組審議会の委員をやっていたことがあるんです。その時、委員長さんから「天売島(てうりとう)という面白い島がある。そこを舞台にしたらきっといい小説が書けると思う」と教えていただいたんです。天売島には廃校の危機にある高校があり、存続させるために様々な取り組みをしているとお聞きし、これは面白いかもしれないな、と。
夢眠:主人公の有人は自分の部屋でゲームばっかりしています。私の世代でも引きこもりは問題になっていたし、いじめもあった。でも彼のように、自分の夢の延長線上にあることが原因で挫折するって想像もできないくらいショックでしょうね……。前半はずっとしゃべらないから、「有人、ダメだぞ、もぅーっ!」とイライラしていたけど、島に引っ越してからは少しずつしゃべるようになったので安心しました。都会の子が田舎の人間関係に投げ込まれるって、けっこうな荒療治ですよね?
乾:主人公をどんな人物にするか考えた時、環境の変化が強く打ち出せるのは東京の子が島に行くのが一番の衝撃なんじゃないかと思ったんです。天売島の取材に同行してくれた編集者さんたちも、初めて天売島に足を踏み入れた時、かなり衝撃を受けていたんですよ。「こんなところがあるんだ……」と。有人も、何もなければ離島留学なんてしないだろうし、東京にいたくない理由として明確なものがあったほうがいいだろうと、あのような設定にしたんです。
夢眠:有人が海鳥のウトウにぶつかられるシーンを読んで、へー海鳥って脂っぽいんだ!臭いんだ!と初めて知りました。
乾:海に潜って餌をとったりするので、水をはじくようになっているみたいですよ。
夢眠:ワックス効果なんですね。どれくらい臭いのか、ちょっと嗅いでみたいなぁ。
乾:私も嗅いだことはないんですけどね。
夢眠:じゃあ今度、一緒に嗅ぎましょう(笑)。そういえば何かのインタビューで、乾さんはあまり学校に行きたくない、空想しがちな子供だったと読みました。その頃、想像力がついたんですか?
乾:現実逃避をしていた時間は想像力を鍛える時間だったのかもしれませんね。
夢眠:なぜ学校が嫌いだったんですか?
乾:6歳で小学校に入学するわけだけど、それと同じ期間、つまり6年間もそこに通うのかと考えたら憂鬱で……。当時は給食もアレルギーに配慮がなされていないし、全員で残さず食べろというあの風潮も嫌いでした。事前に献立表をチェックしておいて、嫌いなメニューの日は学校を休んでいたほどです。
夢眠:何が嫌いだったんですか?
乾:クローヨーってわかります? あれが一番嫌いでした。
夢眠:クローヨー? なんだろ、なんだろ(笑)。豆腐ヨウみたいなもの?
乾:わからないですよねぇ。北海道の郷土料理なのかしら。一番似ている料理を挙げろと言われたら、酢豚が一番近いかも。とにかく栄養だけを考えて、いろんな野菜を入れて煮たような料理です。栄養があれば味や見た目はどうでもいいっていう雰囲気が苦手だったんです。
夢眠:わわっ、栄養士さんの都合メニューというか……。
乾:本当に。私、注射1本で済むのなら食べなくてもいいとさえ思っていたくらい(笑)。
「世界で一番尊いのは友情」という憧れを投影
夢眠:有人と誠の友情に何度もキュンとしました。寒い船の上で有人のために自分のマフラーを取ってくれた誠に、「やりよるな……誠」と思ってみたり(笑)。
乾:私は友だちが少ないので、友情に過度な憧れを抱いているんです。世界で一番尊いものって友情じゃないかとも思っていて。その過度な憧れを誠に投影して書いた部分はありますね。
夢眠:私はそれを拾い集めて舐めていました(笑)。でも友情に憧れていると素直に言えて、こうして作品に描けるって乾さんは精神が健やかだと思います。私は大学生の時「友だちがいるなんてダセー」と思っていて、別の学科の食堂にわざわざ行って、ひとりで食べたりしていましたから……。
そうそう、キーアイテムとしてマカロンが登場するじゃないですか? 個人的にはものすごく想像力を掻き立てられました。有人が恋心を抱いている涼先輩が「マカロンが好き」と言ったり、旅行土産に買ってきたりしますが、好きになったきっかけは、片思いしていたパティシエ志望の至くんの影響なんじゃないの!? 彼が何気なく作ったマカロンを食べたことがあるのでは?……なんて思ったんですけど、違います?
乾:おー、そんな風に想像してくださったんですね。島にはコンビニがないから、お土産にはコンビニのスイーツが喜ばれると聞いたことがあって。それで入れたエピソードだったんですが、正直そんなに深い設定は考えていませんでした。でもロマンティックで素敵なので、私が考えたオフィシャル設定にしちゃおうかしら?(笑)
夢眠:うふふ、ぜひ(笑)。あと、登場する女性たちが素敵だったのも印象的です。とくに道下さんがかっこよくてシビレました。
乾:わあ、よかった。「ここで一発言ったれや!」と思いながら道下さんのくだりを書いたので、そう言ってもらえてすごく嬉しいです。
夢眠:「有人、よかったな。周りにかっこいい女たちがいてくれてなぁ」と、「国民の叔母」の私は思いました(笑)。
乾:国民の叔母(笑)。叔母といえば、私にも姉の娘である姪っ子がいるんですね。もう、無条件にかわいい。それもあり雅彦は甥っ子に理解があり、無条件で愛してくれるような人物であるように意識して描きました。
夢眠:わかります! 私にも1歳の姪がいるんですが、本当にかわいい。ついなんでも買ってあげちゃいますもん。
乾:自分のテリトリーに迎え入れて生活の面倒を見てくれる叔父って、私の理想かもしれません。じつは天売島には昔、レジェンドのように慕われたお医者さんがいたそうなんです。ただ、取材後、天売島は常勤医が不在の状態になったので、離島で医師を務めるのは大変なことなのだな、と想像しました。
夢眠:実際にモデルがいたんですね。それを聞いて読み返すとまた違う感情が湧いてくるかも! 私、芸能界を引退して本屋を開いたんですけど、うちの店にも置かせていただきたいです。小学生とか思春期の子たちに「感想文におすすめの本はありますか?」と聞かれることがあるんですけど、そういった小説はあまり扱っていなかったので……。この本、ぴったりです!
乾:わあ、ありがとうございます。いろんな世代の方に読んでもらえたら嬉しいけれど、特に10代の子たちって心が柔らかいので何か感じてくれるんじゃないかと思うんです。大人になったら見えることでも、狭い世界にいる子供たちは見えなかったり、わからないこともたくさんあると思うから、ぜひ読んでもらいたいですね。そして少しでも悩める背中を押すことができたら幸せです。
乾ルカ 1970年、北海道生まれ。藤女子短期大学卒業。2006年に「夏光」で第86回オール讀物新人賞を受賞し、デビュー。10年『あの日にかえりたい』で第143回直木賞候補、『メグル』で第13回大藪春彦賞候補になる。その他の著作に『てふてふ荘へようこそ』『青い花は未来で眠る』『心音』『コイコワレ』など多数。
夢眠ねむ 三重県伊賀市出身。アイドルグループ「でんぱ組.inc」の元メンバー。現在は「夢眠書店」を経営しながら、「たぬきゅん」のキャラクタープロデュースを手掛けている。著書に『夢眠軒の料理』『ゆめみやげ』『まろやかな狂気―夢眠ねむ作品集』『本の本―夢眠書店、はじめます―』など。
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