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特集

【『うつヌケ』対談 中編】アイドルが一斉に病みツイートをする日がある?

構成:平松 梨沙 

田中圭一さんの『うつヌケ』重版を記念した、吉田豪さんとの対談第2回。うつになった人がとらわれる「死にたい」という感情。田中さんも「死にたい」に悩まされた一人でしたが、一度抜けたことで、実は「うつの主人公」は他にいると気付いたそうで……。イベントを再構成してお届けします。
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やばい・あぶない・あわないと思ったらすぐ撤退

田中: うつで一番危険なのは、そこから逃げればなんとかなるのに逃げられないと思ってとどまっちゃうところなんですよね。

吉田: 逃れられないかな?

田中: うつになると「できない」と思っちゃうんです。ぼくもそうでした。ぼくは玩具メーカーからゲーム会社、ソフトウェア開発会社と転職しているんですけど、実はゲーム会社と開発会社の間に半年だけいた会社があって。そこは入った瞬間、「あっ、しまった」と思いました。社長がめちゃくちゃ暴君で、怒鳴るわ灰皿投げるわ意見は聞かないわ! 周りの社員もみんな死んだ目をしているし、バンバン人やめてるし、いくらなんでもここは無理だわ……と思ったけど、半年は在籍しちゃったんですよねえ。

吉田: ボクも専門学校を卒業した後「COMIC BOX」の編集部に受かってたけど、入社するのをやめた経験があります。「噂の眞相」で、セクハラによって社員が大量離脱と書いてあったから入れるだろうと思って受けたらあっさり合格しちゃったんですけど。

田中: 「噂の眞相」は信頼できる(笑)。

吉田: 受かった後、会社に行ったら社長のワンマンぶりが異常なレベルで。ひたすら社長が演説して周りは「おっしゃるとおりです」と言ってるだけだし、ボクにも「入ったら一年便所掃除だ」とか言ってきて。危機察知能力だけは高いので、行きませんでした。

田中: やばい・あぶない・あわないと思ったらすぐ撤退するべき。何箇所かまわれば、100点の会社は難しくても60点くらいのところは見つかります。

吉田: やはり転職という選択肢は大切ですよね。「こんなに自分の話を聞いてくれる会社あるんだ……」とか驚きますもん。

田中: 環境は本当に大事ですね。住む場所も働く場所も。今23区に住んでるけど、もう少し郊外の山とか緑の多いところがいいなと思う。

吉田: 田中さん、まだ弱ってる感じありますね?

田中: うつがきつかったときの場所にいくと、結構ぶりかえしたりもしますね。うつ真っ最中のころ、登戸に住んでたんだけど、抜けたあとに仕事で登戸に行く日があったんです。日中は「あ〜、なつかしいな」と思いながら仕事したんだけど、夜帰宅してからガッツリうつが戻ってきて大変だった。

吉田: つらかった風景を身体が覚えていたと。

田中: そうそう。なので今うつから抜けつつある人には、「つらいときにいた場所に戻っちゃダメ」ということは言っておきたいですね。

一人暮らしの憂鬱をVR(ヴァーチャル・リアリティー)が救う?

吉田: 一番つらいときはどのタイミングだったんですか?

田中: 会社で唯一の営業だったのに全然実績が出せなくて、いろいろな人から「田中さん、それちょっと違うよね」と否定され続けていたときですね。周りも仕事だから言ってくるわけだし、当時のぼくは本当にうだつが上がらなかったんです。でも、自分では営業としてのキャリアがあるつもりだったから、ちょっとずつ気が落ちていって。

吉田: そのときもマンガの仕事はしてるわけですよね。そっちはつらくなかったんですか?

田中: むしろ、マンガの打ち合わせをしたり原稿を書いてたりしてるときは平気なんです。だって、それが唯一ぼくが必要とされている場だから。しかも、編集とマンガ家ってちょっとした信頼関係があるじゃないですか。打ち合わせだけでも救われてましたね。ぼくの場合、マンガの仕事があったのでずいぶんと助けられた。人に必要とされるのって大事。自分を振り返ると一人暮らしもよくなかったなと思って。

吉田: 弱ってるときに「ペットを飼え」とは言いますよね。

田中: 猫とか家にいるとなごみますもんねえ。ぼくは週の半分は京都の大学で教えてるのでなかなか厳しいんですけど。アイドルにハマった人の話でもあったけど、「あなたがいないと私死んじゃいますよ」という存在がいることは癒されますね。それで言うと、僕は今VRに期待してるんですよ。本当にしんどいときに別世界に行けるじゃないですか。

吉田: もうやったことあります?

田中: ぼくはまだなんです。でも、周囲にエンジニアが多いので、彼らが最近技術の勉強としてVRのデバイスを買っていて。すると、海外のエロいフリーソフトがいっぱいあるわけですよ。それまでエロとかシモネタとか好きじゃなかったやつが「田中さんすごいっすわ! 金髪の女と乱交パーティーですよ」とか言ってくるからびっくりしちゃう(笑)。本当に画期的な技術なんだなと思って。

吉田: 自分でもなんかコンテンツを作りたい?

田中: そうそう。「マンガ家と飲めるVR」とか。

吉田: エロじゃなかった(笑)。どういう内容ですか?

田中: 有名マンガ家に囲まれて飲んでいるような体験ができるVRですね。マンガ家さんに集まってもらって飲んでもらってそのデータをとればすぐ作れる。1人で飲むのってさびしいですからね。それこそ家族といっしょにご飯食べているようなVRもアリ。

吉田: 1人の食卓でもさみしくない。

田中: そうそう。そのうち、ペットづくし、姉づくし、妹づくし……などのVRを作ってみたいですね(笑)。

「死にたい」という気持ちは副作用にすぎない

吉田: 田中さんなりの、「気持ちが軽くなる方法」って他にあります?

田中: 自分がだいぶうつから抜けてわかってきたのは、うつって「死にたい」という気持ちが主人公なんじゃなくて、それを引き起こしている身体的な不調や外部の環境的な原因があるんだ、と考えるとラクになるということですね。

吉田: どういうことですか?

田中: 落ち着いてモノが考えられるときは落ち着く脳内物質が出てるし、脳みそが寒天につつまれているときはモノが考えられないような脳内物質が出ているだけ。しかもその原因も、実は激しい外気温の差とかだったりする。「死にたい」は副作用にすぎないんだ、と思えるようになるとくよくよ考えずに済むんです。

『うつヌケ』11ページより

吉田: 田中さんのうつスイッチは外気温の差によるもの?

田中: みんながそうではないと思うけど、ぼくはそうですね。「死にたいかも……」と感じ始めたときに天気予報見ると「あ!」と思う。逆に、週間天気予報をチェックすると「今週くるな」と身構えることもできる。仮に違う原因があるにしても、自分の気持ちに折り合いがついているので、いいんです。

吉田: 知り合いの女性アイドルで、雨が降るとどうにもさびしくなりすぎてデリヘル呼んじゃうという子がいましたね。人肌が恋しくて呼ぶんだけど「女性は無理」と言われて出張ホストを呼んで……みたいに。雨もそれくらいやばいんでしょうね。

田中: 気圧の差もすごいし、湿気があってジメジメしますしね。梅雨時に雨がつづくと、普通の人でも楽しくないじゃないですか。ぼく、台風のときも厳しいな。真上を通り過ぎるときとか、全く密閉された部屋にいてもわかるくらい気圧が変わる。本当にしんどいときは意味もなくジャイアンツ戦を観に行こうと思いますね。東京ドームって人工的な高気圧だから。シーズンオフに「低気圧ダメな人ツアー」やってほしい(笑)。

吉田: Twitterでアイドルをたくさんフォローしてると、夜中に同時多発的にみんなが病む日があるんですよね。

田中: どういうときですか?

吉田: 断言はできないですけど、「月の満ち欠け」が関係している説は正しい気がしてます。スーパームーンのとき、みんな病みツイートしてたんですよ。本当にみんな一斉に「死ぬ」「死ぬ」つぶやいてるときがあって。

田中: 自分ひとりだけの感覚じゃない。そういうの、やっぱりあるんだな。

歳をとってからモテ始めたサブカル男は病みやすい?

吉田: 病んでいる自分が特殊じゃないというのは『サブカル・スーパースター鬱伝』のテーマでもあります。

田中: 吉田さんの『サブカル・スーパースター鬱伝』では、「サブカル男は40歳を超えると鬱になる、って本当!?」という切り口でインタビューをしてますよね。やっぱり歳をとってくると、誰でも筋力やら視力やらいろいろなものが低下するし、気温差や気圧に対する調整能力も衰えるんですよね。加齢によってみんながみんなうつになるわけじゃないけど、具合悪くなるのはしょうがないんだよなあ、と気楽になりました。

吉田: 夫婦間の問題や親の高齢問題などが背中にのしかかってくる年齢でもある。

田中: そうそう。それで、いつもだったらダメージ30くらいで済む問題が、80くらいになっちゃったりする。一つ一つに向き合えばそんなに悩む必要がないことも、全部いっしょくたに考えるとダメだと思っちゃうんです。

吉田: 『サブカル・スーパースター鬱伝』を書き終わったあと、町山智浩さんが「なんで俺を呼ばなかったんだよ」って声をかけてきて。「40歳超えて鬱になる理由なんてはっきりしてるんだよ。みんな売れてから女房を捨てて若い女にハマったからおかしくなったんだよ」と言って具体例を挙げ始めた。

田中: (笑)

吉田: で、それを聞いた菊地成孔さんが「ぼくは昔からモテてたんで違いますよ」と否定するという。

田中: 菊地さん(笑)。まあ、町山さんの主張もわからないでもないですよね。人生に有頂天になる時期があるとどうしてもそこをピークに考えちゃう。「あのころ」を基準にすると病む……というのはあるかもなあ。

吉田: そうですね。

田中: 大槻ケンヂさんだって武道館で歌ってるときから不安で仕方ないわけでしょ。分不相応だとかで不安がつのるわけでしょう。大金持ちの人がみんなハッピーかというとそうでもないし。どっかの国家元首じゃないけど、国のトップになったらいつ殺されるかと怯えるし。

吉田: アイドルも成功すれば成功するほど病む危険がある。

田中: 「下る時期」がいちばんしんどいですよ。これが谷間でまた復活するとは人間とても思えなくて。

吉田: 世間の人は無邪気ですからね。窪塚洋介さんにインタビューしたときに、以前道で会った人から「ピークのときファンでした!」って言われたっていう話を聞きました。

田中: 超無神経! ひどいな〜〜。これからまだピークあるかもしれないのに。

吉田: こういうダメージを受け続ける仕事ですよね。オーケンさんも意識的に地上波から紙の仕事にうつりましたけど、それで「売れなくなった」って言われますし。

(つづく)


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