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【特別インタビュー】オリジナルクイズも出題! 東大王・伊沢拓司が選ぶ角川文庫5選【後編】

撮影:玉井 美世子  取材・文:清水 耕司 

インタビューの前編では、伊沢拓司さんの読書習慣から始まり、今回の角川文庫フェア用に選んでいただいた5冊のうちの1冊『テロリストのパラソル』についても語っていただきました。後編では、残りの4冊についてオススメポイントをご紹介! ドキュメンタリーから文学作品まで、伊沢さんならではの鋭い視点で「なぜ読むべきなのか」を教えてもらいました。
>>前編はこちら

── : まずは『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔』からお願いできますか? こちらは題名からわかるように、オウム真理教に迫った同名ドキュメンタリー番組の裏側を書いた本となっています。

伊沢: 学部生のとき、友達と2人でよくドキュメンタリー鑑賞会をしていたんですよ。その友達に薦められて貸してもらったのが『A』でした。読んだらすぐに(続刊である)『A2』、『A3』と手を出していきましたね。ドキュメンタリーとは何かを教えてもらえたと思っていて、森達也さん自身、そこを考えながら撮られているんですよ。森さんは、撮っていく中でどうしても主観が入らざるを得ないことに気づいたとあるインタビューで話されていました。解説を書いている宮台真司さんによると、森さんは、見たり聞いたりした事実を自分の中で意味づけすることを保留するのが上手なんだそうです。意味づけするより前に事実を捉えるというか。物事に対する観察眼の持ち方とか、自分の頭でちゃんと考えるということを教えてくれた一冊でした。なので、ここからドキュメンタリーにめちゃくちゃハマりもしたんですよ。原一男作品も見始めましたし、特に『さようならCP』というCP(脳性麻痺)の方を撮ったドキュメンタリーは見ているのがつらいほどの映像なんですが、意味をつかむために2回見ました。それも『A』の影響ですね。だから、選ぶ5冊の中に『A』を是が非でも入れたいと思っていました。

── : 『A』から学んだ、ドキュメンタリーの面白さとは?

伊沢: 我々は見たものにすぐ意味を与えて片付けてしまいがちなんですが、この本を読んで、そこで一度立ち止まってしっかり考えるということを教わりました。特にドキュメンタリーはどうしても賛否両論が出やすい題材な上に、撮影する人たちの主観が一回挟まっているので、受け手である僕らはもう一回考えなきゃいけない。この2回のろ過が行われて得られるものってすごく大きいんですよ。だから、『A』は大学生に読んでほしいですね。

── : リテラシーが身につく本ですね。

伊沢: まさに!

── : 次に齋藤孝先生の『だれでも書ける最高の読書感想文』を。これは伊沢さんのファンである中高生向けでしょうか?

伊沢: いえいえ。これも大学生にまず読んでほしい本です。僕が大学に入ったとき、『論文の書き方』(清水幾太郎)という本を読めと言われたんですが、そのイージー版として使ってほしいと思っています。小学生にも読めるように易しく書いてありますから。でも、「プレゼンテーションとは何か」ということが詰まっていて、人に発表するということ全般に通じる話が書かれているので、大学生はもちろん社会人の方もぜひ。プレゼンをする上での目の付け所が学べると思います。

── : 自分が書いた読書感想文のことを思い出すなんてことは?

伊沢: 実は僕、学校で読書感想文を書いたことはないんですよ。エッセイみたいなものはありましたが。中学の卒業論文で、『武士道』(新渡戸稲造)について書いたくらいです。でも、『だれでも書ける最高の読書感想文』は大学に入ってからも役立ちましたし、最近特に書くことが多くなったので、すごく参考になっています。特にすごいのは、理念から具体的な手法まで書いてあるところですね。勉強法の本って理念をまとめるか具体例をまとめるかのどちらかが多くて、前者は理念が合わないとそれまでですし、後者は自分に合う具体例を探すのが大変です。でも、これはセットで書かれているので、まるで学習参考書の最高峰のような作りになっています。レポートに困っている人はぜひ手に取ってほしいですね。剽窃(他人の意見を丸写しすること)をしてはいけないとか引用の仕方とか、マナー面についての丁寧な説明も書かれていますし。最後には、読書感想文を書くときにどんな本を選べばいいかまで教えてくれています。こういう人はこういう本なら感情移入しやすいよね、という視点で書かれていて、そこもまた丁寧! 「書く」ということに関してあらゆることを網羅していて、使えないところはないですね。頭からしっぽまで食べられるような(笑)。

── : 絶賛ですね。

伊沢: 僕自身、『平家物語』や『寿限無じゅげむ』といった、齋藤先生の『声にだすことばえほん』世代なので、齋藤先生のスタイルや教育法は馴染みやすいのかもしれません。無意識のうちに染みついているというか。クイズ番組でご一緒したり、拙著『勉強大全』の帯までやっていただいたので、ずっとお世話になっていますね。

── : 次は『不道徳教育講座』についてお願いできますか? なぜこの本を選んだのでしょうか?

伊沢: 三島由紀夫はなんとなく好きなんですよ。それこそ、本当に好きな人から怒られそうなライトさで、ですけど。文章の情景描写が美しく、それでいて私小説的で。

── : 三島由紀夫を知ったきっかけはなんだったのでしょうか?

伊沢: クイズに三島由紀夫の問題がよく出るんですよ。だから、不純ですけど高校生の時にどういう人なのかをウィキペディアで調べたら、すごく面白い人で。それから「名作の一つや二つは読んでおかないと」ということで『仮面の告白』を読んだらハマりました。『不道徳教育講座』は、大学生になってからあらためて読んだときに発見があったというか、すごく緻密に書かれているので、自分も厳密に読まなければいけないという気にさせられました。自分の本には書き込みもしてありますよ。

── : 「厳密に」というのはどういう意味ですか?

伊沢: 例えば、「教師を内心バカにすべし」という項があるんですが、これは「内心」というワードが大切なんです。

── : 本文の中でも「内心」を強調していますよね。

伊沢: そうなんです。「バカ」の前に一箇所を除いて必ず「内心」をつけていて、表立ってバカにするものではない、と説いています。つまり、ただ対抗するのではなく冷静に判断するべき、と言っているんです。だから、タイトルは「不道徳的」ですが、内容を厳密に読んでいくと、通り一遍ではない本当の道徳が身につくと思います。「スープは音を立てて吸うべし」も世に言われているマナーの由来をちゃんと知っておこう、大衆というものがどういうものか意識して抵抗していこう、ということが書いてあるんですね。僕も以前、フランス料理店に行ったとき、そこの店主の方からパンをスープにつけて食べてもかまわないと教えてもらいました。一見不道徳なことを仮説として立てた上で本物の道徳に迫る、これは「リテラシー」なんです。「literature」から来ているように、文学や文字を読む能力こそがリテラシーなので。三島はそういうところをこの本で訴えたかった気がします。

── : では、これも大学生に読んでほしい本ですね。

伊沢: そうですね、若者向けですね。考えながら、時間をかけて読んでほしいと思います。それに、好きな項目から読んでもいいと思いますよ。時々筆がのってしまっているようなところも見られますが(笑)、基本的には計算して書かれていて、「正しく読めよ」と三島に言われている気がしました。

── : 教科書などで習う三島を想像するとイメージが変わりますね。

伊沢: そう思います。ちょっと怖い人に思えますよね。でも三島は元々、異文化への理解力が高い方で、東南アジア文化が好きだったり、マンガが好きで『もーれつア太郎』(赤塚不二夫)を読みふけってから寝たり、先進的とも言える人なんですよね。そういうところを知ってから、今度は(三島由紀夫主演の)映画『憂國』を見てほしいです。

── : 最後は夏目漱石の『こゝろ』を。教科書にも載るほどの定番小説を選んだ理由を教えてもらえますか?

伊沢: 僕も学校の宿題か何かで読んだのが出会いだったと思います。面白いのは、漱石は最初「先生と遺書」という三章だけを短編として書いたらしいんですが、あらためて読んでみると一章と二章があることによって伏線小説として読めるんですね。文豪が書く作品って意外と伏線がないものが多いのですが、エンターテインメントとして十二分に成立しています。

── : 漱石作品はエンタメ性が強いですよね。

伊沢: しかも、1冊1冊に別のエンタメ性があるんですよ。『吾輩は猫である』はエッセイとして楽しめますし、『坊っちゃん』はまさにビルドゥングスロマン(教養小説、主人公の成長を描く物語のこと)。『夢十夜』はとてもポップですよね。そんな中、『こゝろ』は読ませる文学という点で非常によくできていると思います。2回は読んでほしいですし、読んだあとは『私の個人主義』を読むのがオススメですね。より理解が深まるので。『こゝろ』には、作中に登場する「明治の精神」、それから乃木大将の自殺などについて考えるという教養小説の面もあります。漱石がそこに答えを残しているわけではないので、じっくり考えてみてほしいですし、漱石自身が悩む過程が見えるのも面白いですね。その深みに高校生のときは気づけなかったのですが、外側の構造や知識を入れてから読み直してみたら、すごく楽しめました。

── : 今回、角川文庫フェアということで5冊選んでいただきましたが、伊沢さんの部屋にはどんな角川文庫が並んでいるのでしょうか?

伊沢: エッセイが好きなので、オーケン(大槻ケンヂ)とか、文豪寄りではない作品が並んでいますね。だから今回の5冊も文学や小説は少ないんです。『テロリストのパラソル』はむしろ僕としたら珍しいチョイスだと思います。推理小説を読んでこなかったので。読まないといけないですね。(角川文庫フェアの)リストを見ても、「あ、これを読んでいない!」「読み逃していた!」っていう本が多かったです。ただ、読書の世界は無限なので、どこから手を出してもいいんですよね。僕もエッセイから読書体験が始まっていますし、あらゆる名作を追いかけることはできないですし。まずは読みたくなった本を手に取ってみるところから始めてほしいですね。

── : では最後に、読書することへの誘いを!

伊沢: 大学に入ってあらためて思ったのは、本の中にしかない世界があるということです。インターネットから広がる世界ももちろんありますが、読書をすると必ず「本の中にしかない世界がある」と実感します。なので、まずは自ら、本という大海に飛び込んでほしいですね。本屋さんに行って、文庫の棚の前に立つところからでいいので。僕も今回のフェアのために本屋さんに行ったとき、サンキュータツオさんの『ヘンな論文』を衝動買いしてしまいました。齋藤先生の本の隣にあったんですよ(笑)。そういう出会いが楽しいですね。

<東大王・伊沢拓司からの角川文庫クイズ、正解発表!>

1.『テロリストのパラソル』(藤原伊織)から出題!

【問題】作品を象徴するアイテムの一つとなっているのが“お酒”ですが、特に重要な場面に登場し、英国王室御用達でも知られる有名なスコッチウイスキーは何?

【答え】バランタイン。作中、主人公の菊地はずっとウイスキーを手放さない姿が印象的。

2.『こゝろ』(夏目漱石)から出題!

【問題】『こゝろ』の初版本には漱石自身の強いこだわりが反映されています。現代の作家がほとんどやらない仕事まで彼自身が手がけているのですが、さてそれは何?

【答え】装丁。『こゝろ』初版本の序文には「箱、表紙、見返し、扉及び奥附の模様及び題字、朱印、検印ともに、悉〔ことごと〕く自分で考案して自分で描いた」と書かれています。

3.『だれでも書ける最高の読書感想文』から出題!

【問題】文章が散漫にならないために、齋藤孝先生は「書きたいことを◯個にしぼれ」と提言しています。さて、それはいくつ?

【答え】3個(P76)。「『これについて伝えたい』ということがかたまっていれば、感想文を書く作業の6割くらいはもうできたと言ってもいい」とも書かれている、重要なポイントです。

4.『不道徳教育講座』(三島由紀夫)から出題!

【問題】漫画好きとして知られていた三島由紀夫。発売日に最新話を読めなかった三島が、深夜にわざわざ出版社まで読みに行った、というエピソードが残る名作漫画は何?

【答え】「あしたのジョー」。これを読むために三島は週刊少年マガジンを毎週発売日に買っていたそうです。

5.『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔』(森達也)から出題!

【問題】森達也が『A』の映像では絶対に使わないようこだわった、バラエティー番組などでよく見る映像加工手段は何でしょう?

【答え】モザイク。「対象を記号化しないため」というのが理由。そのほか、森達也のドキュメンタリーはテロップ、背景音楽、ナレーションなども使われていません。


<5冊の裏表紙に書かれた暗号の答えはこちら!>

今回伊沢さんが選んでくれた文庫本5冊の裏表紙に書かれた数字はそれぞれ「35」「43」「2204」「8085」「13」。
これをポケベル変換にすると「そ」「つ」「ぎ」「ょ」「う」となります。春は卒業の季節、そしてこの2019年3月で伊沢さんご自身も東大大学院を卒業されることに引っ掛けた暗号クイズでした! 皆さん分かりましたか?


伊沢 拓司

1994年茨城県生まれ。登録数40万人超のYouTubeチャンネル、「QuizKnock」編集長。『東大王・伊沢拓司の最強クイズ100』なども著す、クイズ界をけん引する存在。

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