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レビュー

日本企業の腐敗構造を見事に探り当てた書――『保身 積水ハウス、クーデターの深層』 藤岡 雅著 書評

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『保身 積水ハウス、クーデターの深層』 書評

評者:大西康之(ジャーナリスト)

 ノンフィクション・ライターには、題材を俯瞰し、そこにファクトをはめ込んでいく「鷹の目」のタイプと、地を這いながらコツコツとファクトを積み上げていく「蟻の目」のタイプがいる。筆者の藤岡雅は「蟻の目」の代表格である。
 本書が扱う「積水ハウス地面師事件」は、これまで私を含め多くのジャーナリストが記事化してきた。だが、多くの記事は騙した側の「地面師」にフォーカスしており、騙された側の積水ハウスに焦点を当てた記事は少ない。
 筆者は、事件後に積水ハウスの調査対策委員会がまとめた報告書や、積水ハウス関係者の証言や彼らが残したメモ、取締役会の議事録、株主総会での発言といった膨大な資料を丹念に読み込むことによって、この事件を調査対策委員会と同様に「騙されるはずがなかった事件」と結論づける。


保身 積水ハウス、クーデターの深層
著者 藤岡 雅


 私も事件を取材した記者の一人だが、地面師はメディアが書き立てたほど悪党でも知能犯でもなかった。その手口はかなり杜撰であり、被害に遭った積水ハウスが不動産のプロとして「普通の手続き」を踏んでいれば、詐欺を見抜くチャンスは何度もあった。にもかかわらず55億5900万円を騙し取られ、そのカネは闇へと消えた。「騙されるはずがなかった事件」はなぜ起きたのか。筆者は問う。
「彼らは、いったい何に騙されたのだろうか」
「彼ら」とは地面師にまんまと騙された当時の積水ハウスの社長、役員、部長たちを指す。長年、住宅メーカーで働き、不動産のプロを任ずる彼らが、きちんと仕事をしていれば、この程度の詐欺に騙されることはなかった。
 彼らがプロとしての仕事をしなかった理由は二つ考えられる。一つはプロとしての能力や責任感に欠けていた可能性。もう一つは何らかの理由で、わざと「仕事をしなかった」可能性である。
 藤岡は「蟻の目」の取材でそれらの可能性を絞り込み、やがて衝撃の事実にたどり着く。この事件の舞台となった東京・西五反田の元旅館「海喜館」のオーナー海老澤佐妃子は「売らない地主」として業界ではちょっとした有名人で、積水ハウス東京マンション事業部の社員たちは「海老澤の顔を知っていた」というのだ。
 事件では地面師の一味が海老澤になりすまし、積水ハウスを騙すために偽造パスポートなどの小道具を使う。だが、積水ハウスの社員が本物の海老澤の顔を知っていたのなら、最初からこの案件が詐欺であることは分かっていたはずだ。詐欺と知りながら、彼らはなぜ取引を進めてしまったのか。東京マンション事業部の一人は本書の中でこう呟いている。
「上が止まらないんだよ」
 上とは社長の阿部俊則ら当時の積水ハウスの経営陣である。現場は「この取引は危ない」というシグナルを何度も経営陣に上げている。事件の終盤には本物の地主である海老澤とその関係者から「あなたたちが取引しようとしている地主は偽物だ。本物の地主は自分である」という内容証明付きの文書が何度も届く。
 ところが不動産のプロ集団であるはずの積水ハウスはこうしたリスク情報をことごとく無視して、危険な取引に邁進してしまう。なぜブレーキが効かなかったのか。筆者はその結論を本書のタイトルに込めている。『保身』である。
 新聞記者を振り出しに経済ジャーナリストを30年続けてきた私は、多くの経済事件に遭遇してきた。企業を舞台にした経済事件は、米欧と日本でその性格に大きな違いがある。米欧の経済事件はほとんどの場合、首謀者が何億、何十億円というカネを懐に入れている。事件の構図は単純である。
 しかし、日本の経済事件は犯行の動機がよく分からないものが多い。記憶に新しいところでは東芝の粉飾決算事件。古くはバブル時代に頻発した総会屋事件。大企業や大銀行のトップや役員が関わった事件だが、彼らのポケットに直接カネが入ったわけではない。カネのためでなければ何のために違法行為を働いたのか。事件が明るみになると、彼らは一様にこう釈明する。
「会社のためにやったことだ」
 会社の名誉を守る。自分が所属する部署の利益を守る。それが日本の経済事件に共通する「目的」であり、世間も「それは仕方ないよね」と同情する。だから日本の経済事件は会社が被った被害が巨額でも、罪に問われるケースが少なく、問われたとしても刑が軽い。
 だが藤岡は問う。株主の利益を損ない、資本市場の信頼を揺るがすそれらの行為は本当に「会社のため」なのか。その実態は自らを守る『保身』ではないのか。日本企業の腐敗構造を見事に探り当てた本書は、まさにサラリーマン必読の一冊である。

書誌情報



保身 積水ハウス、クーデターの深層
著者 藤岡 雅

なぜ、小物ばかりトップになるのか?役職が上の者ほど責任から逃げるのか?
なぜ、小物ばかりトップになるのか!?
日本にはいまだ経営トップの不正を監視し、正す機能がない。
隠蔽された「騙されるはずのなかった」地面師事件。積水ハウスで起きたクーデターの内実を明かし、この国の漂流する企業倫理までも抉る経済ルポ!

地面師=他人の土地を自分のもののように偽って第三者に売り渡す詐欺師
積水ハウスは地面師に騙され、取引総額70億円、55億5900万円を支払った。

役職が上の者ほど、責任から逃げる。
実力派会長の突然の辞任。それは、社長の「保身」によるクーデターだった!
積水ハウスでは2018年、地面師事件の全容解明を進める会長が失脚した。
背景には、事件への社長責任が明記された「調査報告書」の存在があった。
責任を問われた社長が、会長を返り討ちにしたのだ。
11年のオリンパス事件以降、東芝、日産自動車、関西電力、東京電力とトップ企業の不祥事が繰り返されている。
下には厳しく、上には優しい、名ばかりのコンプライアンスはなぜ蔓延したのか? 
積水ハウス事件から、日本企業の腐敗構造までも暴く経済ルポ!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322004000016/
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