子どもがいるかいないかをテーマに、さまざま悩む人たちを描いた窪美澄さん『いるいないみらい』に関して、以前から窪さんの作品を愛読していたという漫画家・渡辺ペコさんとの対談が実現しました。公認不倫を描いた話題作『1122』と『いるいないみらい』の共通点をはじめ、家族とは、夫婦とは、子どもとは何か、おふたりが本音で語り合いました。
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報道じゃなく物語として提示されることに意義がある
――渡辺さんは『いるいないみらい』の5話の中で、どの話が気になりましたか?
渡辺: どれもそれぞれ心に響いたんですが、実際に体験したり、近い感覚になったことがあるという意味では、「無花果のレジデンス」と「私は子どもが大嫌い」が特に印象に残っています。私も「無花果のレジデンス」に登場した妻のように、数年前まで不妊治療をしていましたし、「私は子どもが大嫌い」の主人公と同じように、子どもへの苦手意識がありました。いや、苦手というよりも驚きと羨望かもしれません。「私が子どものときは自由を許されていなかったのに、あなたはそんなに自由なんだね」とか、「大人の会話に入っても怒られないんだ」とか。子どもに対して、どう振る舞っていいのかわからず戸惑っていたんです。自分が大人になりきれていなかったから。出産してからも、自分の子どもが電車で騒いだりすると「嫌ですよね?」「わかります」と、そちらに気持ちを寄せてしまっていました。
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窪: きっとそこまで嫌がられてはいないんでしょうけれど。
渡辺: 不妊治療をしているときに流産を経験したんですが、そんな中で子どもの無邪気さと接すると、すごく苦しかったですね。だから、よりそんな風に思ってしまうのかもしれません。未婚か既婚に関係なく、出産前に子どもや親子に対して自分が抱いていた戸惑いやいろんな感情を、絶対忘れないようにしようと決めていました。今回『いるいないみらい』を読ませていただいて、不妊治療とか、夫婦の営みとか、母親との問題とか、報道などで情報として伝えられることも大切だけど、物語として提示されることにこそ意義があると思いました。自分の心の中にしまいこんでいた感情に、光を当ててもらった気がして嬉しかったです。 窪さんはデビューから一貫して「性」や「生」にまつわる物語を書かれてこられましたが、それには理由があるんですか?
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窪: デビューのきっかけになったのが、「女によるおんなのためのR-18文学賞」大賞だったこともあり、官能小説の依頼が多く、必然的に性を扱った小説が多くなりました。デビュー作の『ふがいない僕は空を見た』を刊行したとき、息子は多感な思春期だったんですね。彼は作品を読んでいないと言うんですが、男子高校生が「人妻と不倫」の話を読んだら「なんていう話を書いてくれたんだ!」とか、いろいろ考えてしまうところがあったと思うんです。かわいそうなことをしたと思いますね。でも息子に言ったことがあります、「たくさんの方が買ってくださったおかげで、君は大学に行けたんだよ!」と(笑)。あんまりしつこく言っていたら「うるさい!」って叱られました。普段は物静かな子なんですが。
――ところで、セックスレスについて関心がある人も多いと思うのですが、『1122』について周囲からはどんな反響があるのでしょうか。
渡辺: 周りの親しい人たちからは「二也はいい夫だね」と言われます。一方で、ウェブなどの感想を読むと「クズ」と書かれていて、物語が進むにつれて、その声が大きくなっているような気がします。ある夫婦のケースとして不倫やセックスレスを描いているだけで、それを推奨しているわけでもないんですが、「そんなことがあってはならない」という否定や、「二也が○○だから、こんなことになったんだ」と原因を求めようとしていたり、さまざまな感想がありますね。窪さんも読者の感想を目にすることはありますか?
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渡辺ペコさん・著『1122(1)』(講談社)
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窪: 「正しさ」で引き裂かれてしまうことがありますね。たとえば、セクシャルなものを書いていると、「作者が欲求不満なんだろう」とか「インモラルな世界なんてあってはならない」とか。そういう正しさを発信する人たちはいます。でも人間って全面一色、正しい人なんていないじゃないですか。二也だって、この人から見たらいい人だけど、この人から見たらクズ……でもそれが人間ですよね。
渡辺: 手に取って読んでくれているってことは少なくとも興味があるからだろうけど、読み終わったら、そういうことを言いたくなるのかもしれませんね。
窪: 自分が悩んでいることの答えがあるかもしれないと思って読んでみたけど、何もなかった、と。小説には、自己啓発本みたいにスパッと答えが書かれているわけではないですからね。このご時世、読んでくれたというだけでもありがたいですけれど。
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渡辺: そうですね。「二也ムカつく!」と感想を書いてくれるだけの熱があるわけですからね(笑)。私もすごくありがたいです。
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――最後に、今回の対談について、感想をお聞かせください。
窪: 今日はありがとうございました。ずっとお会いしたかったので嬉しかったです。もっとたくさんの方に渡辺さんの『1122』や『にこたま』の素晴らしさを知ってもらいたいと思います。
渡辺: こちらこそありがとうございました。窪さんはこれまでコンスタントに作品を発表されていて、その時々で、心に刺さり、慰められたり、励みにさせて頂いてきました。今後もいろいろなところへ目線を向けられ、窪さんらしい物語を書かれると思いますので、拝読するのを楽しみにしています。
窪: そうですね。50歳を過ぎた今、「人生の振り返り期」に入ってきたことを感じています。今後は第5編目の「金木犀のベランダ」に登場する節子さんのような、人生の先輩たちがこれまでどのように生きてきて、自分の道を拓いてきたのかといったことを丁寧に紡いでいきたいですね。
(了)
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渡辺 ペコ(わたなべ・ぺこ)
北海道生まれ。2004年、「YOUNG YOU COLOURS」にて『透明少女』でデビュー。『にこたま』(講談社)は、三十路手前の同棲カップルの現実を描き、大きな反響を呼んだ。夫婦のセックスレスと公認不倫を描いた『1122』はシリーズ累計50万部を超えるヒット。その他の著書に『ペコセトラプラス』『おふろどうぞ』など。
窪 美澄(くぼ・みすみ)
東京都生まれ。2009年「ミクマリ」で第8回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞しデビュー。11年、受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』で第24回山本周五郎賞を受賞、本屋大賞第2位。12年『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞を受賞。その他の著書に『水やりはいつも深夜だけど』『やめるときも、すこやかなるときも』『じっと手を見る』『トリニティ』などがある。
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インタビュー▶子どもがいる人もいない人も肯定したかった
試し読み▶第1話「1DKとメロンパン」
レビュー▶子どもを持たない人生を選ぶとき(レビュアー:瀧井 朝世)