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レビュー

来るぞ来るぞ来るぞ、澤村伊智が、来る! 最強のオカルト探偵・比嘉姉妹が怪異とバトル『ししりばの家』【解説:三津田信三】

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:しんぞう / 小説家)

 二〇一五年の秋だったと思う。僕は角川書店の編集者から送られた第22回日本ホラー小説大賞の受賞作を読んでいた。さわむらぼぎわんが、来る』である。当の編集者が本書を送付してくれたのは、「受賞者は三津田作品の愛読者です」という理由にあった。僕はうれしい反面、ちょっと恥ずかしさも覚えていた。でも読みはじめると、そんなさいな感情はすぐに消えた。お話の面白さに引き込まれたからだ。



 ところが、ある箇所まで読み進めて、僕の目が点になった。まったく信じられないものを、その頁で目の当たりにしたのである。

 それは僕自身が書いたとしか思えない一文だった。

 当たり前だが僕の文章が、『ぼぎわんが、来る』に紛れ込んでいるわけがない。ここで早とちりして、澤村伊智が愛読している三津田作品の中から、自分のお気に入りの一文を盗用したのではないか、などと考えた読者がいるとしたら、それは大間違いですと言いたい。氏の名誉のためにも、そんなことは絶対にないと明言しておく。

 では、その一文はいったい何なのか。

 実はそれまでにも拙作の愛読者である、という噂を聞いた新人作家は何人かいた。でも、だからといって作品を読んで、まるで僕が書いたような文章だ……と感じた経験など皆無だった。

 拙作を愛読するあまり文体が似てしまったのなら、もっと随所にそう思える文章が出てくるだろう。しかし、問題の一文だけしか該当しない。これは何を意味するのかと頭をひねって、はっと僕はひらめいた。

 二人の怪異に対するスタンスが、もしかすると極めて近しいのではないか。

 だから、あるシーンを描いた彼の文章を目にして、一瞬とはいえあたかも自分が書いたような……と、とっさに僕は錯覚したのだ。

 実際『ぼぎわんが、来る』を読んでいると、あちらこちらで共感できた。恐怖表現、怪異設定、物語展開など、次々とツボにまってくる。しかも娯楽小説としての出来栄えは、拙作よりも上なのだから参った。「史上初 満場一致の大賞受賞作」という宣伝文句に噓はなかった。その手の文言は誇大広告が多いのだが、この作品の場合は本当だろうと納得できた。新人作家のデビュー作で、ここまで楽しませてもらえる作品など、そうそうあるものではない。

 二〇一八年の八月、僕と澤村氏は全日本大学ミステリ連合の合宿に呼んでいただき、対談することになった。その際にプライベートで話す機会があったのだが、彼から次のように言われた。

「三津田作品に対するオマージュは早いうちに試みて済ませ、そこから次のステップに移りたいと考えています」

 この通りに氏が口にしたわけではないが、ほぼ意味は合っていると思う。

 あとで僕は知るのだが、どうやら澤村作品の読者の中に、拙作に似ている部分があると感じた方が、少しは存在するらしい。それは取りも直さず彼が、僕に言ったオマージュうんぬんの言葉を、ちゃんと実践している証左だったのかもしれない。

 さて拙作の中で、繰り返し取り上げているテーマに「幽霊屋敷」がある。長短篇を含めて、それなりの数を書いている。今後も新作で挑むと思う。

 その幽霊屋敷に澤村伊智が真っ向から取り組んだのが、本書『ししりばの家』(二〇一七)になる。当たり前だが本テーマは僕の専売特許でも何でもなく、それこそゴシックホラーの昔から何人もの作家によって書かれ続けている。



 ホレス・ウォルポール『オトラント城』(一七六四)をこうとして、シェリダン・レ・ファニュ『墓地に建つ館』(一八六三)、ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』(一八九七)、ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』(一八九八)、ウィリアム・ホープ・ホジスン『異次元をのぞく家』(一九〇八)、シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』(一九五九)、リチャード・マシスン『地獄の家』(一九七一)、ロバート・マラスコ『家』(一九七三)、ピーター・ストラウブ『ジュリアの館』(一九七五)、スティーヴン・キング『シャイニング』(一九七七)、スーザン・ヒル『黒衣の女』(一九八三)、チャールズ・L・グラント『ティー・パーティ』(一九八五)、ジェームズ・ハーバート『魔界の家』(一九八六)、ジョイス・リアドン編『ローズレッド エレン・リンバウアーの日記』(二〇〇一)など、ざっと有名な海外の長篇を挙げるだけでも、ぞろぞろ出てくる。

 このようにホラー小説または映画のテーマとして選ばれ易い反面、だからこそ難しいとも言える。凡庸な幽霊屋敷物がはんらんしているのが、何よりの証拠だろう。このテーマで新機軸を打ち出すためには、少なくとも以下の項目のどれかに新しいアイデアが必要になってくる。

一、舞台となる家そのものの設定に新味を出す。

二、その家で起こる怪異の現象に新味を出す。

三、なぜ怪異が発生するのか、その原因に新味を出す。

四、その家に関わる登場人物たちに新味を出す。彼らが怪異から如何いかなる影響を受けるか、また逆に怪異に対して如何に対処するかも含めて。

五、作品の構成に新味を出す。これは他のテーマにも当て嵌まる。

 以上の観点から『ししりばの家』を見ると、ほとんどの項目に著者ができるだけ新味を出そうと努めていることが分かり、僕は驚いた。とはいえ詳細を述べると内容に触れざるを得ないため、ここではぼかして書いておく。

 まずタイトルが素晴らしい。「この『ししりば』って何なんだ?」と読者に思わせた時点で、もう作者は半ば勝っている。これはデビュー作の「ぼぎわん」にも、第二作の「ずうのめ」(『ずうのめ人形』二〇一六)にも、第一短篇集の「などらき」(『などらきの首』二〇一八)にも言える。この平仮名四文字が喚起する薄気味の悪さは見事としか言い様がない。怪異に対するセンスが、正にずば抜けている。それだけではない。そこには「謎の四文字の意味は何か」という知的好奇心をくすぐる作用まであるのだから、まったく恐れ入る。

 次は「砂」である。解説を先に読んでいる読者には意味不明だろうが、本書の怪異の主役は「砂」だと言っても良い。恐らく澤村は、こうぼうの『砂の女』(一九六二/新潮社)から本書のヒントを得たのだろう。だが『砂の女』の「砂」が物理的な脅威であると同時に、ある種のメタファーだったのに対して、本書の「砂」は娯楽作品らしく怪異の小道具に徹している。もちろん「砂」と家族の関係など、それなりの解釈を施すことは可能だろう。しかし僕はご免である。そんな無粋な真似はしたくない。何よりも作者が、この「砂」で遊んでいるのだから。

 ゆめまくらばくが『カエルの死』(一九八四/光風社出版)で提唱したタイポグラフィクションを、澤村は本書に取り入れている。これは「活字そのもので遊ぶ」という趣向で、くらさかいちろうなどが一時期かなり熱心に書いていたが、これに凝り過ぎると肝心の小説がたんする危険が実はある。それが本書では、「階段の上り」と「下り」と「廊下の砂の上の一直線の溝」の三箇所の描写で、まったく無理なく試みられている。最初の二箇所は普通に読んでいると見過ごすかもしれないが、だからといって作品鑑賞に問題が出るわけではない。スルーしても一向に構わない。でも気づけた読者は間違いなく、にんまりできるだろう。

 登場人物の人間関係と小説の構成には、特に目新しさは認められないが、決して工夫がないわけではない。お話のどの時点で、どの情報をどれだけ出すか。この計算が下手だと娯楽小説は台無しになるが、それを本書は巧みにさばいている。また単行本を加筆修正することで、この文庫版では構成の妙がより際立っている点も、忘れずに指摘しておきたい。

 拙作に対する澤村作品のオマージュについて先に記した。だが実はデビュー作から既に、両者には大きく異なる要素が一つあった。あっちの方が売れているとか人気があるとかではないよ。念のため。

 怪異とのバトル。

 これが拙作にはなく澤村作品にある重要な差異だろう。拙作の登場人物は恐怖の対象を前にしても、大抵は何もできない。しかし澤村作品には姉妹という言わばオカルト探偵が存在している。この差は大きい。より娯楽作品を書くうえで有利なのは、どう考えても澤村作品なのだ。

 澤村伊智の初の長篇ミステリ『予言の島』(二〇一九/KADOKAWA)には、非常に興味深い登場人物の台詞せりふがある。


 島民の一人が、都会から訪れた者に対して、「あんたよこみぞ好きやろ? きようごくなんちゃらとか、三津田なんちゃらいう作家好きやろ?」と言ってにする。

 そして都会人は、「(前略)これもまた民俗土俗の形です。日本的でおどろおどろしい、土俗の息づく土地がこの島なんです。僕はこんな場所にあこがれていた。まさに三津田、まさに京極、まさに横溝獄門島」と感動する。

 三人の作家の名前を出したのは、もちろん著者のある計算が、そこに働いているからだ。しかし、そういう意図とは別に、先人に対するオマージュを済ませて、いよいよ澤村作品が次なる飛躍を遂げる、その宣告のようにも僕には感じられた。

 デビュー作から今日まで、澤村伊智は傑作を書き続けている。だが作家として一皮も二皮もけて更なる傑作を物するのは、間違いなくこれからである。

澤村伊智『ししりばの家』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321904000295/


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