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特集

【「かつくら」presents】綾辻行人、作家生活30周年記念スペシャルインタビュー

撮影:ホンゴ ユウジ  取材・文:「かつくら」編集部 

孤島に建つ奇妙な館を舞台にしたミステリ『十角館の殺人』が刊行されたのは、1987年。
精緻なトリックに彩られたこの作品は、瞬く間に多くのミステリファンを虜にし、無名だった作者の名を一躍知らしめることとなる。
この『十角館の殺人』こそ、綾辻行人氏のデビュー作なのだ。
綾辻氏が先陣を切り、次々と気鋭の若手ミステリ作家が登場したことから新本格と呼ばれるミステリ小説のムーブメントも勃興。
そして、新本格の旗手と謳われた綾辻氏のデビューから、今年で30年の月日が経とうとしている。
そんな記念すべきアニバーサリーイヤーを、「かつくら」が見逃せるはずない。
渾身の特集をロングインタビューとともにお届けする。
魅惑の綾辻世界へご招待――。


<本インタビューは小説ファンブック「かつくら 2017春号」(発行:桜雲社)に掲載されたインタビューの冒頭を転載したものです>

ついに刊行!『どんどん橋、落ちた〈新装改訂版〉』

── : デビュー三十周年というアニバーサリーイヤーの幕開けとして、二月にまず、連作集『どんどん橋、落ちた』の新装改訂版が発売されました。こちらは、すでに新装改訂版が刊行されている初期の〈館〉シリーズ同様に、いずれは改訂版を出したいというお気持ちが以前からあったのでしょうか。

綾辻: そもそも〈館〉シリーズの改訂版を出すことになったのは、十年ほど前に講談社文庫の字組みが大幅に変更されたのがきっかけだったんです。フォントが大きくなって字詰めが緩くなって、ずいぶん目に優しくなったんですね(笑)。それに合わせて『十角館の殺人』の新装改訂版を出したところ、好評をいただいた。昔の作品の文章って読み返すとやっぱり恥ずかしいもので、機会があれば二〇世紀に書いたものには手を入れたいと思っていたので、〈館〉シリーズの改訂作業を終えた時点で、できれば次は『どんどん橋、落ちた』を、と考えたわけです。

── : 二〇世紀に書いたものは気になるところが多いですか?

綾辻: そうなんですよねえ。二〇〇二年に上梓した『最後の記憶』以降の作品は、あまり気にならないんですが。

── : その「気になる」というのは、文章に関してですか?

綾辻: 主にそうです。おそらく、たいていの読者のみなさんにとっては大した問題じゃないのかもしれませんが、書いた本人の目には問題だらけに見えて、少しでも形を整えたいと思ってしまう。「これは昔の作品だから」と考えて放っておけばいいようなものですけれど、性格的にどうしても放っておけなくて。文庫担当の編集さんとは、この改訂作業のことを「文章の最適化」と呼んだりもしています。誤りが見つかればもちろん正すとして、よけいな形容詞や副詞をとったり、改行を増やしたり読点の位置を工夫したり、漢字とひらがなの表記を変えたり……と、細やかに直していくことで、ずいぶん読みやすく、わかりやすくなる。多分に技術的な問題です。そうやっていくら直してみても、昔書いた作品につきまとう気恥ずかしさは変わらないんですけれど。

── : 若さゆえの青さが目につきます?

綾辻: 青さというか……ありていに言って、下手(笑)。いや、上手いところもたくさんあるんだけど、読み返すとどうしても下手な部分ばかりが目についてしまう。それをあまりみっともなくないものに改めたい、という気持ちがどうしても出てきてしまって。気にしない作家はぜんぜん気にしないんでしょうけどね。これはほんと、性分の問題。

── : 『最後の記憶』以降の作品に関しては、特に「気にならない」というのは……。

綾辻: そのあたりでやっと、自分の文体を掴めたんじゃないかと思う。二〇〇四年に『暗黒館の殺人』を上梓したんですが、あの大長編を完成させるのに長期間、とてもとても苦労したんですね。そうやってあれを書き上げたことで、物書きとしてひと皮むけたというか、スキルアップしたという感覚があって。だから、だと思います。

── : 『どんどん橋、落ちた』に収録されている作品は、どれも二〇世紀に書かれたものですから、いろいろ「気になる」点が多かったと思いますが、実際に改訂作業をするにあたって、四半世紀近く前に書いた文章と対面したときの心境はいかがでしたか?

綾辻: イライラしました(笑)。けれども、だからといって全面的に書き改めてしまうのは違うとも思うわけで、これはほかの作品も同じですが、改訂作業の基本的な方針は、エピソード数の増減はしない、センテンスの数も大幅には変えない、その範囲内でできるだけ文章を最適化していく、という感じで。あまり手を入れすぎると、〝現在の作品〟になってしまいますからね。若書きゆえの青いところを残しながら、という匙加減が、実際にやってみるとなかなか難しいのですが。

── : せっかくなので収録作についてお話を聞かせてください。表題作「どんどん橋、落ちた」は、一九九二年に刊行された書下ろしアンソロジー『奇想の復活』に掲載されたものです。一九八四年に〝犯人当て〟のために書いた原稿をプロトタイプにして書き下ろされたということですが。

綾辻: 学生時代に同じタイトルで書いたプロトタイプは、四百字詰め原稿用紙で三、四十枚のものだったんです。それを倍くらいの長さに膨らませる必要もあったので、一から構成を練り直しました。

── : アンソロジー用の作品として、作中作に〝犯人当て〟が組み込まれた額縁小説を書こうと最初から決めていたのですか?

綾辻: 最初からではなかったですね。『奇想の復活』というアンソロジーは、島田荘司さんが旗を振って編纂された本だったんですが、当時は僕、そのお手伝いを少ししていたんです。集まった原稿に意見したり、執筆者のプロフィールを書いたり、と。そうしたら島田さんから「当然、綾辻くんも書くんだよ」と命じられて。実は学生時代、とあるミステリファンの集まりで、ゲストに招かれた島田さんの前でプロトタイプの「どんどん橋、落ちた」を発表したことがありまして、さて自分は何を書こうかと悩んでいたら、島田さんから「あれにすれば?」と言われた記憶が(笑)。

── : 島田先生もプロトタイプ版の「どんどん橋、落ちた」の〝犯人当て〟に挑戦されたのですか?

綾辻: そうですよ。島田さんの前で僕が問題篇を朗読して、島田さんはすごく真剣に考えてくださったんですけど……真相はアレでしょ(笑)。なのに島田さん、怒ったり笑い飛ばしたりはしないで、大真面目に感心してくださったんですよね。思い出すにつけ、島田荘司という人はやっぱり只者じゃなかったんだなあ、と(笑)。

── : 『奇想の復活』という機会がなくても、〝犯人当て〟を盛り込んだ額縁小説を書いてみたいという気持ちは当時あったのでしょうか?

綾辻: うーん、どうなのかな。四半世紀以上も昔の話なので、もうよく覚えていないですね。ただ、あの時期に「どんどん橋、落ちた」を、あのような形の作品として書く必然性はあったんじゃないかなと。語り手である「僕」(=小文字の綾辻行人)のもとに〝犯人当て〟の原稿を持った青年がやってきて……という構造になっていますが、あの形はあのときの自分だから書けたのかな、という気もします。〝小文字の綾辻行人〟が語り手となって、〝犯人当て〟の外枠の額縁部分では、当時の自分の心情や自分が置かれていた状況が、ちょっと批評的に語られています。そういう、自己注釈的な要素がある作品を、あの時点で書いておきたかったんですね。まさか続編を書いて、連作集として一冊にまとまることになろうとは思っていませんでしたが(笑)。

作者の懊悩が感じられる異色作!?

── : 続編「ぼうぼう森、燃えた」は、六年後の一九九八年に発表されました。当時ゲーム制作に予想以上の手がかかって小説がほぼ書けずにいたことから、態勢を立て直すために書こうと思い立ったそうですね。

綾辻:  若気の至りで、『ナイトメア・プロジェクト〈YAKATA〉』というプレイステーション用のRPGの制作に深く関わっていた時期があったんです。九五年から九八年あたり。あまりキャパシティが大きくないものですから、そちらに手を取られてほかのことが何もできない、という状態が続いてしまったんですね。  ゲームがようやく手を離れて、さて懸案の『暗黒館の殺人』を書かねば、となったのですが、どうもすんなりと原稿に戻れなくて。「本格ミステリを書く」というモードに頭がうまく切り替えられなかったので、ここはリハビリが必要だなと。それで、当時の講談社の担当編集者に相談して、『メフィスト』に「どんどん橋、落ちた」の続編を書いてみようかという話になったんです。「ぼうぼう森、燃えた」というタイトルとネタは、なかば冗談みたいなものとして以前から頭にあったので、いっそここでそれを書いてしまおうか、と。

── : 二作目を書いたことで、このまま「綾辻行人」を「僕」という語り手にしたシリーズを書いていく目処が立ったところはありますか?

綾辻: 〝小文字の綾辻行人〟が語り手の連作を一冊分は書きたいな、という気持ちにはなりました。ただ、まったく同じ形式で続けてもおもしろくないので、U君という青年が〝犯人当て〟の原稿を持ってくるパターンは「ぼうぼう森、燃えた」でおしまいにしようと。だから、三作目は「綾辻行人」が語り手ではあるんですが、額縁小説ではなくて、「綾辻」が実際に経験した事件の物語になっているわけです。

── : 三作目「フェラーリは見ていた」は、『どんどん橋、落ちた』の収録作のなかで唯一【読者への挑戦】がないのも、それまでの二作と大きく違うところでした。

綾辻: 「フェラーリは見ていた」は、のちに書く〈深泥丘奇談〉シリーズの雰囲気に近いものがあります。少し緩くて、少しユーモラスな感じとかね。

── : 「ぼうぼう森、燃えた」から、三作目「フェラーリは見ていた」、日本で著名な某一家を彷彿とさせる人物たちが登場する四作目「伊園家の崩壊」とコンスタントに発表されましたが、そのころにはこの一連の物語をどのように着地させるか考えていたのでしょうか。

綾辻: もう一つ書けば本にまとまるなと思ったので、その時点で知恵を絞りました(笑)

── : (笑)。その収録作最後の一作である「意外な犯人」は、特番の深夜ドラマのワンパート「意外すぎる犯人」の原案となったものを下敷きにされています。『IN★POCKET』での掲載は、『メフィスト』に掲載された「伊園家の崩壊」と同時期でしたが、ドラマ自体は九四年に放送されたもので、ほかのパートには、法月綸太郎先生、有栖川有栖先生が原案を担当されたドラマもありましたね。

綾辻: あの原案を何とか小説に使えないかな、とは前々から考えていたんです。法月くんが原案を担当した「黒のマリア」も、有栖さんの「切り裂きジャックを待ちながら」もすでに小説化されていたので、自分のも小説化しないともったいないよなあと(笑)。でも、あれは映像ならではのトリックを使っていたから、それをどうやって小説化するかが難題で……結果、苦肉の策であのようになったという。

── : 先ほど「自己注釈的な要素がある」と仰っていましたが、収録作中もっともそれが強く感じられる作品のように思います。

綾辻: 連作も五作目になると、外枠の部分の流れのイメージも固まってきていましたから。〝犯人当て〟の部分よりもむしろ、そちらのほうが書いていてもおもしろかったような気もします。〝小文字の綾辻行人〟が、そのときどきに自分が置かれている状況、自分を取り巻く状況に対してどんな葛藤を抱いているのかが、連作の縦糸になっていて、そこに目を留めると、旧版の解説で篠原美也子さんが書いてくださったように「せつないミステリ」としても読める。そこをまったくスルーすると、トンデモトリックの作品集に見えてしまうだろうし(笑)。『どんどん橋、落ちた』は、そういう両面を併せ持った奇妙な作品集になっています。

── : もしかしたら、過ぎた時間が長い読者ほどその切なさが身に沁みるのかもしれません。

綾辻: 若い読者はどんなふうに感じるのかなあ。初読の方はやっぱり、「これは騙された!」「これは見抜いた!」という感想が中心なんでしょうね。

── : 確かに、まずトリックに翻弄される気がします。ここはぜひ、二度読み、三度読みと何度も読んで外枠部分も噛みしめていただきたいですね。

綾辻: いや、二度でいいと思う(笑)。

── : そうですか!? 作中の「僕」の心境の変化など、読者さんには繰り返し読んで追っていただきたいのですが。

綾辻: もちろん、そこまで読み取っていただければ本望ですが。「僕」のU君への態度が、だんだん変わっていくんですよね。最初は「また来てくれないかな」と思ったりもしているけれども、「ぼうぼう森、燃えた」ではU君に対して「消えろ」と命じたり、「意外な犯人」に至ってはラストで自分が蟻になったり……と、そのときどきの作者の葛藤や懊悩が滲み出ているのは確かです。

── : この作品集ならではですね。

綾辻: 本格ミステリとしては、あまりほかにないテイストだろうと思います。

このロングインタビューの続きは「かつくら2017年春号」でお楽しみ下さい。
「かつくら」の最新情報は「かつくら」twitter @katsu_kura でcheck!


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