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特集

日本人にとって「信仰」とは何か?――『証し 日本のキリスト者』最相葉月さんインタビュー

構想10年・取材6年をかけた『証し 日本のキリスト者』を刊行した最相葉月氏に聞く

2023年1月、構想10年・取材6年をかけた長編ノンフィクション『証し 日本のキリスト者』(KADOKAWA)を刊行する最相葉月氏。『セラピスト』(新潮文庫)で「心の病」を向き合った最相氏は、なぜ今作で「信仰」というテーマを選んだのか? 構想のきっかけ、これまでと異なる形式を採用した理由、さらには、日本人が「信仰」について多くの議論を交わしている2023年1月に本書が刊行される意味などについて、作家本人に聞いた。 

聞き手:編集部



なぜキリスト教をテーマに選んだか?


――2023年1月、長編の書き下ろしノンフィクション作『証し 日本のキリスト者』を刊行されました。北海道から沖縄、奄美、五島、小笠原まで全国の教会を訪ねられ、135人のキリスト者の声を聞くという、1000ページを超える大作です。 最相さんといえば、一つのテーマを見出され、そのテーマについて緻密な取材を重ねられて作品を編まれるスタイルで、多くの作品を生み出されてきました。今作のテーマに「信仰」を選ばれたのは、なぜでしょうか。

最相:いくつかのきっかけがあります。「心の病」に関心をもって『セラピスト』の取材を進めていくなかで、キリスト教に出会う機会が何度もありました。たとえば、木箱に入った砂の上に家や車などのミニチュアを配置することでイメージの表現を行なう「箱庭療法」の実践を取材しようとしたとき、指定された場所が教会だったというケースがあったこと、あるいは、カウンセリングの起源を調べていくうち、それが戦後間もない占領下の日本にローガン・J・ファックスというアメリカ人宣教師の息子を通じて入ってきたものであったと知ったことなどです。
 もう一つのきっかけは、一人の厳格な筋金入りのクリスチャンとの出会いです。詳細は『ナグネ――中国朝鮮族の友と日本』(岩波新書)という著書に譲りますが、16年にわたって交流し、身元保証人も引き受けたある中国朝鮮族の女性が、表向き禁教の世界である中国の地下教会のクリスチャンだった。彼女とコミュニケーションをとるとき、いつも唯一、違和感を覚えたのは、キリスト教がいかに素晴らしいもので、それを信じない人は真理に近づけないという、いわばクリスチャン以外を下に見るような姿勢でした。
 そうしたことが重なって、そもそも信仰とは何か、神を信じるとはどういうことか、それをキリスト教の信者を訪ねて聞きたい、と取材の旅に出たのがいまから7年前、2016年のはじめです。


――北九州のプロテスタントの教会から始まったその旅のなかで、135人のキリスト者が語る信仰のかたちに、最相さんはひたすら耳を傾けます。タイトルでもある彼らの「証し」(キリスト者が神からいただいた恵みを言葉や言動を通して人に伝えること)は、なぜ神を信じるようになったか、というパーソナルなものから、戦争や病のなかにおける信仰のあり方、さらには教会という「社会」の是非に至るまで、多種多様です。取材を始められた当初と、本書が刊行された現在とで、キリスト教に対するイメージに変化はありましたか。

最相:ひと言でいえば、自分はキリスト教というものを、まったくわかっていませんでした。これまでも私はいわゆる一般的な日本人として、クリスマスのお祝いをしたことはありましたし、出身大学の関西学院大学はミッションスクールで神学が必修でしたから、少しは勉強しました。あるいはキリスト教作家として知られる遠藤周作の著作や映画なども読んだり観たりしていましたが、いま振り返ってみれば、それらは「信仰とは何か?」という問題意識をもたなければ、まったく理解できないものでした。
 ただ、それは「信仰しているから理解できる」というものではありません。あくまで「信仰とは何か?」を問わなければスタートラインにすら立てない、ということです。この本を書いたいま、あらためて遠藤周作から世界文学まで読み直したい。総人口の約3割をキリスト者が占める韓国の映画なども見直してみたいと考えています。

とにかく、人の話をしっかり聞きかかった


――なるほど。「信仰」についてはまた伺うとして、本書の形式についても質問させてください。これまでの最相さんの著作は、多くの方々への取材を丁寧に編み直され、一つのストーリーに再構成されるというスタイルでした。今作は一転、キリスト者の方々の発言を一人称にして、それをそのまま掲載されています。もちろん、全体を通せば回心、洗礼から始まって、戦争、運命、そして真理、復活へとつながる章の流れはありますが、多くの読者がこれまでの作品とはまったく違う印象をもつことでしょう。この形式を採用された理由について教えてください。

最相:ノンフィクションの歴史において、証言を集める手法はめずらしいものではありません。たとえば、『仕事!』(晶文社)や『死について!』(原書房)などの著作で知られるアメリカのノンフィクション作家、スタッズ・ターケル、『チェルノブイリの祈り』や『戦争は女の顔をしていない』で知られる2015年のノーベル文学賞作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ、日本でも『「在外」日本人』(講談社文庫)や『がん患者学』(中公文庫)の著者である柳原和子さんなどがいらっしゃいます。
 そのうえで、今作でこうした形式を採ったのは、「とにかく人の話をしっかり聞く」ことがしたかったからです。SNS(ソーシャル・ネットワーキングサービス)全盛のいまは、言ってみれば、誰もが自己主張する時代です。そこでは誰が何の話をしているのか、そもそもそれは誰の発言だったかさえが、すぐに忘れられてしまう。しっかり聞く耳をもたねば、どんな大切な言葉でも素通りしてしまいます。
 だからこそ、今作で私は人と向き合い、とにかく話を聞くことに徹しました。インタビューはすべて自分で文字に起こし、沈黙も、方言も、言い間違いも、よどみも、ため息などもすべて文字にしてから再構成したのです。かつて、レコードがCDになり、さらにはデジタルデータに変わっていくなかでいろいろな音が削ぎ落とされていきましたが、きっと人の語りにも同じことが生じている……。だからこそ、それを丁寧にすくい上げたかった。


――本作内では、オープン・ダイヤローグで知られるロシアの思想家、ミハイル・バフチンの「人間の真実は特定の誰かの視点のみで表現できず、どれほど多くの視点を集めて分析したとしても、両者には大きな隔たりがある」という考え方にも言及されていますね。

最相:そもそも「信仰とは何か?」という人類の謎ともいえる壮大なテーマを一人の視点で物語り、構成することは不可能です。バフチンはドストエフスキーの作品に、複数の独立したパートからなる音楽という意味のポリフォニー(多声楽)的な性格を見出しましたが、今作も同じです。自らは器となり、それを差し出すだけ。そこで奏でられる多声のなかでこそ、浮かび上がる真実がある、ということです。


――本書内の一人称として、最相さんの作品では初めて「筆者」という言葉が使われているのも、おそらくそれが理由ですね。だからでしょうか、そうした多声楽的性格からか、本書はほんとうに多義的な読み方ができます。キリスト者と信仰にまつわる著作とも読めれば、日本におけるキリスト教という「窓」を通して語られる日本社会そのものを扱った著作とも読める。ご自身も「この本について――まえがきに代えて」のなかで、「一人ひとりの語る信仰生活は、現代社会が抱える問題と相似形にある」と語られています。

最相:もちろん筆者として、こう読んでほしい、という意向があるわけではありません。ここまで長い作品ですから、一日一話でもよいと思います。とはいえ、本作で証しを語る人々は年齢も性別も教派も教会も居住地もバラバラですから、その人生経験に応じて話の濃淡があります。願うべくは、そうした濃淡ある証し全体の先に浮かび上がる、日本のキリスト者の実相について思いを馳せていただければと思います。

日本人はもっと「信仰」に向き合うべき


――それにしても、「信仰」についての関心がかつてないほど高まっている2023年1月、2016年の取材からスタートした本書が世に出ることに驚かされます。このタイミングで今作が刊行されることについて、お感じになることはありますか?

最相:このタイミングになったのは自分がもたもたしていたからですが(笑)、これまで出してきた著作、たとえば『青いバラ』(岩波現代文庫)、『星新一』(新潮文庫)、『セラピスト』(同前)についても、多かれ少なかれ、そうした時代との符合がありました。しかし、それは結果的にそうなった、としかいいようがありません。 
 本書の取材がスタートしたのは2016年でしたが、かつて阪神淡路大震災や東日本大震災を取材した一人として、信仰が大きな支えになっている方もいれば、そうではない方もいたのが不思議でした。あるいは、長きにわたって生命科学の取材をしてきたなかで感じたのは、クローン技術や遺伝子操作は宗教者からの反対がとても多かった、ということです。なぜ信仰が人の考え方や生き方を大きく変えるのか、ということは、自分のなかに問いとしてずっとあった。言い方を変えるなら、「神とは何か」ではなくて、「神を信じて生きるとはどういうことか」という問題意識です。前者を扱った書籍は数多ありますが、後者を私は目にしたことがなかった。それを著したタイミングで、たまたま「信仰とは何か」が日本で議論になっている、ということだと思います。


――とはいえ、現在の日本の信仰に関するメディアの議論が成熟しているとは、まったく思えません。

最相:カルトの問題が語られていますが、ほんとうはそこにある信仰について考えなければならない。オウム真理教事件のとき、私たちはあれほどマインドコントロールについて議論をしたはずです。それが、いまはなぜか献金の話になってしまっている。教会に献金するのはどうしてなのか。そこに信仰があるからでしょう。
 まだまだメディアはじめ、日本人は信仰についての理解が足りません。今作内であるドイツ人シスターがおっしゃられたように、日本は本質的に仏教国であり、生活習慣のなかに仏教が入り込んでいるがゆえ、そもそも神を信じるとはどういうことかが問われなくなっているということもあると思います。しかし、たとえば2018年7月、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産になったときに注目されたような、美しい教会建築だけに価値があるわけではないのです。なぜ彼らがそこまでして信仰を守り続けたか、ということこそ、私たちは考え、問わなければならないはずです。


――最後に、今作を楽しみにされている読者の方にメッセージをお願いします。

最相:繰り返しますが、この本はどんな読み方をしていただいてもかまいません。そのうえで、ほんとうに自分は無宗教なのか、たとえば、家にあった仏壇、墓参り、自分が通ったミッションスクール、結婚式をした教会……そうした個人の経験を振り返っていただきながら、信仰について考える機会に本書がなるなら、筆者として望外の喜びです。

著者略歴



最相葉月(さいしょう・はづき)
1963年、東京生まれの神戸育ち。関西学院大学法学部卒。科学技術と人間の関係性、スポーツ、近年は精神医療、カウンセリングをテーマに取材。97年『絶対音感』で小学館ノンフィクション大賞。2007年『星新一 一〇〇一話をつくった人』で大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞、日本SF大賞、08年同書で日本推理作家協会賞、星雲賞。ほかの著作に『青いバラ』『いのち 生命科学に言葉はあるか』『東京大学応援部物語』『ビヨンド・エジソン』『セラピスト』『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』『れるられる』『東工大講義 生涯を賭けるテーマをいかに選ぶか』、エッセイ集に『なんといふ空』『最相葉月のさいとび』『最相葉月 仕事の手帳』『辛口サイショーの人生案内』『辛口サイショーの人生案内DX』、児童書に『調べてみよう、書いてみよう』、共著に『未来への周遊券』『心のケア 阪神・淡路大震災から東北へ』『胎児のはなし』など。

作品紹介



証し 日本のキリスト者
著者 最相 葉月
定価: 3,498円(本体3,180円+税)
発売日:2023年01月13日

なぜ、神を信じるのか。全国の教会を訪ね、135人に聞いた信仰のかたち。
「証し」とは、キリスト者が神からいただいた恵みを言葉や言動を通して人に伝えることである。

本書は、北海道から沖縄、五島、奄美、小笠原まで全国の教会を訪ね、そこで暮らすキリスト者135人に、神と共に生きる彼らの半生を聞き書きしたものだ。自然災害や戦争、事件、事故、差別、病のような不条理に直面してなお、彼らは神をどうして信じられるのか? なぜ、信仰は揺るぎないものであり続けるのか。

回心、洗礼、家族、献身、開拓、奉仕、社会、差別、政治、戦争、運命、赦し、真理、そして復活……。それぞれの章で語られる「証し」のなかで「信仰とは何か?」という有史以来の謎に向き合い、終章の「コロナ下の教会、そして戦争」で、日本におけるキリスト教の現在地をも筆者は照らし出す。

構想10年、取材6年。1000ページを超える圧倒的なボリュームで綴る渾身の長編ノンフィクション。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321610000779/
amazonページはこちら

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