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“京極堂の妹”中禅寺敦子は探偵に向かない?【京極夏彦『今昔百鬼拾遺 河童』インタビュー】

撮影:森 清  取材・文:朝宮 運河 

京極夏彦さんの「百鬼夜行」シリーズ最新作は、講談社、KADOKAWA、新潮社と版元を横断し、異例の3社3か月連続刊行! 5月24日に角川文庫より発売される『今昔百鬼拾遺 河童』は、その第2弾です。中禅寺敦子と呉美由紀のコンビが今回遭遇するのは、模造宝石と奇妙な水死体にまつわる事件。妖怪&ミステリーファン待望の作品についてお話をうかがいました。

── : 「今昔百鬼拾遺」は講談社タイガ、角川文庫、新潮文庫という3つのレーベルから連続刊行される新シリーズです。『姑獲鳥の夏』以来書き継がれてきた「百鬼夜行」シリーズの最新作という位置づけですね。

京極: 「百鬼夜行」シリーズには長編の他に、スピンオフ的な短編シリーズがいくつかあります。厳密に言うとスピンオフではないんですけど、長編と何らかの形で繋がっている短編集ですね。短編シリーズは「百鬼夜行」「百器徒然袋」「今昔続百鬼」とこれまで3シリーズ書いているんですが、いずれも鳥山石燕(とりやませきえん)の画集からタイトルを採っています。  石燕の画集は、あと「今昔百鬼拾遺」が残っていたわけで、実はこれ、かなり早い時期に考えていたんです。「百器徒然袋」より前ですね。ところがあれやこれやで棚上げになって、二十年近くお蔵入りになっていたんです。3/4って気持ち悪いなあと思ってはいました。

── : 今回ついにお書きになった経緯とは?

京極: 去年、講談社とKADOKAWAと新潮社から、僕の本がほぼ同時に出るという異常事態があったんです。狙ったわけではなくて、諸般の事情から発売日が重なってしまっただけなんですが、こんなに分厚い本を3冊も買っていただくのはさすがに読者に申し訳ないという話になって、3冊購入者特典として書き下ろし短編をつけようということになったんです。  それはまあいいんですけど、3社の担当者が「できれば新刊3冊の内容に絡めた話にしてください」と無茶なオファーをしてきたんですねえ。講談社の『鉄鼠の檻 ハードカバー版』は昭和28年が舞台の「百鬼夜行」シリーズ、KADOKAWAの『虚談』は現代が舞台の嘘のような本当のような変な短編集。新潮社の『ヒトごろし』にいたっては土方歳三が主人公の長編時代小説です。どう考えてもひとつの話にはならない(笑)。「今昔百鬼拾遺」なら「百鬼夜行」シリーズではあるし、それをベースにして無理やりミックスしました。

── : それがシリーズ第1弾として刊行済みの『今昔百鬼拾遺 鬼』ですね。

京極: ええ。若い女性二人のバディというところと、ミステリ的な構造に関しては、当初のアイデアを使用しています。変更せざるを得なかったのは、扱うお化けの種類ですね。さすがに“三題噺”に当てはまるような都合のいいお化けはいないので、最大公約数的に考えても鬼くらいしかないなあと。ただし鬼の全貌をカバーしようとするとそれだけで大長編になってしまうんです。今回はあくまで短編の扱いなので、鬼のある一面を切り取った書き方になっています。って、短編の分量じゃないんだけど(笑)。これ、一冊にできるじゃんというので、なら他の2社からも出してくれという流れですね。ひどいなあ(笑)。

── : 2冊目で扱われているのが河童、3冊目が天狗。誰もが知っている、メジャーな妖怪ばかりです。

京極: 1冊目が鬼で、2冊目が暮露暮露団(ぼろぼろとん)というわけにもいきませんからねえ。バランスを考えるなら、鬼・河童・天狗あたりの並びが順当じゃないかなと。

左から「鬼」「河童」「天狗」

── : このシリーズでは、“京極堂の妹”として読者におなじみの中禅寺敦子が、『絡新婦の理』に登場した女子学生・呉美由紀とともに、さまざまな事件に遭遇してゆきます。

京極: 中禅寺敦子というキャラクターは、あまり探偵役に向いているとは言えません。正しさに拘泥するあまり極めて慎重だし、他人の立場を尊重しがち。思慮深く理知的である反面、直観では動かないので、ケレンもない。  コンビを組ませるとしたらバカっぽい方が面白いんですが、僕の小説に出てくる若者はかなりの確率で死んでいるので(笑)、選択肢が限られていて適当なのがいない。幸い呉美由紀が生き残っていたので、無鉄砲で向こう見ずな女学生として登板させました。

── : 『今昔百鬼拾遺 河童』では、夷隅川水系に男の変死体が相次いで浮かぶ、という事件が描かれます。死体はいずれもズボンを脱がされ、お尻を出しているという奇っ怪な状態でした。

京極: 僕の小説はよく「妖怪小説」と言われますが、妖怪そのものが出てくるわけではありません。読み終わったら何となく妖怪のことが分かった気になる、妖怪を感じられる。そういう造りを心掛けています。  そのために、毎回妖怪を構成する要素を満遍なく抜き出して、作中にちりばめなければいけないわけですが、河童の場合も要素が多すぎるんです。キャラクターとしてのトレードマークは皿や甲羅なんでしょうが、姿形は地域ごとに違うし、共通項としては馬だとかキュウリだとかということになるんですが、町中にはあまり馬はいないし、キュウリもどうか。そうなると、もう尻なんですね。それでお尻メインになっちゃいました。ひとつの作品で「尻」という字をこんなに何度も書いた経験はないです(笑)。

── : 河童は下品である、ということも繰り返し書かれていますね。

京極: 各地に伝わる河童的なものは種々雑多です。来歴も性質も名前も様々。でも、「カッパ」とまとめられてしまってからは、まあ、極めて下品ですよ。江戸末期の「黄表紙」なんかを読んでも、下品でない河童は一匹もいません。アメリカ人の日本文学研究家のアダム・カバットさんは、黄表紙を初めて読んだ際にあまりの下品さにショックを受けられたそうです(笑)。河童が可愛らしいキャラクターとして描かれるようになったのは、実はごく最近のことなんです。

── : そうした河童イメージの変遷については、美由紀たち女学生が各地に伝わる河童についておしゃべりする作品冒頭でも触れられています。

京極: 昭和29年当時、河童と聞いて日本中の人が同じものをイメージできたかというと、やや疑問ではあります。キャラクターとしての河童は当時ブームにもなっているんですが、生活に密着したリアルなそれはどうだったのか。作中にも書きましたが、九州と東北の水怪はまるで違ったものだったわけで、呼び名もそれぞれ異なる。今ではすべて「河童」か「河童の仲間」ということになってますが、果たして当時はちゃんと通じたのかどうか。  全国から集った女学生たちはお化けの情報なんか共有できていなかったはずですね。で、それぞれの伝承をすり合わせていくと、結局お尻の話に集約されちゃうという、いかにも河童らしい品のなさ(笑)。

── : 千葉県の親戚の家を訪れた美由紀は、河伯神社という古い神社を訪れます。そこで出会ったのは、エキセントリックな妖怪研究家・多々良勝五郎。その後、美由紀たちは川に浮かんだ変死体の発見者となってしまいます。

京極: 多々良先生は「今昔続百鬼」という短編シリーズの主人公です。これ、続編も用意していたんですが、なぜかどこも書かせてくれない(笑)。この『河童』という小説は、妖怪マガジン『怪』と怪談専門誌の『幽』の横断連載だったんですね。いまは合併して『怪と幽』というそのまんまの名前の新雑誌になっちゃったんですけど。媒体の性質を考慮してですね、読者サービスも兼ねて、久しぶりに多々良先生を出してみようかと。ところが、おかげでお化け話が妙に濃くなってしまった。あ、だから書かせてもらえないのか(笑)。

怪と幽 vol.001 2019年5月

── : 模造宝石が引き起こした一連の変死事件。その背後には、悲惨な戦争に翻弄された人びとの姿がありました。

京極: 人足として使った木偶人形を川に捨てたものが河童に化生したんだという有名な説話の背後にも、権力者に使役されていた人たちの姿が見え隠れします。河童は工人でもあり、渡来人の影でもある。もちろん水神でもあるんですが、それでも「零落した」なんて枕詞をつけられてしまうし、河童は聖と賤を往復するものではあるんです。敗者や、搾取される者というイメージも色濃い。そういうところは何らかの形で汲み取りたかったんです。紙幅の関係で不完全ではありますが。

── : クライマックスでは意外な真相が、敦子と美由紀によって明かされます。

京極: この「今昔百鬼拾遺」は、ミステリとしては正直大した話じゃないですよね。勘のいい人なら十ページくらいでネタが割れるんじゃないかと(笑)。 「百器徒然袋」では榎木津礼二郎が大暴れして事件を破壊し、「今昔続百鬼」では多々良先生の的外れな推理がなぜかあたっちゃうという仕組みなんですが、この「今昔百鬼拾遺」では、美由紀がキレるのが毎回のお約束ですね。敦子は謎は解くけど解決はできないんです。補完するように美由紀が子どもっぽい正論を振りかざして、理屈抜きでねじ伏せるという……もうミステリじゃないですね(笑)。

── : 敦子と美由紀の絶妙な距離感もいいですし、二人の活躍をもっと読んでみたいですね。今後このシリーズはどうなっていくのでしょうか。

京極: 需要があって依頼があって余裕があれば書きますけども。「狸・狐・貂」とか、「磯女・雪女・幽霊」とか、メジャーなのに突出した個性のないお化けで揃えたいですね。とりあえずは6月に新潮文庫から『今昔百鬼拾遺 天狗』が出るので、『鬼』『河童』と併せて読んでいただければ。  いや、3冊全部読んだからといってどうなるものでもないんですが、美由紀が行きつけにしている古い駄菓子屋のように、薄汚れて、駄目な感じのものも案外悪くないかな、くらいに感じてもらえたら幸いです。 ご購入&試し読みはこちら▶『今昔百鬼拾遺 河童』


京極 夏彦

94年『姑獲鳥の夏』で小説家デビュー。6月24日角川文庫より『今昔百鬼拾遺 河童』を刊行。

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