第17回『このミステリーがすごい!』大賞受賞の『怪物の木こり』が話題だ。
数々の殺人を起こしてきたサイコパス弁護士VS.斧で頭を割って脳を盗む「脳泥棒」という奇抜な設定で始まる本作は、累計三万部を突破(三月下旬時点)。著者の倉井眉介さんにお話をうかがった。
── : 『このミステリーがすごい!』大賞〈大賞〉受賞作刊行おめでとうございます。
倉井: ありがとうございます。二十代半ばから小説を書き始めて投稿を重ねてきたので、やっと壁を越えたなという感覚です。
── : 主人公はサイコパスの連続殺人鬼で、怪物のマスクを被った「脳泥棒」に斧で襲われるという設定が話題です。着想はどこからでしょうか。
倉井: 海外ドラマが好きなのですが、「デクスター」という作品に影響を受けています。主人公はシリアルキラーでサイコパス。それでも人間的であろう、倫理的であろうとする設定で、脳の回路のことが出てくるんです。そこから、サイコパスから人間味がある人物に近づこうとするストーリーはどうだと思い付きました。事件については、ただ襲われて強盗犯を追っかけるストーリーでは、主人公が人間味を獲得していく流れとマッチせず、テーマと事件がばらばらになってしまう。事件の謎を追いかけること自体が、主人公はいったい何者なのかというドラマときちんと絡み合うようにしたいと考えて、事件と犯人像をつくっていきました。
── : 「幕間」として童話のような物語がさしはさまれる構成も見事です。
倉井: 「人間になりたい怪物」というテーマを伝えるように描こうとしたら、自動的に構成は決まっていきました。書くときは、設計図をある程度ちゃんと作るほうですが、受賞後も選考会や編集者からの意見を受けて、かなり手を入れました。五分の一くらいは削ったでしょうか。自分でも、いったん書き上げたあともどんどん思い付いてしまうほうなので、自ら直したところも沢山あります。思い付きが止まらないタイプだと思います(笑)。
── : よく描けたとご自身で感じているシーンなどはありますか。
倉井: 後半で「涙」のシーンが出てくるのですが、そこは気合を入れて書きました。実は自分では、サイコパスやシリアルキラーといった設定については、斬新なものとは思っていないんです。あくまで、人の心を取り戻していく物語で、ストーリー上必要になって対決の構図になった。キャラクター造形も、人間味を獲得していくということが個性になっているので、サイコパスとしては典型的でそれほど個性的ではないと思っているんです。
── : キャラクターの設定に、読み手は最初奇抜なものを感じるかもしれませんが、ミステリーの流れとしては王道をやっているようにも感じました。
倉井: そうですね。自分としては斬新で特異な物語を書こうとしたわけではなくて、人の心を取り戻しながら、そこと絡み合う事件を解決するという流れを丁寧に描こうとしただけなんです。事件を追いかける動きを出すために女性刑事の視点のパートを組み合わせることを思い付き、上手くはまったなと思います。
── : 江戸川乱歩賞でも同年に別作品「あかね町の隣人」で最終選考に残りました。ミステリーをずっと書き続けてきたのでしょうか。
倉井: 基本的にはそうです。乱歩賞とのダブル受賞も狙っていたのですが叶いませんでした(笑)。ただ『怪物の木こり』のほうが完成度は高いと思っていたので、結果には納得しています。
── : HP掲載の受賞コメントが、乱歩賞受賞者に宣戦布告するような猛々しさとユーモアがあるものでした。
倉井: 実は真面目バージョンのコメントも作ったのですが、面白いほうがいいかなと。乱歩賞でも最終に残ったことをアピールしたい気持ちもありました。ミステリーというジャンルは、謎が解かれるときの、脳が脱皮するような感覚が好きなんだと思います。今作は、人が沢山死ぬけれど、暗い話にはしたくなかった。基本的にはいつも、自分が読みたいものを書いています。自分自身が面白いと思っているストーリーを世の中に出したいという欲求が強いんだと思います。
── : 今後の作品に向けての計画を聞かせてください。
倉井: 今作について、実は続篇ありきという気持ちがあります。登場人物たちに愛着があるし、まだまだここから広がっていく物語もある。ただ、この続篇もいつか書きたいですが、今は別の新作を準備中です。やはり人の心の話に興味があって、知能や命などを題材に、そこに理屈を付けたり仕組みを探求するのが自分は好き。そのようなテーマのものを書いていきたいです。