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特集

どこにでもいる家族の、どこにでもある日常。魂をゆさぶる5つの物語。

撮影:安藤 由華  取材・文:瀧井 朝世 

一つの街のなかで、それぞれの事情を抱える家族に焦点を当てた連作集『水やりはいつも深夜だけど』。窪美澄さんが本作を通じて描きたかったこととは? 物語が生まれた背景から、じっくりお話を伺ってきました。

ヒーロー特集から始まった連作集

── : 今回の短篇集は、同じ街が舞台。五篇のうち四篇が同じ幼稚園に通う子どもを持つ親、最終話だけ高校生の女の子が主人公ですね。どれも希望のあるラストで。

窪:  2013年に出した『雨のなまえ』という短篇集はほとんどがバッドエンドでした。あれが陰だとするとこれは陽ですね。どれも大きな事件が起きるわけではなく、再生の可能性のある話にしました。出てくる人たちはいわゆる普通の市民で、高級と言われる街に住み、マンションや社宅で暮らし、子どもを私立の幼稚園に通わせることのできる生活をしている。それぞれ家族のスタイルは違いますが、家庭のなかで小さな行き違いがあって、それを絆創膏を貼って修復していくような話を書こうと思いました。だからこの短篇集には「ごめんなさい」「ありがとう」という言葉がよく出てくるんです。

── : 最初から連作集の予定だったのですか。

窪: 『野性時代』でヒーロー特集があって、その時に最初の「ちらめくポーチュラカ」を書きました。私は物事のすべてをすっきり解決してくれるようなヒーローは書けないけれど、行き違った関係を修復していく人なら書けるかもしれないと思って。それで、「ちらめくポーチュラカ」は、ママ友たちのいざこざがあって嫌気がさしている主人公にしたんです。家族がバラバラになるほどのトラブルではないけれど、彼女にとっては深刻です。そんな時に、ある人物が現れて解決の糸口が見えるという話にしました。それを書いた後で、編集部から同じ幼稚園に子どもを通わせている家族の連作を書かないかというご提案があったんです。他の話も同じトーンになっていますね。

── : それで、どれも幼稚園に通う年齢の子どもを持つ親の話になっているんですね。

窪:  世間的には、小さな子どもがいる家族って、今の世の中では一見、勝者に見えると思うんです。結婚もして子どももいて、生活も回っていて。でも、皮を剥いでみると細かな感情の揺れ動きはあるんだよ、ということを書きたかったですね。  私が子どもを十五歳になるまで育てた街も、高級マンションや有名企業の社宅がある地域でした。そこは公立小学校が評判で、子どもをその小学校に通わせて、中学受験で大学付属の私立に入れたい、という教育熱心な親が多かった。私の子どもはまったく違うルートを辿ったんですけれど、私から見たそんな親たちの姿、そして、教育熱心な母親たちから見たら我が家はどう映っていたんだろうと思い、最初にそういう母親の話を書きました。でも連作にするにあたって母親だけの話にはしたくなかった。実際のところは父親だって大変だし、家族の変化に対応していかなくちゃいけない子どもも大変。それで、主人公も母親、父親、娘となっていきました。  同じ街、同じ幼稚園ということともうひとつ、植物を絡めるということもテーマにしたので、どの話もタイトルに植物の名前が入っています。

同じ街で、それぞれの事情を抱える家族

── : 第一話の「ちらめくポーチュラカ」はさきほどもおっしゃったように、ママ友との関係の話です。主人公はママ友から嫌われないように細心の注意を払って生活していて息がつまりそう。

窪:  いくつになっても女の世界から逃れるのは難しいですよね。彼女は少女の頃から女同士の関係で悩んでいて、自分が親になったことで一息つけると思ったら、子どもが通う幼稚園でも女の世界が待っていた。ママ友ってSNSのわずらわしさもあるようですね。LINEでやりとりもするけれど、本当のことは誰も話さない。「家計が大変」と言っている母親が、実は親と同居していて経済的にラクをしていると知って信じられなくなった、というようなことはちらほら聞きます。でも、この話の母親は、自分とは違うタイプの女性によって助けられる。そういうことは実体験としてもありますし、苦手だと思っていた人が実は心許せる相手だった、ということは自分が書きたいことでもありますね。

── : 二話目の「サボテンの咆哮」は父親の視点です。家事を手伝っているつもりなのに、妻には邪険にされているし子どもも妻ほどは懐いてくれない。

窪:  母親も大変ですが、今の父親、サラリーマンの環境も過酷だと思います。慣れや適性もあるけれど、共働きで家事も育児も半分半分でやりましょうと言われても、母と子は密着しやすいから、自分は妻ほど子どもと距離が近くない。この主人公は自分が子どもを構わない父親に育てられたから、自分は子どもと心を通わせたいのにどうすればいいか分からない。彼の家のサボテンのように、自分が放っておかれていると思っているんですよね。基本的に男の人って女の人より言葉が少ないので、そこからの行き違いもある。

── : 夫が家事や育児を一緒にやるのではなく〝手伝っている〟感覚なのが不満、という妻の言い分もよく耳にしますが、この話もそのパターンかなとは思いました。

窪:  今のサラリーマンが仕事を終えて家に帰ってミルクをあげて……という話を聞くと、一体いつ休むのかなとは思うんです。「手伝っている」と言われたからといって、妻もそんなにかっかしなくてもいいんじゃないかな、と思うことはあります(笑)。「もう育児が終わったからそういうことを言えるんでしょう」と言われてしまうので、なかなかそう言いにくい立場ですが。

── : 「ゲンノショウコ」は妊娠した時に出生前診断しようとしたことを後ろめたく思っている母親の話。近所の知的障がいを持つ子やその母親に素直に接することができない。実はそれにも事情があるんですが……。

窪:  出産年齢が上がってきている昨今、子どもに障がいがあったら、という不安は多くの人がうっすら感じていると思います。それは前々から書きたいことでした。  出生前診断を希望するのは第一子に障がいがあった人が多い、という話を読んだことがあります。そういう子どもを育てることが不幸ということではないですが、でもとても大変なこと。ましてこの母親の場合、そういう子どもと心を通い合わせたことがあったのに、そこから逃げたという後悔を持っている。だから自分が妊娠した時、そのことに対する恐怖は増しているんです。 でもその経験を旦那さんに話せないでいる。ちょっとでも話せたら、だいぶラクになるんじゃないかなと考えました。

── : 「砂のないテラリウム」は、再び夫目線になりますね。

窪:  これは浮気をめぐる話です。男性の立場を女性に置き換えても読めると思います。安定した生活を送っていても、ときめきが足りないと退屈になってくる。でも、恋愛も結婚も同じで、盛り上がるのは最初だけじゃないですか(笑)。時間が経つとトーンはどんどん下がってくる。それはいいことでもあるけれど、恋愛の盛り上がりをもう一度味わいたいと思うことは、女性にもありますよね。

── : 寂しいんですよね。実は奥さんだって寂しいかもしれないのに。

窪:  日本の家族って「今、私は寂しいんです」ということが、なかなか言いにくいですよね。言っても分かってもらえなかったりする。奥さんも、直接的な表現はしないけれど、体調が悪いと言うことで構ってほしい素振りは見せていますよね。でも主人公が構うと面倒くさそうにしたりする。そうやって行き違ってしまう。

── : そんな二人が、本音を言えるかどうか。さて、最後の「かそけきサンカヨウ」は、高校生の女の子、陽が主人公です。父親が再婚して、いきなり妹もできる。

窪:  思春期の女の子を書きたかったんです。陽は小さい頃に母親が家を出ていってしまって、以来自分のことはなんでも自分でやってしまうクセがついている。いきなり新しい家族ができたという戸惑いと、どう折り合いをつけていくかを考えました。  彼女もあまり言葉を発しないんですよね。この本には「飲みこむ」という言葉もよく出てくるんですが、みんな感情を相手に伝える前に飲みこんでしまっている。陽も、本当は父親に出ていったお母さんのことを聞きたいのに何も言わない。彼女の場合は、同級生の男の子の存在もあって、少しずつ変わっていくんです。

感情がかすかに動く様を書きたい

── : みんな、それぞれの体験を経て、言葉を発しますよね。どれも言葉が足りない人たちが、どんな時にどんな風な言葉を発するか、というところが読みどころ。

窪:  ここに出てくる人たちもそうですが、実際に言葉を発することができずに諦念を持っているような人はいますよね。SNSなどで「自分はこう思っています」と言えない人たち。そのなかには本を読むのが好きな人が多い気がするので、そういう人たちに読んでもらえたら、と思っていました。

── : タイトルは、実際に登場する植物に対しての意味もあるし、主人公たちの不器用な子育てというものにも通じますね。

窪:  実は私が考えたのではなく、編集者がいろいろな候補を挙げてくれたうちのひとつだったんです。ちょうど野性時代の編集長が「夏は朝に水をやると水が熱せられてダメになってしまうから、深夜にやったほうがいい」ということを言っていて、それも自分のなかでキーワードになっていました。水をやるってことに意味がありますよね。  もともと私のタイトルには水や天気といった、流れていくもの、変わっていくものを表す言葉が多いんですが、それはたぶん、感情ってことだと思う。感情がかすかに動いていく様を書きたいという気持ちは、ずっと変わらずにあります。

── : 言葉を通い合わせることで感情が動く、その幸せが描かれる作品集ですよね。

窪:  ちょっとしたことだと思うんです。仕事がうまくいかなくてブルーな時でも、LINEでのなんでもないやりとりに笑って心が軽くなることがある。もちろん相手はこちらを救おうと思ってやっているわけではないのに。そんな風に、大きな助けではなくても、人は誰かの役に立っている。そうやって誰かのささいな一言が、回りまわっていく。そこに人が生きていく意味があるだろうと思うし、そういうことを書き続けていきたいですね。

<単行本刊行時に「本の旅人」2014年12月号に掲載されたインタビューを「カドブン」に再録しました。>


窪 美澄(くぼ・みすみ)

1965年東京生まれ。『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞、『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞受賞。

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